八組目 商人と奴隷 ※残酷描写アリ

※奴隷の過去に残酷な描写が含まれますのでご注意ください




 ひと目見ただけで金持ちだと分かる派手な衣装や黄金の指輪やイヤリングを身に纏う男。


 顔や体に大きな火傷があり銀色の義手と義足を付けたメイド服の女。


 対照的な男女が内装が何もかもピンク色に染め上げられた部屋の中に閉じ込めらていた。部屋には『セッ○スしないと出られない部屋』という文字が掲げられている。


「馬鹿げた噂だと思っていたが……どうやら本当だったらしい」

「……噂、ですか」

「ああ。物好きな魔族が男と女を拉致して自分が創った部屋に閉じ込め、性行為をさせるという噂だ。怪談の一種かと思っていたが……よほど酔狂な奴らしいな」

「……そうなのですか」


 男は若くしてやり手の商人であり女は商人がビジネス相手であった貴族が没落した際に持ち帰った奴隷である。


 没落した貴族は複数の奴隷を痛めつけ、辱める事を何よりも愛する鬼畜であった。彼女もその犠牲者の一人であり商人と初めて対面した時には既に手足が失われていた。


 商人はズタボロの彼女を持ち帰り新しく自分を主人とする契約を交わし数年の時が流れ今に至る。


(……噂では閉じ込められるのは……それこそ馬鹿げている。私が誰かを愛するわけがない。もう二度と愛などという不確かなものを抱いてなるものか)


 前提条件として想い合う男女が閉じ込められるという噂も聞いていたが商人はその事を口には出さなかった。自分が閉じ込められた時点でその噂が嘘であったと結論づけたからだ。商人は苦い過去の経験から愛や情というものを嫌悪していた。


「調べろ」

「はい。 ……この空間そのものが魔力で出来ていますね。いかなる攻撃も無効化する魔法が発動しています」


 商人が命じると奴隷は義手で壁に触れる。その義手は特別製であり触れたものを解析する事ができる特殊な技能が付いている。奴隷が義手の解析結果を報告すると商人は少し考え込んだ後、


「そうか」

「どうされますか」


「命令だ。 ────抱かせろ」


 何の感情も伴う事なく無慈悲な命令を奴隷にくだした。奴隷は一瞬目を丸くしたものの直ぐに無表情になる。


「はい。かしこまりました」


 奴隷もまた何の感情も伴う事なくそれを了承する。二人はベッドの上へと横たわり愛を語らう事も無く交わるのだった。




 ◇◇◇




(……ここのところ忙しかったからやはりお疲れだったようですね。よく眠っていらっしゃる)


 抱き合った後、先に起きた奴隷が商人を起こさないように気をつけながらその顔を眺めていた。多忙な上休む事を嫌う商人の目にはうっすらと隈が出来ており小さいながらも寝息が聞こえる。


(……抱かれて苦痛でなかったのは初めてでした)


 前の主人であった貴族とはろくに準備もしてもらえないまま犯される事が殆どだった。余興に同じ立場の奴隷と目の前でシろと強要したり自分が拷問で顔を爛れさせたくせに見苦しい、その顔を見ると萎えると袋を被せられた事もあった。


 最初の頃は悲しみも憎しみも持ち合わせていたがそれも長年の苦痛で麻痺し受け流せるようになった奴隷であったが商人に初めて抱かれて初めて知ったのだ。


『アレには何をされた? 話せ。今から私が上書きする』


『待て。何故ベッドから降りようとする。 ……何? 一度抱けばそれで終わりなのではだと? 何故お前が私の命令の定義を決める』


『何故泣く。ちゃんと準備したはずだが痛いのか? 違う? ……また余計な事を思い出したのか。今は私の事だけを考えていろ。お前は私の奴隷だろう』


『何故距離を取る。 ……義手や義足が当たると冷たいからだと? くだらん。私の腕を枕にしたまま寝ていろ。起きたら部屋から出るからな』


 愛する人に愛されるという事がとても幸福であることを。


(愛しています。貴方はそれを拒絶するでしょうが)


