第3話 配信①

「まずはそちらへお掛けください」


 促され、ソファに腰掛ける。

 沈み込むような感覚はあまりなく、少し硬めの座り心地だ。眠気に苛まれない程よい硬さなので助かる。


「生活用品は一通り予備のものがありますから、他に必要なのは衣類一式とシーカー用の端末ですね」


 タタッ、とタブレットのような端末を操作し、「これで完了」と小声ながら聞こえてくる。


「物の準備は終わりました。さて、ヤタさん、ヤタちゃん? あ、呼び方はどうします?」

「ヤタさんで」


 思わず食い気味に返事をしてしまった。

 さすがに中身30代をちゃん呼びはキツい。


「ふふっ。ではヤタさんと。私の名前はルミエーラですが親しい人たちはルミと呼んでいます」

「こちらもルミさんと呼びますね」


 ルミさんはニコニコと笑顔で話してくれるのでとても好感が持てる。

 今後この人と暮らすのは少々心臓に悪そうだが。


「ところで」

「? はい」

「実際、いくつなんです? 子どもにしては妙に落ち着いているというか、受け答えも経験則に基づいているように見えます」


 鋭い。

 当然と言えば当然かもしれない。

 ルミさんは仕事柄、様々な人と関わっている筈だ。もちろん子どもと話すこともあるだろう。

 そのうちボロが出ると思っていたが予想の数倍早かった。


「実は――」


 俺は観念し、正直に話をした。

 この世界へ来てから間もないので、どちらかといえば前の世界でどういう人間であったか、が話の中心となった。

 一通りの説明をするとにわかには信じ難い、そう言われた。ただ、先の話が事実であれば辻褄も合うとも。

 その最たるものが魔法を知らなかったこと。

 少なくとも生まれた時から魔法には触れる。医療の現場においても魔法を用いた機器は欠かすことのできないもの。

 前の世界では科学技術はあらゆるものと密接に関わっていたように、魔法技術も同様であることは想像に難くない。


「個人的に異世界から来たことよりも以前のヤタさんが男性だったことの方が驚きです。この可愛さはちょっとズルいと思います」

「え? あの、え?」


 ふっ、と目を細めて彼女は微笑んだ。


「性が反転する種族の方もシーカーにいますし、異世界からの来訪者は珍しいですが他の支部にも何人かいますよ」

「あ、他にもいるんですね」


 そういう種族もいるのかと興味が湧くものの、まずは先立つものを用意するための行動を起こさねばならない。

 俺は次の言葉を紡ごうと口を開こうとしたが、先にルミさんが声を発した。


「あながちシトリーマーになるのも悪手ではないのかもしれませんね。ただ一つ、心配事が」

「心配事?」

「シーカーはその名の通り、探索がメインの業種です。しかしながら実際はモンスターと戦い、コアを入手することで生計を立てています。そこで前提となるのが戦闘能力と危機回避能力、この2つです」

「前者は生活魔法等などを攻撃に転用すれば最低限確保できます。しかし後者の場合は経験、身体能力が必要……ヤタさんはその……」

「貧弱ですね!」


 言われる前にバッサリと言い放った。

 事実を事実と認めないことにはどうしようもない。その上で対策を考えるほうが建設的と言える。


 この話の後、ルミさんに借金という形で最低限必要な配信用機材を10万エルで購入。使い方は店員に熱心なシトリーマーオタクが居たため、初歩から困ったときのQ&Aまで教わった。



 ******……


【ご挨拶】新人シーカーストリーマーのヤタです



 10万と1000エル。

 俺の借金状況だ。

 この世界に俺を転移させたのが偶然か、それとも人為的なものなのか。

 どちらにせよ随分と厄介な事をしてくれたのは間違いない。

 そのおかげで俺は慣れないこの身体を張って命がけかつエンターテインメントを仕事としてやっていくのだから、いつかこの責任は取ってもらいたいところだ。



「は、初めまして! ヤタです! ほ、本日はお日柄もよく……あ、すみません。ダンジョンでした。空、ありませんでした……」


【お、新人か】

【子ども?】

【今日も空は茶色いです】


「子どもじゃないです!」


 登録年齢は12歳です。子どもです。


【背伸びか、おマセさんか】

【かわいいけどシーカーやって大丈夫か?】

【おじさん心配】


 視聴者は現在7人。


「ビギナー用ダンジョンの上層なので今は大丈夫ですよ」


【確かにあそこなら】

【うちの子もたまに遊びに行ってるわ】

【なら大丈夫だな】

【つーかほんと可愛いな】


「ふふんっ。見た目には自信あります」


 得意げにぽん、と無い胸を張る。


【かわいいねー】

【すごいねー】

【小さすぎて微笑ましい】


 明らかに子どもの背伸びとしか思われていないご様子。

 ただ今は来てくれているだけでありがたい。これから配信で稼ぐには今いる人たちに拡散してもらうのが1番だ。


「まあいいでしょう。すぐに私が子どもではないとわからせて差し上げましょう」


 ダンジョン上層を歩きながら配信を続ける。


「む、あれは!?」


 つい先日、俺が大苦戦した敵が軽快に弾みながら現れた。


【コンニャクや】

【コンニャクだな】

【ノールックでコア取れる】


「前は1日分の体力を吸われましたが今日はひと味違います」


【え?】

【こいつドレイン持ちだっけ?】


 俺はルミさんから教えてもらった初歩の強化魔法を両手に付与した。

 すると、橙色のオーラのようなものが腕がから滲み出る。


「そぉい!」


 コンニャクスライムはびくっ、と痙攣した後に霧散する。


【えっぐ】

【子どもの倒し方じゃねえ!】

【手差し込んでコアだけ抜き取るのはえぐい】

【これは素質を感じますねえ!】


「ふうっ! やりました」


 コアを右手で持ち、突き上げる。


「ちょっと疲れましたね。休憩するので少々画面暗くなります」


【体力なさ過ぎぃ】

【お子ちゃまだからしゃあない】

【可愛いから許したる】


 散々な言われようだがコメントが貰えるだけ良しとしよう。


 数分、小休憩を取り、配信を再開する。

 視聴者は13人。

 画面を落としている間に何故か増えていた。


「では、張り切って2体目いきますよお!」


【お、再開か】

【めっちゃ待った】

【カースドラゴン倒し終わっちゃった】

【ふぁっ】

【リスナーに化け物いて草】


「私から目を逸らさないでください。リスナーさんのコメントより私を見てくださいよ」


【急に拗ねるやん】

【かわよ】


 いいだろう。

 これから俺の本気を見せてやる。


【上層狩られすぎて空き部屋ばかりで草】

【訳あり賃貸と化したダンジョン】


「はあ、はあ、歩き疲れた……」


【汗も滴る】

【もう休め】

【なんかこう、グッとくるな……】

【初配信からニッチですねえ!】


 俺が膝に手をついてる時にこやつらは……。


 結局、ダンジョン内を歩くものの遭遇なし。

 配信は1時間と少しで終わってしまった。


「お、おつかれしゃ、さまでした……」


【おつ】

【おつん】

【おつかれしゃま~】




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