第2話「Welcome to my heart」
日曜の11時、茹だるほどの快晴。改札口を抜けた待ち合わせ場所に15分早く着いてしまった僕は、テナントの窓ガラス越しに映る自分のコーディネートに違和感がないかを何度も確認する。
女子と並んで歩いても違和感がない感じの無難な服を見繕った結果、全身真っ黒の組み合わせになってしまった。炎天下に、よりによって日光を吸収しやすい色だ。屋内である映画館とカフェは空調が効いているから問題ないかもしれないが、あまりにも黒すぎて周りの人から黒子だと思われないだろうか? もしくは動く影だと捉えられる可能性もある。いいのか?
周りを見渡せば、改札口からこちらに向かってくる1人が、僕に気付いてゆらゆらと手を振っている。学校での印象とは違うが、きっとイロハだ。
「さすがホムホム。ウチより早いと思わなかったよ! どれだけ映画楽しみにしてたの?」
「いや、イロハと遊ぶの初めてだし、遅刻するのもアレかなって……」
「つまり、ウチとのデートを楽しみにしてたってことでいい?」
「はいはい、それでいいよ」
イロハは僕の前に駆け寄ると、全身をくまなく見せるかのようにくるりと一回転する。デニムキャップの後ろから伸びるポニーテールは、普段のセミロングとは違うカジュアルな印象だ。Tシャツとワイドパンツの組み合わせは涼やかで、白いスニーカーまで含めて完成された印象を受ける。
「どうかな……?」
「普段と印象違って見えるね。めっちゃ似合ってる」
「……つまり?」
「かわいいと思うよ、イロハ」
「ふふふ、よくできました!」
イロハは満足げな表情で笑う。こちらに向けて小さくピースサインを作ると、改めて僕の格好を眺めた。その視線が頭から首、胸まで降りた瞬間、彼女は堪えきれずに噴き出す。
「なに!? そんなに変かな……?」
「いや、違くて……今日は
鎧?
僕の怪訝な表情に何らかの察しが付いたのか、彼女は持っていたスマホで僕の全身を撮影する。「せめて許可を」と言おうとした瞬間、彼女は画面を見て納得したかのように口を開いた。
「なるほど、本当はそういう格好か。ホムホムのことはいつも観察してるけど、今回は特に頑強だね」
「何の話……?」
「触ってみて、身体」
「……は!?」
当惑する僕をみて笑いながら、イロハは「自分の身体ね」と付け足す。言われた通り自分の身体を掌でなぞれば、奇妙な違和感があった。
冷たくなく熱くもない金属の感触を、服の上から感じる。確かに鎧のような何かが存在しているのに、鏡にもスマホのカメラにも映らないのだ。他の人が僕を見て何の違和感も抱いていないなら、これはイロハにしか見えないが存在しているものなのだろう。
「見えるんだよね、他人の自意識」
「……自意識?」
例えば、と彼女は目の前を横切った男性を指差す。彼女が言うには、その人の肩の上にはインコのような鳥が止まっているのだという。
「本質的に目立ちたがり屋だけど、口下手なところがあるように見えるね。鳥の形の自意識の中でも、結構派手な方かも」
「占いみたいだな、なんか」
「そうかもね。自意識の形は、その人の心境によって変わったりするんだよ」
イロハは再度僕の方を向き、鎧のような自意識が別の形になったことを僕に報告する。今は青白く光っている不定形だから気にすることはない、そう彼女は言った。
「それにしても、鎧かぁ。なんかホムホムらしいわ」
「これ、僕が学校にいる時も見えてたってことだよね? どんな形してた?」
「聞きたい? えっとね、とにかくデカくて……」
「……ごめん、それ以上言わないで。気を取り直して映画行こう」
『自意識が見える』こと自体は荒唐無稽だが、彼女の分析は的を射ている。おそらく、普段の防衛反応が鎧の形を取ったのだろう。そう信じざるを得ないほど、彼女の指摘には納得感があった。
