第12話 救援
――配信中
アリア支部ビギナー級ダンジョン下層――深部
俺は周囲の警戒をしながら部屋と部屋の間の通路を歩いていた。
「通路は逃げ場が無くて怖いですね」
基本的に前後しか逃げ場が無く、複腕を巨大化させる技は使えない。
強いて挙げるならば小柄な体躯のおかげで利用できる上だ。魔力放出による機動でモンスターの上を飛び越えれば戦闘から離脱することも不可能ではない。
「体力も回復しましたし、ここはひとつ魔力放出で一気に次の部屋まで移動しちゃいます」
【事故るなよー】
【幸い下層深部なら人少ないし】
「通路の天井近くを行くのできっと大丈夫です。もちろん気を付けますよ……保証はできませんが」
【急に不安になってきた】
【やっちゃえヤタ】
【いや待て早まるな】
両手、脚へ魔力を送り込む。
防具の一部分が青く発光し、補助機能が起動したことを確認。
「いッ――きますよッ!」
とんっ、と軽く跳躍。
天井付近で浮遊状態を維持し、後方へ魔力放出。
視界は周り一面、土だらけ。徒歩と違うのは魔力の保護膜から感じる風圧くらいだ。
耳元で風を切るような音が鳴り続ける。
(長い通路だな)
これまでの通路は数分程度の距離だった。それが今は高速機動状態にも関わらず、同じ時間が経過している。
【これまさかボス部屋行くか?】
【やっべビギナーしばらく行ってねえから覚えてねえ】
【最近4人パーティで卒業したんですがここ】
【卒業者くん教えてクレイ】
【頼むよー】
【ここ、ボス部屋へ行く通路ですよ】
「へ?」
コメントを見て思わず素で驚く。
同時に今まで左右から感じていた物理的な圧迫感が無くなるのを感じた。
【遅え!】
【着いちゃった】
「おーっと……よいしょっ! ここがボス部屋。ダンジョンの最奥ですか」
周囲の景色がまるで違う。
土ばかりだった地面、壁、天井には読めない謎の字と壁画が描かれていた。
「誰も居ない……?」
部屋の中央から端まで見渡してもボスと呼ばれるようなモンスターの姿は見受けられない。
そのまま俺は部屋の中央へ行こうと一歩踏み出す。
瞬間、
「――がっ……はッ!?」
左方向から全身を砕かれるような衝撃。意識が彼方へと飛んでいきそうになる。
かろうじて保っている意識で身体を動かそうとするも、浮遊感が抜けない。
再び、衝撃が走る。
浮遊感から次にくる衝撃。
咄嗟に全身を魔力でコーティングしていたため、先ほどよりはかなり痛みが少ない。
「はあ……はあ……」
左腕を抑えながら襲撃者を睨みつける。
――アリア支部ビギナー級ダンジョンボス『ギュドラス』
4メートルの巨躯、巨大な1つ目。1つ目は蒼い虹彩に漆黒の瞳孔、その周囲は白ではなく、黒くなっていることでより一層、威圧感を与える見た目に。
武器の類は一切なく、その身ひとつで戦う生粋の肉弾戦を好むモンスター。
モンスターガイドブック ~ 『ギュドラス』概要より ~
事前に確認していた情報を痛みに堪えながら思い出す。
だが、違和感がある。
何か、何かが決定的に違う気がする。
【逃げろっ!】
【ギュドラスの強化種だと!?】
【ビギナーで!?】
コメントを見てハッとする。
そうだ、本来の『ギュドラス』は蒼い虹彩を持つはず。
それなのに奴は、
「紅い」
眼前に居る奴の虹彩は深紅の如き血の色。
すでに発動していた複腕を巨大化することで敵側を警戒させる。これで少しの時間稼ぎはできるはずだ。
「撤退は……」
入り口付近から殴り飛ばされたため、かなり離れてしまっていた。
更に俺がさっき立っていたところには奴がいる。
逃げられない。
撤退できない。
後ろへ引けない。
ならば、真正面から倒すしかない。
どのみち先の速度を出してくるのであれば逃げることもできない。
「ぐッ……左腕はまともに動かないか」
殴られた時か、壁にぶつかった時かは分からないが、唇も切っていたせいで口の端から血がツーっと流れる。
俺はそれを拭い、警戒態勢から臨戦態勢へ移行する。
巨大化した複腕を通常時より細くし、強化魔法を全身へ再度かけ直す。
『ギュドラス』が動く。
その灰色の筋肉質な身体を所々隆起させながら高速で迫ってくる。
「
複腕を巨大化させ、迎え撃つ。
奴の放つ拳と正面からぶつかり合い、紫電が発生する。
互いの拳はそのまま拮抗し、魔力量の戦いへ移行。
【左腕折れてるのか?】
【ビギナーのボスどころじゃないぞ】
【誰か救援にっ!】
【このままじゃ死ぬぞ!】
視界に入る配信のコメントに答える余裕はない。
もう片方の複腕にも魔力を流す。
「更に――ッ!」
魔力を放出し、奴の横っ腹へ複腕を叩き込む。
「
先に放ったものと同等の威力をもって襲いかかる。
巨眼が衝突している拳から離れ、もう一方の拳を捉える。
奴の足元から突如、大きな音が鳴った。同時に複腕にかかっていた力が無くなり、振り抜いてしまう。
(躱されたかっ!)
