【ダンジョン配信】元社畜TS異世界転移者のホームレスから始まるダンジョン配信者生活!!

深空 秋都

第1話 転性


「あの、身分証明できるもの無いんですけど。"シーカー"登録できますか?」

「はい、できますよ」

「マジですか!」

「マジです」


 ああ、良かった。

 一文無しの状態で餓死するのを待つだけになるところだった。


 スッ、と受付のお姉さんがカルトンを滑らせる。


「それでは1000エルちょうだいいたします」

「あの」

「はい」

「お金、無いです」


 無言。

 お姉さんの無言の笑顔が怖い。


「でしたら発行はいたしかねます」

「あの、えと」


 そもそも"エル"ってなんだ。

 この世界のお金の単位なのか。1000エルとはどれほどの価値があるんだ。

 ひょっとして俺、詰んでる?


「ほいよ、1000エル」


 後ろから皺がありつつも筋肉質な腕が現れ、カルトンにお札が一枚載せられる。


「嬢ちゃん金ねえんだろ? こんな小せえのに文無したあ、事情があるにせよ可哀想だ。儂が立て替えよう。勿論、無利子だ」

「あ、ありがとうございます」

「なあに恩を押し付けてるだけさ」


 白髭をたっぷりと顎にたくわえたダンディなおっちゃんがひらひらと手を振って立ち去る。


 俺もあんな歳のとり方したかったな。


「あの、これで発行お願いします」


 少し伏し目がちに言うと、


「ふふっ。はい、承りました」


 お姉さんは外向けから途端に優しそうな笑みを浮かべ、受付の奥へ行った。

「こちらへ」と受付から個室へ案内される。

 関係者以外立入禁止のような場所に入るのは心なしかそわそわとしてしまうのは俺だけではない、と思いたい。


「早速ですがシーカー証の身分証明機能付与に際し、DNAの登録をいたしますのでこちらの書類へサインと髪の毛を数本ご提出ください」


 書類が差し出される。

 何気なく読み始めるとある違和感に気づく。

 ここは明らかに異世界のはずなのに"日本語"で文字が書かれているからだ。

 しかし、今はそれについて考えている暇はない。

 まずは一通り読み、サインをし、最後に髪の毛をぷちりと数本抜く。地味に痛い。

 あとは抜いた髪の毛の色が白い。何故白髪……。


「サイン書き終わりました。こっちは髪の毛です。あの、すみませんが鏡はありませんか?」

「はい、ありがとうございます。鏡ですか? 私物になりますが私の手鏡で良ければお貸ししますよ」

「ありがとうございます!」


 手鏡を貸してもらい、自分の顔と髪の色を見る。

 凄く、可愛い。一目惚れだよこれは。

 いやいや、そうじゃない。女の体になっていることに気づいていたが顔が男の時と全然違うじゃないか。挙げ句の果てに髪の色が白に青のメッシュって……。


 頭は以前の黒髪と比べて奇抜なものになった。

 虹彩は金茶色となっており、黒い瞳孔がより目立つ。面影というものは一切なく、もはや別人だ。身長は低く、130~140センチといったところだろうか。


「はは、は……あ、鏡、ありがとうございました」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です。ちょっと、疲れが出てるだけなんで」


 溜息をつき、ソファに沈むとテーブルの上に灰色の精密機械と思しきものが置かれる。

 興味津々でテーブルの上を見つめているとお姉さんが子どもを見るように優しげな表情で簡単に説明してくれた。


「これは"生体情報刻印機"というシーカー証の元となるカードへ刻印する魔導機械です。先程いただいた髪の毛からDNA情報を暗号化して刻印するんですよ。あ、ちなみにこの機械はとても高いので触れないでくださいね」

「はえー、すごいですね」

「はい、すごい機械なんです」


 取り敢えずとんでもない精密機械で、安易に触れてはいけないということだけは分かった。

 何かあっても無一文なので担保できるものが身体しかない。この部屋の物は触れないようにしよう。


 身体の幼さ故か、綺麗なお姉さんと2人きり故なのか分からないが、時間が経つにつれて無意識の内にドキドキし、態度にも落ち着きのない様子が出てしまう。

 ちらりと顔を上げると目が合い、お姉さんがこちらを見る目が慈愛に切り替わっていてとても恥ずかしい。

 こちとら元30代の魔法使い独身だぞ。やめろ。やめてくれ。そんな優しい目で俺を見るのはやめてくれ。ちょっとおバカな子どもに見られているみたいでつれえわ。


「すぐ終わりますからね」


 慣れた手つきで機械のセッティングをし、カタカタとパソコンのキーボードのようなものを操作している。

 機械が動き出すとカードの表面を何往復もして複雑な模様や文字が刻印されていく。

 ビープ音のような音が鳴るとどうやら終わったのかセットされているカードを外し、首にかけられるよう紐が通される。


「シーカー証の発行が終わりました。落とさないように首にかけますね」


 さっ、と背後に回り込まれ、首元まで顔を近づけられる。

「取られないように服の内側に入れておきますね」と囁かれ、びくっと肩を震わせてしまう。


「ひゃ、ひゃい」


 俺は緊張が抜け、再びソファへ沈み込む。

 

 お姉さんは姿勢を正し、外向けの笑顔で言った。



「改めましてダンジョンシーカー様、シーカー協会アリア支部へようこそ!」



 社畜生活から一変、俺の異世界生活が始まる。

 ダンジョンへ潜って一攫千金! 希望に満ち溢れた冒険だっ!





 と、まあそんなわけもなく。

 ……いや、あの、一文無しのホームレスなんですけど。

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