臨界エゴイド
狐
第1話「Heart Beat」
「……だからさー、好きと“推し”って何が違うの!?」
「おっ、また振られたのかい少年」
「あんまり同い年に使わないからな、それ」
7月の昼下がり、夏休み前の焦燥。高2にもなれば、花火大会での浴衣デートからの爽やかなアオハル的恋愛を期待する年頃だろう。
浮き足立つ男たちを制するように、僕は3組の
推し、便利な言葉だ。
「諦めなって、最初からそういう対象じゃなかったんだよ。ほら、応援したいけど付き合うのは違う、みたいな……」
「これ以上傷を抉らないで、今ふかーく傷ついてるから!」
「ホントに? 『
「うっさ……」
それはまぁ、多少はある。廊下を通りがかった女子が微かにこちらを見たのを確認し、僕は自然に溜め息を吐く。足取りが止まり、僕の方をじっと見つめている。
「おい八方美人。浅ましいぞー」
「ヤジるな。調子狂うから席に戻りなさいよ。あっ、エクレアは感謝。今度なんか奢るね」
「マジで? 実はさ……」
自分が“求められている”と気付いたのは、いつからだろうか。
実際、笑顔で過ごしていると好都合なことが多かった。よく笑い、素直なリアクションで接すると、周囲に集まる人の数が増えていく。気付けば、僕は人気者として扱われていた。
そうこうしているうちに、僕は“穂村ワタル”を演じるようになった。他人から求められるキャラクター像を
「……というわけで、一緒に行きません? 嫌なら1人で行くんだけど」
「ごめん、大事なとこだけ聞き逃したかも」
「ウチの話をちゃんと聞けよ! だからさ、気分転換だよ。今週末、星セラの映画とコラボカフェ!」
「……僕とイロハの2人で?」
「そうだよ。傷心のホムホムのために、ウチがデートしてあげようかなって!」
「入場者特典目当てでは?」
「…………バレたかー! そうだよ、悪いか! たまに話聞いてエクレアまで買ってるんだから、これくらいは付き合ってよ」
冗談めかして笑う彼女のカバンには、『星跨ぎのセラフ』のキャラがデフォルメされたアクリルキーホルダーが揺れている。これも“推し”なのだろうか。
「ミリしらでいいなら、行くよ。いつもお世話になってるし」
「よっしゃ! 初見勢の感想ゲット!」
「……そういう魂胆だろうと思ったよ」
イロハには、僕の処世術は通用しない。クラス替えで一緒になった3日後に僕が演じる穂村ワタルを刺し貫き、本質を暴こうとしてくる相手だ。今では悪友というか、オタク友達というか。そんな間柄なのは確かだろう。
それでも、学校の外で会うのは初めてかもしれない。しかも、二人で。満足げに席に戻っていく彼女の後ろ姿を眺めながら、僕は先ほどの会話を必死に思い起こす。
「……デート?」
いやいやいや、まさかまさか。イロハはただ自分の推し作品を布教したいだけだし、デート発言だって完全に冗談のトーンだ。ここでまた相手の感情を勘違いしたら、流石に笑えない。
僕は自分の焦りを笑い飛ばすように、エクレアを一口頬張る。少し甘すぎるかもしれない。
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