第10話 配信⑥


 ――配信開始



「どうも、ヤタです。美少女です」


【どうも】

【あ、美幼女だ】

【どもども】

【おひさー】

【どこだここ】


 浮いているカメラを操作し、ぐるりと周囲を映す。


「じゃんっ! 今は下層の入り口にいますっ! ここまで色んな人から飴ちゃんや飲み物をいただきながら来ましたー」


 いただいた物資(お菓子)を商品レビューのようにロゴを見せながら紹介する。


【あっ】

【よかったね】

【知らない人にはついていっちゃダメだよ】

 ヤタの姉【わ、わたしも飴ちゃんあげに行っていいかなあ!?】

【ネキはステイで】

【ほーん、それ今度買おうかな】

【それ今日発売の新作、さっき食べたけどめっちゃうまい】


「えっ! 新作なんですか。会ったばかりの私にくれるなんて……次に会ったら何かお返ししたいですね」


【その笑顔で満足です】

【私があげた飲み物も美味しそうに飲んでくれて嬉しい】

【寄付した人みんなリスナー説浮上】

【アリア支部のビギナーじゃ有名だからね】

【良い子だもん、サービスしちゃう】

【孫に甘い爺ちゃん婆ちゃんだらけ】

 ヤタの姉【ずるい】


「笑顔ですか。ちょっと恥ずかしいですね……そうだっ! サインとか……ごめんなさい要らないですよね―。うーん」


 さすがに俺のサインとか誰得である。

 有名人にでもなれば別だが、今は全体で見れば弱小の域を出ない。


【ガタッ】

【ガタタッ】

 ヤタの姉【――シュッ】

【サインとか要る?(様式美)】

【↑絶対要る】

 ヤタの姉【↑↑命に代えてもいる(紅の意志)】

【ヤター、需要あるみたいだぞー】


「では次の配信までにサイン考えておきますね……え、ほんとに要るんです? 一応協会で再会した方にはその場で書きますけれど……う、嘘じゃないですよね?」


【嘘じゃないです】

【全身全霊でもらいに行きます】

 ヤタの姉【嘘ついた人はシメときます】

【ネキは嘘に見えないのが怖え……】


「お姉ちゃんがそう言うなら安心ですね。では下層配信へ切り替えてきましょうっ!」


 ヤタの姉【うっ!? おねえちゃんっ!? みぞおちがキュウううってしゅる】

【良かったね、ネキ】

【うらやまネキ】

【もうネキ完全に堕ちたね】

【堕ちたな】


 大丈夫かヤタの姉さん。いつもこの人は配信毎に投げ銭上限(登録者1000人未満は5000エル)までくれる常連さんだ。

 途中から名前を変えているが、最初の配信から来てくれている。ちなみに【カースドラゴン倒し終わっちゃった】とコメントしている人だ。後で調べたら、Sランクシーカーでも苦戦するほどのモンスターと分かり、この人が凄まじく強いということを知った。


「下層についてはキッチリ調べてますよ。協会のお姉さんからマンツーマンで講習も受けましたし」


 ルミさんからはシーカーの基礎基本から始まり、ダンジョンは下層からがらりと難易度が変わることなどの重要な情報を事細かに教えてもらった。

 これだけの時間と労力、情報はいくらなんでもお金を払わないといけないんじゃないかと相談したが、食い気味に「可愛い家族に死んでほしくないから教えてるんです。お金のためじゃありません」と抱きしめられながら言われ、「……はい」と答えた。


 ……言葉よりも抱きしめる力が強すぎてギブアップしたことは心の内にとどめている。


【天然のたらしなのでは?】

【同性年上キラーとは驚いた】

【まあ危なっかしいところとか】

【妙に男らしいところとか】

【鈍いところとかねー】

【思い当たる節しかない件】

【しっかり調べてえらい】


「たらしじゃないです……下層からは悪魔系のモンスターが出るそうです。特にレッドデーモンやスレイヴデーモンは要注意と聞きました」


【Bランク相当だしな】

【スレイヴは隷属させてくるから気をつけろ】

【パーティならそこまででもないが、ソロなら要注意は妥当】


「というわけでー……じゃんっ!」


 俺はダンジョンでいつも羽織っていた茶色のローブをばさりと大仰に脱ぎ、中に着用している防具を見せつける。


「今回はそんなこともあろうかと対策していますっ! 今着用しているのは『月狐ルナミリア武具店』から試供品としていただいた魔法士用の防具"クロウシリーズ"ですね。魔法士にとっては喉から手が出るような機能がもりもりついているんですよっ!」


