幕間 レイ・クルセイド


「みなさんお元気ですか? 私は元気です。ぶい」


【ぶいぶい】

【元気でーす】

【元気よん】

【ぶぶいのぶい】

【変態機動見にきた】


「元気そうでなによりです……誰が変態ですって?」


【サッ(目そらし)】

【……】

【知らないです】

【僕じゃあありませんよ】

【じゃあ俺じゃないです】


「じゃあじゃありません。全くもうっ!」


 いつもの配信と同じネタ。

 私が巷で無表情変態機動女と呼ばれているのはこの配信に来ている常連なら誰でも知っている。

 内心何も思わないこともないが、広まってしまったものは仕方がないので持ちネタの1つとして利用している。


「はい、挨拶はここまでにして本題入りますよー」


【はーい】

【ハーイ】

【へい姉御】


「今日は散歩がてらマスター級ダンジョンの"セラフィム"へ行こうと思います。というか、もう着いてます」


【散歩の概念壊れる】

【ちょっと外出レベルじゃないんですが】

【マスター級で2番目にキツイとこ】

【ソロで行くつもりか?」


「もちろんソロです。前にアビス級行ったときに2度目の"覚醒"をしましてね。いやあSSSランクの人がいなかったら"覚醒"以前に死んでましたね。アッハッハ」


 アビス級ダンジョン上層突破。

 その時にSSSランクのサポートとして複数人のSSランクシーカーが同行していた。

 私はその中の1人である。


【アッハッハ】

【ガッハッハ】

【フッハッハ】

【笑ってる場合じゃねえっ!】


「一応情報は協会本部へ報告しているので近々公表されると思いますよ。ババンッ!  SSランク美少女シトリーマー【変幻】レイ・クルセイド、史上7人目の2度"覚醒"……なんてね」


【美少女を否定できない】

【実際そうなりそうで否定できないのが悔しい】

【2度"覚醒"ってどんな風になるんだ?】

【公表といっても具体的な"覚醒"時の内容は伏せられてるしな】


「それは見てのお楽しみですよ」


 今日は以前に3人パーティで挑み、中層まで踏破したマスター級ダンジョン"セラフィム"。

 その踏破難易度はマスター級ダンジョンで2番目に高く、アビス級ほどではないにしろ、SSランクがソロで挑んでどうにかなる場所ではない。


「まず上層。この辺は前と変わらないですね」


 上層。

 出現するモンスターは片腕がドラゴンの頭部、もう片方の腕には白銀の大槍を携えたドラゴエンジェル。その背には白銀の無機質な翼とドラゴンが持つ鱗の付いた翼が2翼ずつ生えている。

 他にはゼノポーンエンジェル。アドバンスド級に出現するポーンエンジェルというモンスターが白銀から黒銀になった亜種だ。

 ドラゴエンジェルほどではないが、並みのSランクシーカーでは相手にならないほど強い。


「ッ!」


 咄嗟に横から突き出された黒銀の穂先を回避。

 回避時の回転を利用し、襲撃者の背を蹴り飛ばす。


「危ないですね。それにこのくらいの蹴りではヒビを入れるのがやっとですか」


【すげえ】

【っぱSSは伊達じゃねえわ】

【俺Sランクだけど今の普通に死ぬ】

【鳥肌立ってきた】


「時間も勿体ないので終わらせますよ。……新たな"覚醒"の力、見せてあげましょう」


 体内の魔力、感覚を研ぎ澄ませる。


 ――"覚醒"は"意志"の影響を強く受ける。


(私はより速く、より力強く、より身軽に)


 ――"戦場を支配"したいッ!!


