第7話 配信⑤


 シーカー協会アリア支部の換金窓口。


 俺はバックパックを換金台の上へ下ろし、一息ついた。


「換金お願いします」


 手短に一言。

 それだけで換金窓口の兄ちゃんがバックパックを開け、コアをそれぞれの等級トレイに手際よく振り分けていく。


 ふと、兄ちゃんの手が止まった。

 他のモンスターのコアに混じっていた深紅のコアを手にし、じっと見つめている。


「……ヤタちゃん。これどこで手に入れた?」

「中層でティンダードラゴンの強化種を倒したら出てきました」

「あー、強化種ね。はいはい……はあ!?」

「うおっ、びっくりした」


 思わずおっさんみたいな声が出てしまった。


「本当に倒したの?」

「本当も本当、大マジですよ。アーカイブだってあります」


 ずいっとアーカイブを流している状態の端末を突き出す。

 そういえば兄ちゃんにシトリーマーやってるの言ってなかったな。


「おお……すげえ、ヤタちゃんこんな強かったのか。疑ってごめんね」

「いえいえ」

「てかヤタちゃんさ、シトリーマーだったんだね。僕ルミアちゃんとレイちゃん推しなんだけどヤタちゃんの配信も見るよ」

「べ、別に無理して見なくても……」

「見たいと思ったから見るんだ。僕は趣味には正直なんだ」


 すごい気迫だ。瞳が燃えている、ように見える。

 かつてVtuberなるものに全身全霊で情熱を向けていた友人を思い出す。

 どこの世界でも変わらないものはあるもんだと少し安心する。


「それはそれとして換金お願いします」

「あ、ごめんね。すぐ終わるから」


 テキパキと振り分け作業、金額査定が終わり、本日の稼ぎがカルトンに乗せられる。


「はい、56万エルね」

「どうも」


 手でお金を掴むと妙な違和感がある。

 いつもと何かが違うような。なんか厚い気が……


「56万!?」


 驚きで手を離し、改めてカルトンを見ると今までとは段違いの稼ぎに頭が混乱する。


「これ計算間違いじゃないですよね?」

「もちろん。強化種コアの査定が50万。ビギナーダンジョン産だから低い査定額だけどね」

「強化種ってそんなに高いんだ……これでも低い方……夢がありますね」

「……ソダネ。ほら、次の人もいるし早く受け取ってね」


 兄ちゃんが受付の方をチラリと見てから急によそよそしくなる。

 どうしたんだ? と思いつつ、俺はお金を受け取って協会を後にしようとした時だった。


「ヤタさん? 後でお話があります」


 圧。

 後ろから強烈な圧を感じた。


「る、ルミさん」

「強化種と戦ったことについて、コメントを無視してまで突っ込んだあの件に関してじっくりお話しましょう……ね?」

「はいっ! 仰せのままにっ!」


 思わず敬礼し、変な言葉遣いをしてしまった。

 モンスターよりも怒ったルミさんのほうが怖い。



 ルミさんが帰宅した後、こってり絞られた。しかし、他のシーカーの命を救ったその行動は人として立派であり、決して恥じるべきことではないということも言ってくれた。

 今回彼女が怒っていたのは相手と己の力量が分からない状況で他者の制止を振り切り、自らの命を粗末にするような行動をとったことについてのみ。

 こんなに本気で心配してくれる人がいるというのに俺は……。今一度、自分の行動を振り返るいいきっかけを与えてくれたことに感謝しかない。


 この日の夜はルミさんの抱き枕としての任務を遂行。

 めちゃくちゃ快眠した。





 ******……






「どうも、美女の抱き枕にされてめちゃくちゃ快眠したヤタです」


【あ、どうも】

【どうも、あ、その件kwsk】

 ヤタの姉【ね、寝取られた!?】

【ネキの脳が破壊される】


「いえ、家族と一緒に寝ただけですよ」


 正確にはシーカー協会の受付のお姉さん。ルミさんとだが。


 ヤタの姉【なんだ、家族か】

【ネキの脳が再生していく】

【美幼女の家族は美人】

【はっきりわかんだね】

【羨ましい】

【俺も美女と寝たい】

【俺も抱き枕にされたい】


「え、私とは何かないんです?」


【幼女の皮被ったおっさんとはちょっと】

【ちょっとね】

【前に「よっこいしょ」って腰掛けた時ね】

【幼女おじさん】


 自分の正体が幼女化したおっさんだと言っていないのにこの反応である。

 やはり魂レベルで刻み込まれたおっさんの癖はなかなか抜けないらしい。


「……うるさいですね。こんなに可憐な美少女だというのに」


 ぷくっと頬を膨らませてカメラを睨みつける。

 この身体、こういう時はほぼ無意識で子どものような態度をとるように動いてしまう。


【可憐とは】

【幼女顔だと怖くないな】