思わず歯噛みする。あそこで決めていれば少なくとも一時動けなくなる程度の痛みを与えることはできたかもしれない。
「逃さない!」
脚部から多量の魔力を放出。急加速し、奴へ追撃を仕掛ける。
複腕を後ろへ引き絞り、接触の機会をうかがう。
「ここッ――」
引き絞った腕を放とうとした時、背筋に悪寒が走る。
奴の口角が上がった。
中途半端に攻撃を止めてしまったことで、隙が生まれる。
視界から奴が消えた。
何処に、と思って見回そうとした時にはもう遅かった。
「ゔっ……う」
衝撃の元へ視線を向ける。
強烈な痛み、意識の混濁。咄嗟に防御へ魔力を回すことはできたが、奴の攻撃はそれを上回り、肉体まで大きな痛みを与えていた。
巨躯が離れていく。
そして、俺の身体は前のめりに倒れ、複腕が霧散する。
(痛い、痛い、痛い)
痛みとまだ敵が居ることで恐怖が肥大化していく中、意識は遠のいていく。
(俺はまだ――)
******……
「――助けに来たよ。ヤタちゃん」
温かい、優しさを感じる女性の声音が鼓膜を叩く。
身体がゆっくりと抱き起こされ、女性の手から魔力を感じる。
「治せるのは外傷だけだから、無理に動かないように」
痛みが消えていく。
朦朧としていた意識が急速に戻り、助けに来てくれた人の顔をよく見る。
初めて会う人のはずだが、どこか既視感があった。
「レイ、さん?」
「そうです。レイ・クルセイドです」
俺が何度も何度も動画を見返し、参考にした人。次第に憧れへと変わっていったシーカーの1人。
その本人が目の前で微笑んでいた。
「『ギュドラス』は私に任せて、ヤタちゃんはゆっくり休んでて」
優しくそう言われ、安心感が胸の中でいっぱいになる。
だが、奴はまだ健在のはず。一体何処に。
周囲を見渡すと、俺がぶつかった場所とは別のところに巨大な人型の跡があった。
「あいつなら結構力入れて殴り飛ばしたよ。まだ起き上がってこないから安心して」
(SSランク。やはり別格過ぎる)
ビギナー級ならどのような強化種が現れようと肉体性能だけで瞬殺できるほどの強さを持っている彼らは転移前の世界に置いても最高戦力の1つに数えられていただろう。
「ヤタちゃんの配信を見ている人も安心してね。この娘は私が守るから」
【レイ!?】
【ふぁ!?】
【なんでレイちゃんが此処に?】
【本当に助かった】
【ありがとうレイっ!】
【一生推します!】
「頑張ったこの娘を褒めてあげて……さて、そろそろ起き上がってくる頃だろうし――やるか」
レイさんの雰囲気が一瞬にして切り替わる。
ふわりと優しい顔つきが、抜き身の刃のような鋭いものへと。姿形も深紅の魔力を纏うことで変貌している。
恐らく、これで『ギュドラス』は終わりだろう。いくらボスの強化種といえど、ビギナー級という枠内のモンスター。SSランクシーカーの前では雑魚同然だ。
「ここで少し休んでいてくれ」
圧を感じる表情と口調で地面に縫い付けられたような錯覚を起こす。
(これでもう、ゆっくり休める……いや)
(――このままでいいのか、俺は)
俺は今、レイさんに助けられて生きている。それはとても幸運で、彼女に任せれば速やかに決着がつく。
(それは、それはダメだろう。この苦境を乗り越えなければこの先生き残れない)
圧に逆らい、身体に残る鈍痛に逆らい、拳を強く握り込む。
強化魔法を全身へオーバードーズさせることで意識をむりやり保つ。
「ぐっ!」
「そんなに魔力を流しては……」
「もう、大丈夫です……レイさん、ひとつだけ俺のお願いを聞いてもらえませんか?」
レイさんは俺の意図に気づき、深紅の魔力収める。
「あいつと、『ギュドラス』と戦わせてください」
「……勝機はあると見ていい?」
こくりと頷く。
「はあ、わかった。けれど私が本当に危ないと思った時は躊躇なく割り込ませてもらう」
「は、はい」
(か、顔が近い)
「ならいい。 やると言ったからにはバッチリ決めること。いい?」
「はいっ!」
彼女から少し離れて魔力を解放する。
「――"展開"ッ!」
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