第14話 最速

 季節は春。

 第2ダンジョン都市アリアは美しい水の都として有名である。

 例年、この時期は穏やかな気候らしく、都市の中央にある噴水近くは人で溢れかえるとのことだ。

 外部から観光客が頻繁に出入りするためか、シーカー達は人を避けるようにこぞってダンジョンへ行くという。

 当然、そうなればダンジョン内の人口密度も上がるわけで、


「み、みんな落ち着いてっ!」


 あの配信以降、レイさんお墨付きのシーカーとして噂になった。

 アリア支部の協会内で知られるところとなり、今まで挨拶程度であった人達がダンジョン内で会う度に構ってくる。


「飴ちゃんいるかい?」「キャー! 本物可愛すぎっ!」「こんなに小さかったのか……」

「小さな体に大きな腕! ロマンだねえ」「ファンになりもうした」「レイちゃんの妹か」「いやそれはレイちゃんが勝手に名乗ってるだけ」


 周囲の人達は俺を見かける度に声をかけたり差し入れをくれたりする。ダンジョン内なので当然モンスターも現れるのだが、シーカーの集団を見て引き下がっていく。

 ちなみに今日は配信をするためにダンジョンへ入っているわけではなく、『ギュドラス』の通常個体を倒すためだ。

 前に来た時はパーティ登録をしていないレイさんが戦闘に乱入したことでビギナーダンジョンの正式なクリアが成されていない判定を受けている。

 レイさん曰く、


「元々強化種じゃなかったら余裕で倒せたはずだよ。あの強化種はアドバンスド級上位の中層あたりにいるモンスターと同等だもの。ランクでいうとAってとこかな」


 通常個体であれば難なく倒せるということもあってか、わりと気楽にボス部屋へ向かっている。

 ひとつ気がかりなのは強化種の『ギュドラス』と戦った時の状態には任意でなれないことだ。魔力の色が紫から天色へ変わる現象。色が変わってから一撃の威力と速度が急上昇し、想像を遥かに超える力を出せた。

 あの力を自由に使えるようになりたい。そう思わずにはいられない。


 強化種『ギュドラス』との戦闘後、俺はぼろぼろの状態で運ばれた。

 協会に到着した時、寝ていて意識のない俺にルミさんが縋り付いて泣いていたらしい。眠りから目を覚ました後は大変だった。心配をかけたこと、無理をしたこと、防具を1日でダメにしたこと。俺は必死に何度も謝ったあと、その夜はルミさんの抱き枕と化した。

 後者はアイシャさんへ謝罪したが、当の本人は「ハッハッハッ! これは派手にやったねえ……戦いはリアルタイムで見ていたし、君を攻める理由はない。むしろここまで破損しても出力制御や魔力循環の機能が正常に働いていることに感動すら覚えたよ。あの配信の後から問い合わせが殺到していて死にそうさッ!」と目の下に隈と泣き腫らしたような赤みを帯びながら言っていた。アイリスさんからは配信を泣きながら見ていたと聞いている。



