第4話「Listen to my heart beat」

『穂村くんは、憧れとして遠くで見ていたいんだよね。私が近付くのは、なんか違うかな……』


 四方田さんが言ったその言葉を、今になって思い起こす。自意識を改めて見た瞬間、その意味が何故か理解できた。

 青白い発光体は遠くで見る分には綺麗だが、近くに寄りたくはない。漏れ出した感情が誰かを傷つけてしまうから、貝のように口を閉じてしまえばいい。そうして生まれた自意識の形がこれなのだとしたら、納得する自分がいる。

 デーモン・コアは、僕自身だった。


「イロハ、僕にも見えるよ。自分がどう見られるかくらい自分でなんとかしないといけないのに、気づかない内にギリギリの状態にしてしまった。悪いのは他人の目じゃなくて、全部僕だ」


 イロハは黙ったまま、僕の眼をじっと見つめる。肩の上で浮遊する不定形の物質がフワフワと彼女の周囲を旋回し、何らかの形を取ろうとした。きっと、それがイロハの自意識なのだろう。

 光がさらに強くなる。金属蓋が徐々に閉まり始め、留めていた感情が徐々に漏れ始める。口をいて出てきたのは、イロハへの謝罪だった。


「ごめん。せっかくの楽しい外出が、こんなことになってしまって。僕のせいだわ、ごめん……! 馬鹿みたいに他人の目を気にして、向けられる感情を好意だと勘違いして、浮き足立って」

「……ホムホム」

「イロハと遊ぶの、すごい楽しいよ。もっと一緒にいたいよ! でも、自意識がこんなのだから、いつか傷つけてしまう。好きな人イロハだけは、どうしても傷つけたくないんだよ!!」


「……穂村ワタル!!!!」


 空気がビリビリと振動した。花火の音を掻き消すような轟音の叫びは、イロハの声だ。

 周囲を旋回していたイロハの自意識が、姿を変えていた。翼の生えたオレンジ色の拡声器トラメガが彼女の口元でホバリングし、僕の鼓膜に真っ直ぐに声を届ける。


「他の誰かじゃなくて、ウチを見ろバカ!!」


 臨界寸前の自意識に、楔が打ち込まれた音がした。それは心を閉ざそうとする僕を必死に押し留め、やがてデーモン・コアと拮抗し始める。


「全部見てるから知ってるよ。ホムホムが周りの期待に沿おうとしてることも。自分よりも他人がどう思うかを気にしすぎることも。全部知ってて、正直ダサいなって思う!」


 イロハは言葉を紡ぎ続ける。レーザー光線や射出されるワイヤーのように、それは真っ直ぐ僕の自意識に突き刺さっていく。


「それでも、それでも! そういう穂村ワタルが、ウチはどうしようもなく好きなの!! 自意識過剰なくせに小心者で、オタクで、服は全身真っ黒で、スイーツに対しての執着がすごい。そんなホムホムだから良いんだよ! なんでカッコつけんの? なんで、自分の感情に蓋をしてんの!?」


 イロハは、さっき見た映画の主人公に似ている。反射的にそう思った。彼女のぶつける好意がどうしようもなく眩しくて、ぼやける視界に残光を見た。


「好きだよ。ずっと好きだし、今もそう。“推し”じゃなくて、オタク友達でもなくて、それ以上の意味合いで! こんなに好きなのに、なんで全然伝わってないの!?」

「それは、僕の勘違いもあるかなって……」

「だからこうやって伝えてるんだよ! 『かわいい』って言われて嬉しかったし、今日のデートだって最高だった! だからさ、だからさぁ……独りよがりに解決しようとすんな!!!」


 イロハが僕の下に駆け寄り、力強く抱き留める。頭上のデーモン・コアが輝きを失うのさえ、もはやどうでもよかった。うっすらと涙を浮かべる彼女の瞳を見た瞬間に、僕の独りよがりな覚悟は簡単に霧散してしまう。


「勝手に行かないで。一緒にやりたいことが、まだたくさん残ってるから」

「……正直、これを自分でなんとかするのはめちゃくちゃ怖かったよ」

「ずっと言ってるじゃん。『ウチは気にしない』って!」


 僕たちの感情は境界を越えた。巨大な自意識が徐々に縮みながら別の形に姿を変えていくのさえ、僕が注目して確認することはない。ただ遠くで聞こえる花火の音だけが賑やかで、火薬の音は祝福の音色によく似ていた。


「……ホムホム。ここまで来たら、もう付き合おうよ」

「完全に流れじゃん。同じこと考えてたけど」

「あはは。じゃあ、改めて。末長くよろしくな、ホムホム!」

「……ずっと一緒にいよう、イロハ」


 頭上で大きく咲いた花火は、僕たちの感情を混ぜ合わせたような水色とオレンジだった。

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臨界エゴイド @fox_0829

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