第8話 武具①


 ビギナーダンジョン下層へ行くための準備をしますとリスナー達に伝えた翌日。

 俺はいつも通りの時間に起きて、日課を早めに切り上げてシャワーを浴び、ルミさんが子どもの頃に着ていた外出用の私服をもらい、街へ繰り出していた。


「今日の俺は一段とまた可愛らしくなってしまって……危うくルミさんの着せ替え人形になるところだった」


 もう出ます、と言った時には不完全燃焼という文字が顔に書いているような表情だったことは見なかったことにしよう。

 だが、次回同じことがあれば再び着せ替え人形にされるであろうことは想像に難くない。


 ショーウィンドウに映る自分。


 ……可愛いな。

 俺自身、ナルシストではないが、日の光によって輝く美しい純白の髪。前髪の一部を彩る青の一房。黄金ほどの輝きはない、どこか影を感じさせる金茶色の虹彩。


「……ハッ! いかんいかん。早く行かないと」


 自分の容姿に魅了されている場合ではない。

 今日はルミさんの知人が経営しているシーカーショップとの約束がある。遅れてしまえばルミさんの評判と人間関係に傷を付けることになってしまう。


 改めて事の重大さを自覚し、気を引き締める。


 ちなみに街といえど、ここは日本ほど平和な場所でもないため、常に気を張るのが常識であることはルミさんから念入りに聞かされていたことだ。


「店はもう少し先か」


 いつでも魔法を使えるように意識しながら、店が並ぶ街中を早足で進んでいく。





 ******……




 目的地付近へ到着。

 辺りを見回すと同業と思しき人々がシーカー関連の店を行き来している。


「この辺りのはずなんだが……」


 ふと、後ろから何者かが近づいてくる気配を感じた。


「君、ちょっといいかな?」


 声をかけられた方へ振り向く。


「おっ、ルミから聞いていた通りの格好だね。ふむふむ、これは逸材」

「……アイシャさん、ですか?」

「へ? あはは、ごめんごめん。先に名乗るべきだったね。私はアイシャ・ルナル、見ての通り、月狐族ルナミリアさ」


 深紅の虹彩に漆黒の瞳。そよ風に揺らめく銀色の長髪。スラッと長い手足。

 俺自身詳しくないが、モデル体型という言葉が相応しい気がした。


 しかし、それらはヒト的な要素。一番気になっているのは彼女の頭部、それと臀部の少し上から伸びる3つの銀毛の房である。

 もふもふとしていて見るだけでも癒やし効果が……


 ハッとして、視線を彼女の顔へ戻す。


「いえいえっ! 私はヤタ、ただのヤタです」


 相手の身体的特徴にうつつを抜かすのは失礼だろう。

 俺は良心の呵責に苛まれる。


「よろしくヤタちゃん……ところで、気になるかい? これ」


 尻尾と思しき房を1つ動かし、「ほれ、もふもふだぞー?」とこちらへ猫じゃらしのように揺らしてくる。

 まるで催眠にかかったのように目が尻尾を追ってしまう。我慢できずに手を伸ばそうとした時、周囲から視線を感じ、我にかえった。


「もふもふ、じゃないっ! ちょ、周りの人が見てますよっ」


 とんでもなく恐ろしい誘惑だ。


 アイシャさんもこういった行為には慣れているよう――


「……恥ずかし」


 ではないみたいだ。

 証拠に顔が真っ赤になっているのが顔を手で覆い隠していても分かる。この人、恥ずかしいならあんなことしなくても……。


 そんなことを思いながら、俺はため息をついた。


「これからどうしますか?  ずっとここにいるわけにもいきませんし」

「そ、そうだね……とりあえず私の店に行こうか」




 俺とアイシャさんは人混みを出てから、少し歩いたところにある『月狐ルナミリア武具店』という看板を掲げた建物に入った。


 中に入るとそこは武具店らしく、シーカー用の様々な武具が飾られている。しかし、客の姿はなく閑散としている。


「アイリス、今日は店番お願いできる?」


 店の奥から気怠げそうな女性が現れる。

 女性は視線を俺に向け、事情を察したように頷いた。


「あぁ、はいはい。あなたがルミさんが面倒見てる子ね。りょーかい、お願いされたげるよ」

「ごめんねえ」

「ルミさんの話聞いてからご機嫌だったもんね。いいよ、このくらい」

「ありがとー」


 ひしっ。

 アイシャさんはアイリスという女性へ抱きつき、「ちょ、離せ」……と抵抗されている。尻尾ごと絡んでいるせいかちょっと暑そうだ。


 親しい間柄の人にはスキンシップが強めの傾向あり。俺の中でアイシャさんはそのように印象付けをした。


 アイシャさんがアイリスさんに引き剥がされた後、俺は店の奥にある部屋へ案内された。


 部屋には武具や服、アクセサリ類にいたるまで様々なものが整理された状態できちんと並んでいる。

 部屋を見渡していると作業台と思しきところに乗っている紙が目に入った。


 ――ヤタ

 ――身長……体重……

 ――使用魔法

 ――魔導写真……可愛すぎる(走り書き気味)


 俺のパーソナルデータがこれでもかとびっしり書き込まれていた。


「見ちゃったねえ?」

「ヒッ!」


 背後からねっとりとした声が聞こえ、身体が強張る。

 瞬間、ばさりと俺の胸元に何かが押し当てられた。


「ふむ、インナーのサイズは問題なさそう。こっちのプロテクターはちょっと大きいかな―。脚部は機動性を……」


 シーカー用のインナー、上着、防具類を合わせているだけであった。


 今日の目的は本格的にダンジョンの敵が強くなる下層へ向けてまともな武具を揃えようというもの。

 この店はルミさんの紹介で事前にアポイントメントをとっていた武具店だ。


「魔法で作った腕を武器にする人はかなり珍しいけど、面白いねえ。この手袋を付けてみてくれないかな?」

「はい……あ、付け心地いいですね」

「でしょ、そこは結構重視してて……じゃなく、それを付けて魔法を使ってみて」


 漆黒の手袋を身に着け、いつもと同じように腕を形成する。


「あれ?」


 魔力の出力が安定する。そのおかげか形成された腕の輪郭は寸分の揺らぎも起きていない。


「どうだい? いつもよりスムーズかつ安定していたりとか」

「はいっ! 今までと全然違いますよっ! 力づくで無理やり制御していたところがほとんど抵抗もなくできています」

「それは良かった。魔力の出力を安定化させ、制御しやすくする手袋。これはまだ商品として売りだしてはいない試供品でね。君がよければテスターとして使ってみてくれないかな?」

「それは願ってもないことですけど、私シトリーマーをやっていまして……」

「もちろん織り込み済みさ。追加報酬も出すから宣伝してほしいな」


 な、なんてうまい話なんだ。どこか裏はないのか勘繰ってしまう。

 だが、手袋以外にも試供品として色々と出してもらっている手前、やらざるを得ない。

 なにせこの店にあるのは最低価格5万エルの武具。とてもビギナーが気軽に手を出せるものではない。


「ぜひっ! やらせてください!」




 俺が堕ちるまで数秒もかからなかった。

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