 ここへ辿り着くまでの記憶を振り返り、再び最奥の部屋を前にし、一歩踏み出す。



「――また会ったね」




 アリア支部ビギナー級ダンジョン最奥。

 ボスの名は『ギュドラス』。

 4メートルの巨躯、巨大な1つ目。1つ目は蒼い虹彩に漆黒の瞳孔、その周囲は白ではなく、黒くなっていることでより一層、威圧感を与える見た目に。

 武器の類は一切なく、その身ひとつで戦う生粋の肉弾戦を好むモンスター。




 俺は4つ腕を構え、巨躯と対峙した。





 ******……




「ヤタさん。まだ戻ってきませんね」

「今日は配信じゃないから様子を見れないからねー。心配なの? ルミア」

「ちょ、その名前で呼ばないでくださいっ」


 アリア支部の受付嬢のルミエーラ・テミスリア。

 アリア支部最高戦力SSランクシーカーのレイ・クルセイド。


 2人はラウンドテーブルを囲み、淹れてから一口も付けずに冷めた飲物を前に落ち着かない様子で話をしていた。

 艶のある漆黒の髪を後ろで1つにまとめた大人しくも美しい受付嬢。

 深い海のような蒼の長髪を自由にし、溌溂とした雰囲気のあるSSランクシーカー。


「ま、そんなに心配しなくても大丈夫よ」


 レイは得意げに「あの子の強さは間近で見てるんだから」と言う。


「手、震えてますよ」


 そんな言葉とは裏腹に、レイがカップを持つ手はカタカタと音を立てていた。


「ルミの方こそ、額から汗が出てるけど?」

「これはここがたまたま暑いだけです」

「ふうん、アドバンスド級上位をソロで汗ひとつ流さなかった人がねえ?」


 互いに同じ少女、もとい幼女を心配し、平静を保てずにいた。

 その様子を周囲の人々は野次馬根性か、目の保養か。それぞれが異なる目的を抱きながらも、遠巻きに見守っている。

 ギルドマスターはもう1人のSSランクの老人に「ちょっとジンさん、あの2人の雰囲気怖いんだけど」と言うものの、「儂も怖い。若い者に任せよう」と逃げた。


「ま、まあヤタさんはここで待ってなくとも会えますし」

「? どういうこと」


 ルミの言葉にレイが小声で聞く。

 ルミは立場が逆転したとばかりに得意げな顔で口を開いた。


「私は彼女と支援宿泊施設という名目で同棲してますからね」

「な!? そんな羨ま、くっ!」


 小声で小競り合いが始まり、テーブル全体が震えだす。

 一触即発の雰囲気を醸し出し、周りはいつ爆発するか分からない爆弾から離れようと動き始めた時、協会の入り口が開く。



「ただいま戻りましたっ! ビギナーダンジョンボス、倒してきましたっ!」



 底抜けに明るい声が協会全体へ響き、2人の怒りは何事も無かったかのように霧散した。

 見守っていた人々は幼女を見て、可愛いは正義と思ったという。





 ******……





 おおう、戻ってきたら妙な雰囲気だ。

 なんか周りの人は俺を見て穏やかな笑みを浮かべてる。

 なぜだ……。

 協会の端の方にあるコミュケーションスペースから視線を感じる。

 あそこにいるのは……ルミさんとレイさんだ。

 2人一緒に座っているが、仲がいいのだろうか。

 ルミさんが手招きをしている。俺は意気揚々と招かれる。


「ただいまです」

「おかえり、ヤタさん。結果はどうでしたか?」

「もちろん倒しましたよっ! 結構あっさりと倒せてしまって拍子抜けでしたけど」


 ふふん、と胸を張って自慢する。


 レイさんがにやりと笑う。


「ね? 言った通りだったでしょ。ルミ」

「くっ、今回は認めましょう」


 なんだ、やっぱり仲がいいのか。

 こういう感じのやりとりをするルミさんは少し新鮮だ。


「2人とも、ここで何をしていたんです?」


 疑問に思い、聞いてみる。


「「ヤタさん(ちゃん)を待って(た)いたんですよ」」


 微妙にハモリきれていなくて聞き取りにくかったが、俺が戻ってくるのを待っていたのか。

 美女2人を待たせるとは俺も変わったものだ。

 ほぼこの容姿のおかげだが。


「それは……本当にありがとうございます」


 俺は礼を言って、「では報告してきます」と場を離れようとする。


「私達も一緒に行くよ。ビギナー最速踏破者は盛大に祝わなくちゃね!」

「それに関してはレイと同じ意見です」


 片方ずつ、手を繋がされて受付まで行く。

 受付には紅い眼帯を付けた、艶のある赤茶色の髪を腰まで伸ばした女性が立っている。


「ギルドマスターが何故受付に」

「なんだねルミくん。私がやったっていいじゃないか。ねえ皆?」


 受付後ろの事務方の人達は一様に頷く。


「皆の同意も得ているし、ヤタくんのビギナー最速踏破。アドバンスト級探索許可証の最速発行は私がやろう」


 ギルドマスターと呼ばれた女性は耳ざわりの良い低音の声で一通りの事項を読み上げ、俺に許可証を手渡した。

 渡された後、「今日はアリア支部所属者の快挙だ。私の奢りで宴だッ!」と協会中に響くように叫んだ。

 アリア支部所属のシーカーは一斉に湧いた。

 ルミさんとレイさんはギルドマスターの懐を心配するものの、本人が「こういう時でもなければ使い道の無い金だ。どうせ余る」と言うので渋々引き下がった。

 なんやかんやレイさんはSSランクシーカーとしていくらか支払ったという。


 即席で作られた『ヤタちゃんビギナー最速踏破おめでとう!』という横断幕を前に、宴が始まる。

 今まで関わってきた爺さん、ダンジョン内で差し入れをくれた人達、ギルドマスター、アイシャさん達、レイさん、そしてルミさんと話しながらのどんちゃん騒ぎ。



 俺は晴れて、ビギナー級からアドバンスド級へ昇級した。






 視聴者0人

 投げ銭;0エル

 登録者:5192人

 等級:ビギナー → アドバンスド

 ランク:E → C(ティンダードラゴン討伐時点)

     C → B(レイ共闘時ギュドラス強化種討伐時点)


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