第9話 武具②
「配信で必要とあらば私や店の名前は気兼ねなく使っていいよ」
「分かりました。試供品やここで購入したものはバンバン紹介していきますね」
精密な制御が可能となった複腕で身振り手振りをしながら少しの間雑談する。
ついこの前にダンジョンへ行った時とは比べものにならないほど器用だ。グー、パーしかできなかった状態から指を1本ずつ独立して動かし、それぞれの指の伸縮も自在にできるまでになった。
「ちなみにアイシャさんは私の配信内容をご存知で?」
「ああ、ルミから連絡が来た後に編集版のものなら全て見たとも」
「それは……お忙しいところありがとうございます」
「楽しめたからいいさ。まさかその体躯であんな戦い方するとは思いもしなかったよ。あの編集版の魔導映像は自分でやったのかい?」
「えへへ、見様見真似の付け焼き刃ですが、お恥ずかしい……」
1つ目に公開したものはひどく稚拙で、カットから間のとり方、音声のぶつ切りなど誰が見ても素人感丸出しのものであった。
それを3週間ほど毎日やりつつ、大手シトリーマーの映像を参考に編集したり、途中、編集について妙に詳しいルミさんからクリティカルなアドバイスをもらったおかげでなんとか今の形にまでなったわけである。
「恥ずかしくなんかないさ。むしろ直近で公開されたものは大手とも引けをとらないほどだと思うよ。さすがルミの教え子だね」
「そこまで言っていただけると照れますね……」
「ふふっ、教え子だなんて……言い過ぎですよ」
こうして面と向かって褒められると嬉しいものだ。
普段は画面の向こう側にいる人達と言葉のやりとりをしているから尚更、生の声というのは想像以上の励みになる。
「よし、雑談もほどほどにして地下の試験場へ行こうか」
「試験場?」
試験場と聞くと少し学生の頃の定期考査や資格の試験が頭に浮かぶ。
「製作した武具の耐久からギミックまで様々な試験を実施する場所さ。壁にはかなり強めの防護魔法もかかっているから大抵の試験は問題なくできるんだ。参考程度に強度を簡単に言うとSSランクシーカーが本気で殴っても少しヒビが入る程度だよ」
「それは……すごいですね」
「前に殴った時は割れましたけど」
SSランクの人が殴っても割れないものを割れる人もいるんだなあと感心した。
「ヤタちゃん。1つ聞いていいかな」
「なんです?」
「この子、いつから居た?」
アイシャさんが俺の後ろへ視線を向けた。
「あらら、バレちゃいました」
視線の方向には可愛らしく「気配は消していたのですが」と首をかしげるルミさんがいた。
「自然な流れで会話に入ってくるもんだから気づくのに遅れてしまったよ! おおかた検討はついているがね。この子が心配で後ろから付いてきたってオチなんだろう?」
「ちょ、全部言ってしまったら私の説明するところが「ルミさん?」……はい」
俺は怒ってない。
怒っていないが、しかしだね。今日は1人で行くと言った。
それは成人男性としての小さなプライドもあるが、俺がこの世界へ転移してから1ヶ月の間、ルミさんは何も知らない俺の世話をしてくれていた。
大人と言えど、何も知らない場所へ放り出されれば赤子ほどではないにしろ、ある程度のサポートがなければまともに生きていくのも難しい。その点は非常に感謝している。
だからこそだ。
今日は「ルミさんは休日を楽しんで。俺のことは心配しなくて大丈夫ですから」と言った手前、何が何でも1人で完遂するはずであった。
「今朝、私が言ったこと覚えてますか?」
「はい」
「ではなぜここに」
「癒やしを求めていたらここにいました」
「なるほど癒やしを……ここに癒やしが……?」
部屋の中を見渡す限り、癒やしと呼ばれるものは無いように思えるが。
「ぷっ! ふふっ! 君のことだよ、ヤタちゃん」
「私ですか!?」
バッ、とルミさんの方へ向き直る。彼女は顔を背け、耳を真っ赤にして震えていた。
「……ふうん。ルミはこういう子に弱いのか」
アイシャさんがにやにやしながら小声でなにやら呟いている。
「し、試験場へ行くのですよね? ならすぐ、今すぐ行きましょうっ!」
気恥ずかしさを誤魔化すように試験場行きを急かすルミさん。
俺とアイシャさんは顔を見合わせ「ぷっ」と小さく笑いあった。
******……
地下試験場。
