第2話 居候

 俺は今、ダンジョンへ来ています。

 ダンジョンといえば洞窟や薄暗い遺跡を想像するかもしれませんが中は意外と明るく、視界も良好なので歩きやすいんですよ。

 何しろ国が管理しているビギナー用ダンジョン。

 上層はその辺のちょっと運動が得意な子どもでも倒せるモンスターばかりだそうで……。


「ふんっ」


 ぽよん。


「はぁっ!」


 ぽよよん。


 子どもでも倒せるとはなんだったのか。弾力のせいで打撃系の攻撃は全て跳ね返されしまう。


 ちなみに今戦っている敵はコンニャクスライム。

 モンスターガイドブックによると最下級のFランク。


 柔らかく弾性のあるボディで打撃が効きにくいのが特徴。

 刃物で斬るのが効果的。

 体当たりをしてくるが、5歳児相当の威力なので脅威ではない。


 まさにビギナー用といったモンスターだ。


「この黄金の拳が効かないわけだ。刃物を用意すればいいんだな」


 ……。

 ぷるぷると拳を震わせる。


「そんなもん買う金があるわけないだろ!いい加減にしろっ!ふんっ!」


 渾身の手刀をコンニャクスライムに浴びせる。

 すると少しだけ裂けた。


「……ちょっと効いてるっぽいな」


 心なしか手に薄い紫色の膜があるように見えるが、気のせいだろう。そんな不思議パワーなどあるはずもない。


 俺は裂けたところへ何度も手刀を振り下ろすと灰色の玉が見えてくる。


「これがモンスターコアってやつだな。ふんぬっ!」


 両手をずっぽりと差し込み、玉を引っこ抜く。

 勢いが余り尻もちをついてしまうが、なんとか立ち上がる。


「尻痛え……ヨシッ! 玉とったぞオラァ!」


 コアを抜かれたコンニャクスライムは音も立てずに細かい粒子となり、霧散した。

 緊張感が解けて身体の力が抜けてしまう。


「はあ、はあ……かなり疲れたな。今日は一旦出よう」


 その場に座り込みこんで息を整える。


「んしょっと、にしてもなあ」


 どうやらこの少女ボディ。思った以上に貧弱である。

 ちょっと走れば息切れを起こし、攻撃を繰り出せばこっちがダメージを負う弱さだ。

 その証拠に子どもでも倒せるというモンスターに苦戦する始末。


 意気消沈しながらダンジョンを出るとダンジョン警備員のおっちゃんに声をかけられる。


「おう、嬢ちゃん。今日はもうお帰りかい?」

「ダンジョンデビュー初日なので……今日はこのくらいで帰ります」


 ごそごそとスウェットのポケットに入れた灰色のモンスターコアを取り出して見せる。

 

「あー、まあ最初はこんなもんだ。なによりほぼ無傷で戻るほうが大事さ。体が資本だからよ、シーカー業は」

「お気遣いありがとうございます」


 にっこりスマイルで礼を言い、ふらふらとおぼつかない足取りで協会へ向かう。


 真っ先に協会の換金所へ行き、今日手に入れたモンスターコアを渡す。


「はい、500エルね」


 コンニャクスライムのコア相場は500エル前後。

 これはガイドブックにも書いてある。

 ちなみに1エルが日本で言う1円相当に近いようなので、今回の報酬は500円くらいだ。


 次に今日から泊まる宿は……ない。

 野宿である。

 受付のお姉さんに聞いてみたが、16歳以下まで対象の支援宿泊所は常に満員で空いていないとのこと。

 俺はシーカー証に12歳で登録しているのでもちろん対象には入っている。

 精神年齢は30代だが見た目は中学に上がるかどうかぐらいの少女。


 何故16歳以下の支援宿泊所があるのかと思って聞いてみると、特にダンジョンシーカーとなるような子どもは戸籍自体無いことも珍しくなく、身分証明としてシーカーになるのはわりとあるそうだ。

 とはいえある一定のランクに上がるまでは2週間ダンジョン探索をサボるとシーカー証が失効されてしまうのでなかなか世知辛い。再発行はできるものの、それまでの実績はリセットされる。

 厳しいが間口が広いだけ有情ともいえよう。


「いきなりこんな世界に転移して野宿だなんて理不尽にもほどがある。どうにか稼げる手段とかないのかねえ」


 広場のベンチへ座り、遠目に商店街を見やる。

 なんとなしに見つめてると、ある広告が目に入った。


「なんだあれ。……ん?お、おお!これだ!これしかないっ!」


 それはまさに天啓。

 選択肢が狭い中で唯一の希望と言えるものだった。




【大募集!! 次の人気シトリーマーはあなた‼】




 美少女数人のデフォルメした立ち姿が描かれている広告。

 内容をざっと読んでいく。


「ライブ配信ってやつだよな。よく綺麗な子がデザートのレビューしたり芸人みたいな人がチャレンジ企画とかやったり、複数人で話しながらゲームとかやってるっつう……いけるかもしれん」


 男の時は平凡な容姿かつ安定した生活を送っていたために露ほどにも思わなかったが、配信者というのは成功すれば多額の金が入るというのをネットサーフィンをしているうちに知った。もちろんプラットフォームやらのマージン料はあるだろうが。