 ヤタの姉【可愛すぎて心臓止まった、止まるかと思った】

【いや止まってるじゃねえか】

【自称美少女】

【このおっさん可愛いな】


「はあーっ! もういいです! "展開"!」


 いつものように"魔力複腕"を発動する。

 ルミさんのアドバイスでオリジナルの掛け声を発動ルーティーンとしている。

 おかげで以前ほど疲労感はなく、少しずつではあるが、常時発動も短い無意識状態であれば解除されることも無くなった。

 それに"魔力複腕"って言いづらいからね。


「強化種の件でこってり絞られましてね。今日からは相手の力量も加味して動きますよ」


【えらい】

【周りにまともな大人がいて良かったね】

【あれは流石にね】

 ヤタの姉【心配でついダンジョン前まで行っちゃったよね】

【ネキはもう少し抑えて】

【もはや"魔力複腕"についてツッコミ入らなくなったな】


「前に引き続き中層でガンガン狩っていきます。次の個人目標は下層とボスフロアの踏破です」


【なるほど卒業か】

【このペースだと来月にはビギナー抜けるぞ】

【平均よりかなり早いな】

【今のところ早くて3ヶ月だったはず】


「最近は素の身体能力も日々の自主トレで随分と良くなりましてね。上層なら一切魔法を使わずに粉砕できますよっ」


 ダンジョン内に満ちる魔素、体内に流れる膨大な魔力、そしてルミさんと日々こなしているトレーニング。

 特に3つ目は日を増すごとにハード化している。


「ほらっ、力こぶが……うん、この身体あんまり筋肉が表面化しないんですよね。筋密度が高いんですかねえ」


【うーん、この脳筋】

【力こそパワー】

【SSSランクの人も言ってたなソレ】

【筋肉、筋肉こそ至高】


 誰が脳筋だ。俺はそれなりにインテリのつもりだぞ。


 ん? 左の方からモンスターの気配。


「誰が脳筋ですか……ふんっ!」


 魔力噴射を使い、裏拳をレッドゴーレムの胴へ叩き込む。


「グゴッ!?」


 人間とは明らかに異なる機械的な声質の呻きと同時にレッドゴーレムが粉砕され、周囲に赤い土が散乱する。


「レッドゴーレムのコアって良い稼ぎなんですよー」


 コアを拾い上げ、ひょいっとバックパックへ放り込んだ。


「では次行きましょうか」


【はい】

【はい】

【ヒェッ】

【こっわ】

【今見てなかったよね……】

【ゴーレムくん……】

 ヤタの姉【かっこいいっ!】

【平常運転】


「あ、ミニゴーレム。はあっ!」

「ティンダーくんじゃないですか。どっせいっ!」

「レッドゴーレムが3体も……いちっ! にぃ……さんっ!」

「おっと危ない。よいしょ」


 珍しく次々と現れるモンスター達に「カモがネギを背負ってきた」と言わんばかりに意気揚々と狩り続ける。

 これではもはやシーカーではなくハンターでは? と言えなくもない。


【なあにこれえ】

【合成映像かな?】

【残念ながら現実です↑】

【お前もうビギナーやめろ】

【下層行って、どうぞ】

【やばばだね】


「……ふうっ! いい汗かきました」


 落ち着いてきたところでコメント欄を見ると【強すぎる】【こんなビギナーがいるか】【綺麗な汗だね】【惚れた】【お前もう下層行け】などが見られた。

 薄々感じてはいたが、中層のモンスターを強く感じない。むしろ余裕すらある。

 2時間程度、遭遇しては倒しを機械的にこなしているだけだ。


「下層ですか。行ってみる価値はありますね」


【次回にしとけ】

【準備は大事】

【協会の誰かに相談してからにしな】

 ヤタの姉【忙しくなければ相談に乗れるのに】

【ネキは会いたいだけでしょ】

【どんなに強かろうが事前準備無しは危険】


「分かりました。リスナーさんたちのコメント通り、相談してから後日行きます」


【えらいね】

【前とは一味違う】

【人の話をよく聞けてえらい】


「そうなると数日はダンジョンへ行かずに準備期間としたほうがいいですね。臨時収入もありましたし、しっかり備えますよ」


 正直、今の装備はだいぶ心もとない。魔法任せの戦いで武器はおろか防具すら付けていない。

 元々貧弱過ぎて装備自体できないからとバックパック以外持っていなかった。


「善は急げ。ダンジョン配信はこのあたりで切り上げますね……それではっ、お疲れさまですっ! また会いましょう!」


【おつ】

【おつかれさん】

【応援してます、おつです】

 ヤタの姉【またねー】

【おっつおっつ】




 視聴者数247人

 投げ銭:37000エル

 登録者数:923人



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