第3話「Let's get togetter」

 デーモン・コアについて、僕もインターネットで見た断片的な情報しか知らない。核実験や放射能に関する実験の果ての産物で、扱い次第で重大な臨界事故が起きてしまう実験道具だ。人間の叡智と愚かさの象徴。それを弄ることそのものに重大な死亡事故が付きまとう。そんな物体が、僕の頭上に存在しているらしい。

 僕は慌ててスマホを開き、詳しい仕組みについて調べる。核物質を覆う金属蓋が限界まで近づくと臨界事故が起こり、チェレンコフ光と呼ばれる青白い光が漏れ出して、最悪死ぬ。イロハの説明から察するに蓋は完全に閉まっていないようで、人体に影響しない程度の光が漏れた結果が僕の発光なのだろう。


「ボムボムが周りを気にするたびに、ちょっとずつ閉まってきてるね。感情の動きと連動してる?」

「いま爆弾ボム爆弾ボムって言った?」


 多分これは爆弾ではない、というツッコミをする余裕はなかった。自意識の鎧に金属の触感がある事から察するに、この“悪魔の物質”にも実体がある。自意識が他人にバレる分には自分が恥ずかしいだけで済むが、それが実害を伴うと話は別だ。とにかく、イロハを巻き込むわけにはいかない。


「ごめん、僕やっぱ帰……」

「あっ、パフェきたよ!」


 無慈悲だ。この状況で中座してイロハを一人にさせると思うと、それが起きた瞬間に蓋が閉じかねない。ここは一旦食べ終えてから彼女に事情を説明しよう。


「……いただきます」

「待って! 先に写真撮るね」


 物撮りと、「記念に」と撮られた僕を写した写真。力のないピースサインが虚しい。

 緊張から舌に入る甘味すらも感じない状態で、僕はなるべく周囲の目を気にしないようにパフェを口に運ぶ。ドントウォーリー、ビークール。動揺していることすら受け入れろ。意識していることすら意識するな。

 なるべく無表情でいようとする僕を見かねたのか、イロハは僕の顔を心配そうに覗き込む。


「大丈夫だよ。蓋はまだ全然閉まってないから、気にすることない!」

「これから閉じるかもしれないのが怖いんだよ。イロハも巻き込みたくないし……」

「ウチは今更気にしないよ。そうやって考え続けてもイメージが固執していくだけだよ?」

「でも、流石にデーモンコアは危険だって!」


 数秒の沈黙。最初に口を開いたのは、イロハだった。


「じゃあ、もっと遊ぼうよ! 他人の目とか気にならないくらいホムホムがやりたいことをやれば、自意識の形も変わるはずだよ」

「……それは流石に悪いって。今日はイロハに付き合ってるんだし」

「言ったじゃん、〈ホムホムのためのデート〉って! 帰りの電車まで、まだまだ時間残ってるからね。どこ行く? カラオケ? ゲーセン?」


 慰めてくれているのなら申し訳ないと思いながら、考える余裕のない僕の頭が出力した選択肢はひとつだ。


「花火、観に行かない?」

「……マジで? 最高じゃん」


    *    *    *


 地元の花火大会は比較的小規模で、デート目的で向かうには少し物足りない場所だ。聞いた話によれば、最近の校内カップルは隣の市の夏祭りで浴衣デートをするらしい。

 映画とコラボカフェの帰り道。僕たちは最寄り駅の手前で降りて、コンビニで買ったありったけのお菓子を片手に河川敷に向かう。憧れの浴衣デートとは程遠いが、これはこれで楽しさがある。


「ここ、結構穴場だから。人も少ないし、花火も綺麗に見れるはずだよ」

「本当だ、全然人いない! さては、他の女と来たことあるな……?」

「来てない来てない。仮に来てたとしても、イロハがダメージ喰らうことでもないだろ」


 この場所を選んだのは、『人が少ないから』に尽きる。花火大会の人混みが嫌なのはもちろんだが、頭上を浮遊するデーモンコアが臨界した瞬間に周りに悪影響をもたらさないためのリスクヘッジでもある。最後の手段として僕だけ川に飛び込めば、イロハが傷つくこともないだろう。


「ホムホム、後ろ姿撮っていい?」

「なんで!? 構わないけど、顔じゃなくていいんだ?」

「それはみんな撮ってるじゃん!」


 シャッター音が響く。イロハは満足げに笑うと、その写真を僕にさえ送らなかった。


「大事にしたいもの、結構あるんだよ。誰かにアピールしないと過ぎていく日常とか、留めていないと流れてしまう時間とか、他の人が知らないチャームポイントとかね。だから、これでいいの」


 言葉の意味を問おうとする僕を、空に咲く大輪が遮る。無邪気な歓声が夕暮れに溶けて、僕たちは呆然と花火を眺めた。

 水面に反射するカラフルな残影がやがて消えていき、次の花火が打ち上がる。それを見つめていた僕の手に、イロハの指が重なる。それが当然かと思うほど自然に、僕たちは手を繋いだ。


「ホムホム、あのさ……」


 視界が明滅する。数度瞬きをすれば、視線の先に飛び込むのは浮遊する金属半球だ。青白い火花を散らしながら、その蓋はほとんど閉じかけていた。


「……イロハ、見えたわ。僕の厄介な自意識が、嫌になるほど鮮明に」

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