 奴隷は商人の過去を知っている。酒を飲んで酔った商人が戯れに話してくれたからだ。


 商人は元は裕福な家庭であり心から愛した婚約者と幼馴染みの親友がいた。幸せで穏やかな日常を送っていた商人だがある日から全てが狂った。


 愛した婚約者と信頼していた親友が駆け落ちしてしまったのだ。一度に大事な物を二つ失った商人は怒り、嘆き、苦しんだ。それでも彼には優しい両親がいた。両親が共にいてくれるなら……そう縋る男を世界は許さなかった。


 ──商人の希望は流行り病というどうしようもないもので刈り取られてしまったのだ。


 婚約者と親友の裏切りから悪い事が立て続けに起こりついには奴隷にまで身を落とした男は泥水を啜りながら自分を買い取った商人に取り入り最終的に同じ商人として大成した。


 良心や良識を代償にな、と過去の事を話し終えた後の商人の全てを諦めたような皮肉交じりの笑い声を彼の腕の中で思い出す。不幸だった、間が悪かったという一言では表せない商人のこれまでに奴隷は胸を痛めていた。


(私と契約した時貴方は言いましたね。決して私を裏切るなと。もし契約書が消えてしまったとしても私は貴方を裏切りません。 ……と言っても信じてもらえないのでしょうが)


 奴隷は手を伸ばし商人の頭を撫でる。すると凝り固まっていた眉間の皺が少しだけ和らいだ気がした。心を許してくれているようだと嬉しくなり何度か頭を撫でていると金色の瞳が奴隷を映す。


「……起きていたのか」

「はい」

「……何のつもりだ?」


 頭を撫でられていた事に気づいた商人は奴隷をジロリと睨む。奴隷はその鋭い視線に揺らぐことなく撫でていた手を離した。


「御髪にゴミがついていましたので」

「……そうか。 そろそろ出るぞ。商談もある」

「はい。 ……最後に一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

「問いによる」

「……なぜ御主人様は私を拾ってくださったのですか」


 ずっと疑問ではあったものの聞くことを躊躇っていた奴隷の問いに商人の服を着ていた手が止まる。そのまま商人の答えを待っていると商人は振り返り奴隷の顔を覗き込んだ。


「瞳だ」

「瞳……」

「あの時のお前は酷いものだった。体の至るところは爛れ自分自身で立つどころか這うこともままならない。『処分』してやった方が楽になるではないかと思うくらいだった。だが……お前の瞳は絶望で濁っていながらも生きることを諦めていなかった。だから興味が湧いた」


 商人の言葉に奴隷は初めて出会った時指で顎を固定され瞳を覗かれていた事を思い出す。あの時は死にたいと願いながらも生きることを諦められていなかった。その生き汚さを認めてもらえていたのだと知り奴隷の瞳は煌めいた。


「そうだ。その瞳だ。お前が立って歩き生きる姿が見てみたかった。そのあとは……ただの気まぐれだ」


 答えはそれでいいなと商人は着替えを再開する。奴隷はそんな商人の背を眺めながら自身も着替え始めた。


 その後商人と奴隷は何事もなかったかのように部屋から出ていくのであった。




   ◇◇◇




 その様子を一部始終見ていた黒幕である淫魔キブリーと水晶玉はしんみりと黙り込んでいた。


『……』

「あれ、不満そうだね水晶玉クン」

『以前のように心を読み取らせればもう少し関係が改善したのでは?』

「いや、それは悪手だよ。あれは……支配することでしか生きられない男と支配されることでしか生きられない女だから。相手が自分を想っていたと知ってもそれを信じきれない。主人と奴隷という絶対の契約が彼らの絆なんだよ」

『……では閉じ込めた意味はなかったのでしょうか』

「意味がないってことはないかな。内心二人共喜んでいたからね。商人クンは自分が喜んでいることすら気づいてないフリをしていたけど」

『あの二人はずっとこのままなのでしょうか』

「互いに人間の悪意に傷つけられてきたからね。そう簡単に生き方は変わらないさ。ただ……二人で生きていればもしかしたら支配や契約なんてしなくても大丈夫だと思える日が来るかもしれない」

『……』

「あれ、黙まりこんじゃってどうかした?」

『今回はなんだか真面目というか……いつもの気持ち悪い話し方ではないのだなと』

「ちょっと!?いつも気持ち悪い話し方と思っていたのですかな!?!?」 


 容赦ない水晶玉の一言によりシリアスな空気が一転して和やかムードになる二人(?)なのであった。

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