* * *
「ごめん。星セラのこと、ナメてた。もっと早く観ておけばよかった……!!」
「だよねだよね!? その感想が聞きたくてホムホムを誘ったのよ!!」
映画終わりのコラボカフェ。パンフレットと劇場で買ったグッズを片手に、僕たちは席に座った。人気コンテンツであるためか、客足はそれなりに多い。そのほとんどが女性客であることに若干の居心地悪さを覚えつつも、語りたい欲は抑えきれない。キャラの等身大看板を眺めながら、僕たちの感想会は始まった。
「主人公のセラフなんだけど、最初の印象以上に“愚直な主人公”であることに意味がある。というか、他のキャラが互いの目的のために大事なことを言わない中、セラフだけは真っ直ぐにコミュニケーションを取ろうとするんだよね。そこが最後の展開に繋がってくる辺りとか、すごい好き……」
「めっちゃわかる。ライバルの中に緑髪のマクスウェルっていたじゃん? 映画では描かれてないんだけど、テレビ版の2人の絡みがめちゃくちゃ尊くてさぁ! セラマクは覇権とか言われてる理由が、マクスウェルに対するセラフの感情で……」
「映画の描写を観る限りだと、マクスウェルは自らの能力に自信を持てないまま戦いに赴いてて、セラフはそれが我慢できない感じ? なんやかんやで、かなり気に掛けてたよね」
「……ホムホムを誘ってよかった、マジで!!」
イロハは僕を拝むように一礼すると、同志を見つけた時のような力強い握手を求める。恭しく差し出される手を周囲の目を気にしながら取ると、彼女の手にはアクリルキーホルダーが握られていた。
「……セラフのデフォルメ絵?」
「これはまぁ、同志を見つけた握手とお近づきの印といいますか……良ければ一緒に沼に入ってほしいという思いがこもってるといいますか……」
「やり口が密輸なのよ」
イロハは主人公であるセラフの話をする時、いつにも増して饒舌だ。SNSでの呟きも、集めているグッズの並べかたも、映画やコラボカフェといった遠征行動も、彼女が伝える感情は常に真っ直ぐだ。そういう意味では、彼女の推しに似ているのかもしれない。
「イロハの“推し”への感情は、内に秘めないんだね」
「当然! 好きなものを大声で『好き!!』って言えるのが良い人生だと思うのよ。推しへの感情以外も我慢せずに好きを行動に移したいんだけど、それが伝わらないこともあるしね〜」
「イロハの熱量でも伝わらないことがあるんだ……」
「……そうね。ウチの伝え方が悪いんだろうなって、たまに思うよ。だから、もっと色々学んでいくべきなんだろうな」
イロハはカフェメニューを手に取ると、頼むものを決め始める。しっかりした重さのプレートランチを指差すと、僕にメニューを見せた。
「あたしはこれね。ホムホムは、何頼む?」
「うーん……。じゃあ、この〈頂点へ昇れ! スカイスクレイパフェ 〜摩天ローストミルクチョコ〜〉にしようかな」
「なるほど、正式名称で注文するタイプね!」
「ここで日和って『パフェください』って言う方が、恥ずかしがってるみたいでダサくない?」
言い切った瞬間、僕を見ていたイロハがさらに破顔する。
笑わせたのか、笑われているのか。少し気になるが、彼女の表情には驚きの色が混ざっていた。ということは、これは……。
「イロハ、僕の自意識どうなってる?」
「……めっちゃ青白く光ってる。自意識というかホムホム自身が」
「僕が青白く光ってる!?」
僕の頭上を浮いているらしい自意識の形を尋ねると、イロハは紙ナプキンに走り書きでシルエットを描く。半球が重なったような、もしくは球体の真ん中に切れ目があるような形状だ。この形と青白い光、嫌な予感しかしない。
「ヤバい……僕の自意識、デーモン・コアになってる……」
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