第11話 配信⑦


 ――配信中



 未だ混乱の最中にあるレッドデーモンへ迫る。


(大丈夫だ。ダンジョンへ行く前に何度も練習した。それを再現するだけ)


 複腕を軽量化、更に速度が上がったことによるヒット時の威力上昇。


 突き出す腕を魔力放出によって加速。

 そして、敵の眼前で拳が巨大化する。


「ぶっ飛べっ! 巨人の魔拳ギガントロックッ!」


 レッドデーモンの全身に巨大な拳が打ちつけられる。

 断末魔を上げる間もなく、身体中の骨を砕かれたレッドデーモンは数秒後、コアを残して霧散した。


【デカい】

【デカいな】

【だいぶエグい音鳴ってたけど】


「ふうっ! やっぱり声を出すと力が漲りますね!」


 いい汗をかいたと額を拭うフリをする。実際はひとしずくの汗もかいていないが。


【魔法士について考えさせられますね】

【そうですねー、今どきの子はこんな感じなんですね】

【巨人系幼女】

【大きかったり小さかったりしろ】

【技名とか考えてるんだ……】

【まあ声出すと活性化するのは事実ですし】


「カッコいいじゃないですかっ! 分かりませんか? このロマンを」


 せっかく魔法のある世界で自分のイメージしたことの一部が再現できるのだ。

 男の子なら一度はやってみたいと思わんかね。


【分かる】

【分かるぞ】

【SSにも技名言う人いるし……】

【かわいカッコいいからオッケーです】


「では下層攻略を続け……うっ、モンスターうじゃうじゃ居過ぎでは、あそこ」


 カメラを目線の方向へ動かす。

 その先にはレッドデーモンやスレイヴデーモン、クレイインプなどが沢山いた。


「一気にぶっ飛ばします。あそこの部屋を経由しないと下へ行けないですし」


【いくのか】

【様子見のほうがいいんじゃ】

【後ろからスポーンされたら厄介だから突破するほうがいい】

 ヤタの姉【私、ヤタの姉。今、ビギナー前にいるの】

【怖っ】

【ヒェッ】

【ホラーネキ】

【怖いけど安心感】


 心配するコメント、ちょっと怖いものの身を案じてくれているであろうコメント。


 俺は笑って答えた。


「あはは、心配してくれてありがとうございます。では――行きます」


 地面を蹴り上げる。

 なにも魔力放出による加速移動は脚部だけではない。


「レイさんの真似ですッ」


 大手シトリーマーのレイ・クルセイド。

 この世界における大手は皆Sランク以上の強者ばかり。例外的にアイドルのようなSランク未満の大手もいることにはいるが、かなり珍しいケースだ。


 そんな彼女の機動は参考になった。編集技術はもちろん、その戦闘センスから技術にいたるまで洗練されており、無駄が一切無い。あるいは俺自身が未熟故に分からないだけかもしれない。