中は明るく、壁もレンガ調のような魔法による迷彩が施されている。
空間もかなり広々としており、少なくともテニスコート3面分はあるように見える。
「さ、ヤタちゃん。まずは各武具の確認をしよう」
魔導手袋――クロウレガン
魔導手防具――クロウヴァンブレイス
魔導防護服――クロウドレス
魔導腕輪――クロウブレスレット
魔導靴――クロウブーツ
それぞれ黒を基調としており、ところどころに美しい青のラインが入っている。
ちなみにこの青いラインは魔力伝導率が非常に良いというのはアイシャさん談。
正直、日本でこの格好は厨二感が多分にあるのは否めない。しかし、この世界ではそう珍しくなく、特にシーカーは人によってバトルスタイルが異なるため、このくらいでは目立つこともない。
アイシャさんが考案した"クロウシリーズ"の防具一式の長所は魔法士がより近接戦をしやすくなる。
これに尽きる。
全部位に出力安定化、魔力循環、強化魔法増幅効果があり、特に魔力保有量が多い者は恩恵を受けやすくなっている。
「確認終わりました」
「よし、では早速装着しよう。装着の仕方は指導も兼ねて私がやろう」
アイシャさんが身体が密着する寸前まで近づいてくる。
最初、最初だけだ。これは装着の指導を受けているだけ……。
「なにやら強張っているね。サイズは少しだけゆとりを持たせているからキツくないはずだが」
「い、いえっ! 全く問題ありませんっ」
思わず食い気味に返答してしまう。
ゾクッ、と背中に悪寒が。
少しだけ振り向くと、
「ふふっ」
美しい笑みを浮かべているルミさんが威圧感を放っていた。
一方、アイシャさんはこっちに集中しているのか気づく気配はない。
「終わったよ、ヤタちゃん。ん? どしたの、そんな緊張したような顔して」
「ナンデモアリマセン。ささっと試験やりましょう」
「? じゃ、始めようか。ルミは念のため防御魔法使っといてね」
ルミさんがこくりと頷く。
さすがに今は威圧感は放っておらず、試験をする時はいつもの雰囲気に戻っていた。
何か気に障るようなことをしてしまっただろうか。それだけが心配だ。
「まずはヤタちゃんが使える魔法を1つずつ発動。その後は戦闘時の状態の再現をよろしく」
俺は指示通り、今まで習得した魔法を全て順番に使用していった。
魔力の実体化、成形、制御までの流れが非常にスムーズだ。先程は手袋だけだったが、やはり全身に身につけると明らかに良くなったのが分かる。
次に強化魔法を各部位に順繰りとかけては解除を繰り返す。
「魔力が減らない?」
「それはさっき説明した魔力循環の効果だね。一部はロスしてしまうが一度使った強化魔法などの身体へ直接作用するタイプの魔法なら魔力のリサイクルができるってわけさ」
「か、革命ですかっ!」
「いや、この機能自体はすでに組み込んでいるものは他所でも売られているよ。最低価格500万エルはするがね」
「ご、ごひゃくまん……」
「まっ! 今回はそこのコストを抑えて作った分、ロスする魔力量は多いからおまけ程度と考えてくれ」
あはは、と笑っているが、ルミさんの表情を見る限りおまけ程度のものではないのだろう。今は言葉を口に出さずしまっておこう。
次に実施したのは実戦闘と同じ魔法発動状態の再現。
「"展開"!」
いつものように"魔力複腕"を2本展開し、全身に強化魔法を付与する。
「そのまま仮想的をイメージしながら動いてみて」
「はいっ」
強く床を蹴り、移動しながら複腕をワンツーで振るっていく。ただ、ほとんどモンスターは先手必勝一撃で倒してしまうため、戦闘中の動きというものがどうも慣れない。元々、戦いがあるような国で育ったわけでもないため、素人くささがどうにも抜けない。
「これは……配信ではあっさりモンスターを倒していて気づかなかったが、ヤタちゃん、戦闘に慣れてないね?」
「……はい」
「ふむ……ルミ、1つお願いしてもいいかな?」
「なんでしょう」
彼女は俺の方を見て言った。
「この子の模擬戦闘相手をしてくれないか」
「へ?」
「本気ですか、アイシャ」
「本気も本気。それにこの子、ルミのこと知らないんでしょ?」
「それは、言ってませんし」
ルミさんはバツが悪そうに答えた。
「はあ、いいでしょう。ヤタさん、やりましょうか」
「え、ええ!?」
受付担当のルミさんが模擬戦闘……?