【急に脱ぐじゃん】

【びっくりした】

【かっこいいな】

【可愛いかっこいい】

【黒に、これは魔力伝導率向上用の青霊石を加工したものをライン状にしたのか】

【急に分析するじゃん】

【見ただけで分かるのか】


「はえー、そうなんですね」


【いや知らないんかい】

【お口は閉じてね】

 ヤタの姉【可愛いから開けてて】

【ネキ……】


「ではなくっ! 見てください……展開っ!」


 俺は前まで常時展開していた"魔力複腕"をこの場で形成した。


「ね、すごいでしょう?」


 見て欲しいのは複腕を形成したこと自体ではなく、その展開速度と形成した腕の完成度だ。


「こんなこともできちゃいます」


 地面に転がっている石ころを複腕の指先でつまみ、持ち上げた。

 そしてカメラの目の前で、


「えいっ」


 プチッ、と擬音が出そうな感じで潰し、砕く。

 砕かれた石ころはほとんど砂のようになり、さらさらとダンジョン内のそよ風で飛んでいった。


【こっわ】

【えっぐ】

【やっぱりパワー系じゃねえか!】

【えいっ、じゃねんだよ】

【可愛い顔してなんてことしやがる】


 見て欲しいのはそこじゃない。そこじゃないんだリスナー達よ。

 これではアイシャさんがくれた防具の宣伝にならないじゃないか。


【早えな】

【腕に揺らぎがない】

【お前ら形成速度、精度見てたか?】

 ヤタの姉【出力安定……後は魔力循環かな。これ作った人すごいよ。他にも魔法士が近接戦をするためのギミックがあるように見えるね】

【ネキが冷静に分析しているだと……】

【推定SSランクネキだからな】

【ああ、あのカースドラゴンの】

【この配信のリスナーレベル高すぎ】


「お姉ちゃんっ! さすがです! そうですそこなんです。分かってくれて嬉しい大好きっ」


 ヤタの姉【ぶはあっ! ……私、今日、逝きます】

【ネキ……】

【あばよ、ネキ】

【また会おう、ネキ】

【俺たちは忘れないぜ】


「私も忘れませんよ」


【そのまま見送られてて笑う】

【止めないの腹痛い】


「と、言うわけでこの防具の製作者は『月狐ルナミリア武具店』のアイシャさんです! 綺麗な銀髪にキリッとした紅い眼がかっこいい超絶美人な方なのですぐにわかりますよっ! みなさんぜひ、お買い求めください」


【はーい】

【こんな可愛い子に宣伝されたらね】

【おっさん成分抜くと本当可愛いな】

【あの店お気に入りなんだよね】

【今日配信終わったら行くかー】


 さて、一通りの挨拶や宣伝もしたし、ここらで仕切り直すか。

 戦闘が始まれば防具に関してはそのまま宣伝にもなるしな。


 下層の入り口から離れ、深部へと向かう。


「むっ?」


 壁や天井から魔素がある一点に集中し始めた。


 ――"スポーン現象"


 ダンジョン内のモンスターは生殖行為をせず、魔素の収束でのみ発生する。その発生こそが"スポーン現象"だ。


【レッドデーモンか?】

【だな】

【いけるか?】


「――先手必勝ッ!」


 強化魔法によって肉体強度を引き上げ、脚部から魔力放出を行う。

 防具によって指向制御されることで意識せずとも自然に発動できる。


 発生したばかりのレッドデーモンの顔面を複腕で殴りつける。


 突然の痛みにレッドデーモンは混乱したものの、倒すには至らない。


【やっぱり耐えたか】

【ビギナーとはいえ下層はこういうもんだよな】


「普通に殴るだけじゃ駄目ですか」


 中層までであればこれでほぼ一撃だったが、目の前にいる悪魔系のモンスターだとそうはいかない。

 ならばルミさんとの模擬戦で学んだことを実践するならここからだ。


「――本気でいくよ」


 俺は魔力放出を行い、再加速。

 複腕に使っている魔力を抑え、細くすることで軽量化する。


 そして、全速力で駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る