 広告の近くにある店のウィンドウに改めて自分の姿を映す。

 容姿はこの世界でも通用すると思いたい。現に広告の女の子達となんとか張り合えるくらいには可愛い。……彼女らと比較し、幼いところには目をつむるとして。


「よしっ」


 にかっ、と簡単に笑顔の練習をしてから広告の連絡先……連絡するものを持ち合わせていないので住所を覚える。


 まず行くのは協会だ。

 住所は覚えた。しかし、場所が分からない。となればあの受付のお姉さんに聞くのがいいだろう。


 協会の受付へ行くと、登録時にいた時と同じお姉さんが手元の書類に何か書き込んでいた。


「あのっ!」

「はい、どうしましたか。ヤタさん」


 ちなみにヤタとはこの世界での名前である。


「えと、今から言う住所の場所を教えてください!」

「へ? はい、承りました」


 受付のお姉さんは作業の手を止め、きょとんとした顔で間の抜けたような表情になるも、すぐ平常運転に戻る。


「お忙しいところすみません、あの……っていう住所なんですけど」

「それなら協会からかなり近いところにありますね。地図で見ると……」


 ここです、と指差した位置は協会から2~3分程度の距離だった。


「最近までテナント募集だったところですね。現在は新規のシーカーストリーマー事務所となっていますが。ヤタさん、ひょっとしてシトリーマーに?」

「ですです。お金も家も無いですし。他にもいくつか求人を見たんですけど年齢制限とかキツくて……これくらいしかないんです」

「……少しお待ちいただいても?」

「え、あ、はい」


 事務所の奥へお姉さんが消えていき、待つこと数分。

 外向けではない感じのにっこりスマイルでお姉さんが戻ってきた。


「このあと仕事上がるのでもうしばらくお待ちいただけますか?」


 仕事上がるってどういうことだろうか。

 プライベートで話があるということ? ……勘繰りすぎかな。


 協会内の椅子にちょこんと座る。

 転移前に着用していたスウェットをかなり捲っているが、ダボつきを抑えられていないせいか不格好だ。


「む、昼ころにいた嬢ちゃんじゃねえか」

「へ?」


 声の方向へ顔を向けるとシーカー証発行代を立て替えてくれたおっちゃん、おじいちゃん? がいた。


「あのときの……発行代の立て替えありがとうございます。ただ、あの、まだ発行代は稼げてなくて」

「はっはっはっ! いいっていいって。余裕のある時に返してくれりゃいいさ」


 大した額でもないしすぐ貯まる、と人の良さそうな顔で笑い飛ばしている。


「そんでダンジョンはどうだったよ。ビギナー用のところの上層はガキでも比較的安全にいけるはずだが」

「それがですね。思ったより非力で」


 右腕で力こぶを作るような素振りを見せる。

 

「見た目通りって感じだな」

「です……」


 ふーむ、と顎髭をさすりながら考える素振りをする。


「純粋な肉弾戦が難しいなら魔法っつう手もある。俗に言う魔法士だな」

「魔法があるんですか!?」

「お? おう。なんだ嬢ちゃん、知らんのか」

「恥ずかしながら……」


 言われてみれば協会の周辺やダンジョン近くを歩いていたときに不思議なものが沢山あったものの、この世界の科学スゲぇ、で何も考えてなかった。あれは魔法だったのか。


「ま、それは追々分かるさ。話を戻すぞ。個人的には魔法士をやるのはおすすめしねえな」

「何故でしょうか?」

「魔法士は肉弾戦が苦手なやつにとっちゃあ天職だ。しかしながらビギナー用ダンジョンより上のランクへ行くとな、放出系の魔法は無効化される場合がある」

「それじゃあ……」

「想像の通りだ。魔法士でも肉弾戦をしないといけねえときがくる。そのための肉体を強化する強化系魔法もあるから基本はどっちも使えるようになれってこった」


 魔法自体が初耳な上、ダンジョンには魔法無効化という魔法メタ過ぎるものまであるのはなかなか厳しい。


「貴重なアドバイスありがとうございます。えと、収入が安定してきたらいつかお礼させてください」

「いやいや「俺の気が済まないので」そうか。って俺?」

「あ、これは癖で」

「はっはっはっ! まあよく考えりゃ女でも俺っつうやつはシーカーじゃそれなりにいるし気にしなくていい。変な反応してすまんかったな」

「いえいえ!」

「じゃ、頑張れよお。応援してるからなあ」


 以前立て替えてくれた時と同じように手をひらひらと振って朗らかに去っていくおじいちゃん。


「あら、あの人は……あ、お待たせしましたね。それでは行きましょうか」


 受付のお姉さんが協会の制服に上着を羽織り、手提げバッグを持って戻ってきた。


「行くって何処へです?」

「ふふっ。私の家です。上の方へ"少し"掛け合ってあなたを預かることになりました。と言っても支援宿泊施設の枠が空いていないので暫定処置ということになりますが」

「はえっ!?」

「広告の件は家でゆっくり話しましょう」




 どうも、弥太郎ことヤタです。TS美少女です。

 受付のお姉さんの家に居候することになりました。

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