 レイ・クルセイド。

 史上7人目の2度"覚醒"したシーカー。

 その覚醒とは、


「"覚醒"モード第1形態"戦王"」


 普段は稀代の暗殺者が好んで使ったというボディラインが分かる紺色の装束で機動力を重視している。

 故に1対1における戦闘においては無類の強さを誇っていた。しかし、その弊害としてパーティを組まなければ格上のダンジョンへは行けないというデメリットもあった。


 ならば、今はどうか。


「疾く失せろ。雑兵が」


 いつもとは異なる、威圧的な声が発せられる。


 魔力により手刀を延長し、"覚醒"で得た"魔力の変質化"によって深紅に染め上げられた刃を虫を払うかのように振るった。


 瞬間、紅の一閃が走る。


【え?】

【へ?】

【なんだよ、これ】

【嘘だろ……?】

【……割れて、る?】


 ダンジョンの壁が上下に割れ……いや、両断された。


「さっさと先に進むぞ」


 中層へ向けて歩きだす。

 刃とは遅れて装束の上へ深紅に硬質化した魔力の鎧が徐々に形成されていく。

 今まで暗殺者然としていた姿から一変。


【激怒状態のクリムゾンドラゴンみたいだ】

【すごく、紅いです】

【キュンてきた】


 頭部以外がドラゴンを模した甲冑のようなものに覆われた。


【髪の色も青から綺麗な赤になってる】

【サラッサラだな】

【惚れた】

【もう惚れてる】

【女だけどドキッとした】

【口調と表情がやばい】

【黄金の瞳が私を狂わせるッ!】


「静かにしろ。ここから先はコメントに反応する間もないからな」


 両断された壁がダンジョンの機能によって地響きのような音を立てながら修復される中、揺れの影響を一切受けず、凛として歩を進める。


「……きたぞ」


 "セラフィム"中層。

 ここからはドラゴエンジェルが当たり前のように3~4体セットで現れる上に上位のゼノドラゴエンジェルまで闊歩している。


「お前ら――酔うなよ?」


 跳んだ。

 凄まじい脚力から出る高速機動。

 紅の残像が動く度に地面が、壁が、天井が抉れていく。


 ドラゴエンジェル達が敵の襲撃に気づき、振り返る。


「柔らかいな」


 首を動かした時にはすでに遅く。

 深紅の刃が胴と首を跳ね飛ばした後であった。


「次だ」


 中層の全フロアのモンスターを変態機動かどうかすら分からないほどの超高速で駆け回る。

 これを見ている者は彼女を目で捉えられず、地面にコアが落ちるのを見ることでしか存在を把握できなかった。


【酔うどころか見えないな】

【見えないから酔わないね】

【速すぎ問題】

【SSこっわ】

【散歩(超高速移動)】


「中層の掃除は終わった。次のリポップまでしばらくかかるだろう」


【うお】

【びっくりした】

【イケメン】

【やば、惚れ、惚れ】

【……すき】

【性格変わってない?】


「ああ、まだこの状態に慣れていなくてな。恐らく思い描いた姿が常に冷静かつ冷酷、圧倒的な強さと速さで"戦場を支配"するという部分が絡んでいるのだろう」


 SSSランクシーカーから話は聞いていたが、5度の"覚醒"形態移行をしても通常の口調、精神状態を維持したままはできていない。

 それはまだ、私自身が未熟であることの証左でもある。


 彼は3度、3度の"覚醒"を経ているという。

 アビス級上層では戦闘前となんら変化もなく彼は戦っていた。


 SSランクとSSSランク。

 SランクとSランク未満に隔絶した差があるように、私もまた彼とは隔絶した熟練度の差があるのだ。


「なるべく早く元の口調に戻るように努力しよう。すまないが今日はこのままで"セラフィム"を突破させてくれ」


【はあ……すき】

【今のレイちゃんもいいねっ!】

【2度目の"覚醒"ってすごいんだな】

【1粒で2度おいしい】




 レイ・クルセイド。

 この日、彼女はマスター級ダンジョン"セラフィム"を単独で突破し、世間を良い意味で騒がせた。

 そして、深紅の魔力を纏った"覚醒"形態から【変幻】とは別に【閃紅せんこう】の二つ名が付いたという。

 なお、本人は変態機動と言われなくなってたいそう喜んだとのこと。





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