「ふんッ」


 手、肘、脚。それぞれの部位から細かな魔力放出制御を行い、壁や天井を利用した奇襲戦法。

 ところどころ拙く、わずかにバランスを崩してしまうが取り柄の魔力量で強引に修正。


 レッドデーモンが振り向いた瞬間、壁を蹴り、防御をする間もなく巨人の魔拳ギガントロックで粉砕。

 すぐさま地面へ向けて魔力を放出し、天井からスレイヴデーモンとクレイインプを巨大化した両複腕の拳で地面へめり込ませる。


「残りはッ! よし、このまま回転して――」


 地面に付いたままの拳を軸に脚部から魔力放出による方向転換。

 即座に複腕を元のサイズへ戻し、空中にいるまま敵方向へ自身を射出することでロケットのようにモンスターの集団へ突っ込む。

 複腕に使用していた魔力を全て身体へ回し、特に頭部は巨大化した拳のように分厚い魔力の塊を形成。


「ぶっ飛べっ! 全身体当たりロケットタックルッ!」


 こちらへ応戦しようと構えるレッドデーモンだが、凄まじい速度で接近する巨大な魔力塊を見て後ずさる。

 しかし、時すでに遅し。


 肉感のある衝撃が走るとほぼ同時に壁と魔力塊に挟まれて圧潰。


 残ったのは壁にめり込んだ複数のコアのみであった。


「……はあ……はあ、んくっ……ふうーっ」


 慣れない動きと今までに無い緻密な制御要求、魔力消費によって息切れを起こす。

 ゆっくりと深呼吸をして整える。


「……疲れました」


【……お疲れ】

【お疲れさん】


「やっぱりレイさんはすごいですね。あの動きを呼吸をするようにできるんですから」


【故に変態機動】

【君も大概だよ】

【魔力であの動き再現するとは思わなかった】

【最後のタックル見た目アレだけど威力たけえな】

【成長性SSかよ】

【見た目はちっとも変わらんが】


 素の身体能力でアレはやばいよ、うん。

 SSランクが聞いていた通り別格であることを改めて痛感する。


「やはり自分に合った動きで堅実に行くほうが安全かもです」


【だな】

【無理すんな】


「幸いモンスターの気配は無いですし、今のうちに進んじゃいます」


 俺は肺、筋肉の疲労をゆっくりと回復させながら下層――深部へ降りていく。





 ******……





 私はレイ・クルセイド。

 アリア支部が誇る最高戦力SSランク4人の内の1人だ。

 というのは耳障りの良い広告塔のようなもの。


 本業はシトリーマーである。

 この生まれ持った容姿と類稀なる戦闘センス、血の滲むような努力を経て、今この立場にいる。


 日々の配信では他支部近辺の高難易度ダンジョンの攻略、コア集めが主だ。

 最初の方は丁寧に挨拶をしていたものの、リスナー達が慣れてきたせいか、簡単な挨拶を済ませたらすぐに戦闘へ入ることもしばしば。


 巷で無表情変態機動女と呼ばれ始めた時は正直焦った。

 アリア支部の支部長には「君が嫌ならやめるよう提言するが」と言ってもらったが、これからの配信でもあの戦闘スタイルを変えることはできないことを考えると、ネタとして笑い飛ばすほうがいちいち負担にならずに済むと考えた。


「……今日も疲れたなあ」


 配信終わりの帰り道。

 私はいつものようにアリア支部近くの寮。SSランクの面々に用意された高級寮へ帰宅する。


 冷室を内蔵する魔導家具の扉を開け、冷えた酒と予め切り分けていた果物を取り出す。


「ふう……この1杯がなきゃやってられないねえ。さて、今日は面白い子とかいないかなあ……ん?」


 主にシトリーマーが投稿する魔導映像共有プラットフォーム『マギッチ』に新着で並ぶ、とあるサムネイルが目に入った。


「時間が長い。無編集? それにダンジョン内の壁じゃないこれ」


 明らかな投稿初心者。チャンネルを確認すると動画は1つだけ。


「チャンネルのサムネイルもデフォルト……」


 これはダメね。と別の動画を探しにいこうとする。


「ま、登録だけしときましょ」


 私は気まぐれでこのチャンネルを登録した。

 ……のち、この時の自分を褒めちぎることになるとは夢に思わなかったであろう。



 翌日。

 午前中に配信を切り上げ、装備一式ををメンテナンスに出した。

 緊急依頼に備えてスペアの装備一式は寮へ置いている。


 私は今日の配信内容を振り返りながら武具屋を後にした。


「今日は反応良かったな。久しぶりの早上がりだし昼寝でもしようかな」


 るん、と上機嫌で駆け出す。

 日々、配信や協会本部からの依頼で精神的な疲労が溜まっているのだ。たまの早上がりに休んでもいいだろうと気が緩む。


 そんな時、端末から通知音が鳴る。


「あら?」


 確認すると『ヤタのシーカーちゃんねる』なるチャンネルが配信を開始したという旨の通知だった。


 そして、それこそが私にとって天国とも言える至福の時間の始まりであったことを、この時はまだ知らない。








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