いや、まあ今思えば日課や修行中に様々なアドバイスをくれていたので不思議には感じていた。
なんとなく受付の仕事をしていればそういった情報も入るんだなあと勝手に納得していた俺も鈍いのかもしれない。
「構えてください」
「ッ!」
ダンッ!
床からとても女性が踏み出すとは思えない音が鳴った。
瞬間――
彼女の顔が目の前に迫っていた。
「え、はやっ――」
咄嗟に複腕でガードする。
「ぐっ!?」
凄まじい衝撃が全身を駆け巡る。
複腕に魔力を多めに流し込み、衝撃をなるべく吸収したのにも関わらずだ。
「次、行きますよ。強化魔法は瞬間的な出力を忘れずにっ!」
再び床を蹴る音が聞こえる。
「後ろです」
右足から魔力を噴射し、回避。立て直すために両手足から何度も魔力を噴射することで逆に接近し、複腕を振るう。
「大振りではいけません。移動時は細く、ヒットするときだけ太くしなさい」
「そんな少ない動きでっ」
身体を軽く反らし、複腕を最小限の動きで回避された。
次の動作へ移行する前に美しくも冷酷な拳が側頭部へ迫る。
「はい、そこまで」
止めるように声がかかる。
「もう止めてますよ。ちょっと遅いですアイシャ」
「ありゃ、私の目も衰えたかね」
2人は笑いながら、さっきのことはなかったかのように話している。
アイシャさんがぬるっとした動きで背後に回り、俺の両脇を掴んで持ち上げた。
「ヤタちゃん、どうだった?」
「過去最高に動けていたはずなのに、全くついて行けませんでした。あと、持ち上げないでください」
「それはそうね。ルミが別格なだけだから気にする必要はないけど。もう少しこのままお願い」
「大袈裟ですよ……アイシャ、離してあげなさい」
そっと降ろされ、ルミさんの方へ向き直る。
先のルミさんの戦闘能力。明らかに手を抜いている様子だったことから、あれ以上があるということは想像するに容易い
「さっきのは説明とかってしてもらえるんです?」
「ごめんなさい、ヤタさん。いずれ言いますので、もう少しだけまってもらえませんか」
伏し目がちにそう言い、こちらをちらりと向けられた目と目が合う。
「……分かりました。特には聞きません。いずれ話したくなったらで全然いいですよ。誰にだって隠し事はありますし」
「ありがとうございます」
「すまないねえルミ。今回の件は今度美味しい高級料理店で奢ることで許してくれないかい? 店内の商品も少しなら割り引けるよ」
「では、両方で。それと割引は半額ね」
にっこりとルミさんはアイシャさんを威圧する。
アイシャさんは項垂れて、「……はい」と了承した。
俺はこの日、試供品として"クロウシリーズ"一式と手袋のスペアやその他ダンジョン内でのメンテナンス用品を受け取り、ルミさんと帰路に就いた。
下層についての情報は夕飯の後にルミさんからみっちりと叩きこまれ、2日後に行くこととなった。
いよいよビギナーダンジョン踏破という目標が現実味を帯びてきたことに興奮しつつ、俺は夢の世界へと飛び立った。
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