七組目 人狼と治癒師

「今回も違ったな……」

「そうですね……」


 小柄で長い髪を三編みで束ねた女性と大柄で狼の耳と尻尾がついた青年が高名な魔法使いの家からとぼとぼと出てくる。


 男はとある魔女に呪いをかけられており人狼……所謂狼男にされていた。呪われた理由は魔女に迫られたのを拒否したところ「私のものにならないのなら獣になるといい」という理不尽なものだった。「私に縋り、下僕になるというのなら治してあげる」とも言われていたが人狼はあんな女のために一生を捧げるなんて御免だとその魔女の家から逃げてきたのだ。


 幸か不幸か中途半端な呪いで見た目はほぼヒトに近い。牙や爪がヒトより鋭く、耳と尻尾があり身体能力が優れてはいるが本来の人狼に比べると劣っている。


 人のようで人でなく、狼男のようで狼男でない。そのくせ人は彼を狼男と呼び狼男は彼を人と呼ぶ。どちらにもなれぬ半端な生き物。それが彼の他者からの認識であった。


 ……ただ一人を除いて。


「でも他の魔法使いさんを紹介していただけましたし決して無駄骨ではありませんよ。 次の目的地に向かいましょう!」


 内心落ち込んでいた人狼を励ますように三編みの女性は微笑みを向ける。その女性は治癒魔法を専門とする術師であり人狼が以前人に追われ負傷し倒れていた時に怪我を治療してくれた命の恩人である。


 それに加え人狼の事情を聞いてそれなら私の知り合いに治せる方がいるかもと呪いを解く方法を探す手伝いをしてくれているのだ。


 結局知り合いに治せる者は居なかったが乗りかかった船ですよ、とそのまま宛のない旅に同行してくれている。


(……今日も愛らしいな)


 人間の姿から今の姿になった時、故郷の人間さえもある者は石を投げ、ある者は化け物と離れていった。


 狼男の集落を訪ねた事もあったがそこでも同様に受け入れられず彼は人生そのものに諦めそうになったところを治癒師に救われた。


 自分の容貌に畏怖せず、あるがまま受け入れてくれる陽だまりのような存在。そんな治癒師と共に旅をするうちに人狼は治癒師に心惹かれていった。


(嫌われてはいない……はずだ。彼女からは確かな好意を感じる。しかしそれがオレと同じ感情なのかは……それにオレは……)


 治癒師と明確に異なる部分である獣耳に触れる度ヒトとは違う造りなのだと実感し素直に気持ちを打ち明ける事が出来ずにいた。無言で自分の隣でぴょこぴょこと三編みを揺らしながら歩く治癒師を見つめていたところ、ポツリと冷たい水滴が髪に落ちたかと思うとザアザアと土砂降りの雨が降り出した。


「わっ!?雨!?」

「……すまん、考え事をして天気を読み損ねた。一旦近くの木に雨宿りをしよう」

「は、はいっ」


 訪ねた魔法使いは人里離れた森の奥深くに住んでおり間が悪い事に現在地は丁度折り返し地点辺りであった。魔法使いの家に引き返しても人里に駆け出してもずぶ濡れになる事は明らかであったため二人は近くの大樹に雨宿りしようとすると。


「え?」

「危ない!」


 突如謎の光に包まれ人狼が守るように治癒師を抱きしめる。その瞬間、森から二人の姿は消えた。




 ◇◇◇




「ここは一体…………」

「な、何ですかこのピンクのお部屋……」


 二人は抱き合ったままポカンと周辺を見渡す。そこには人が十分暮らしていけるであろう広さの部屋があり家具も壁もピンク色という異常な空間であった。しかも部屋の目立つところにデカデカと『セッ○スしないと出られない部屋』という文字が掲げられていた。


「へぁ!? セッ…………ななななっ!?」

「何をふざけた事を……………っ……!?」


 二人は直球過ぎる文面に顔を見合わせると予想以上に互いの距離が近いことに気が付き慌てて離れた。


「す、すまん。咄嗟に庇おうと思って」

「い、いえ。私もしがみついちゃってごめんなさい……」


 互いに謝り合い照れから互いの頬は赤く染まっていたが顔を逸していたためそれを相手が見る事は無い。気まずい沈黙の中治癒師が誤魔化すように口を開く。


「ど、どうしましょうね。この部屋、出口が見当たらないですよ」

「そうだな。それにこの壁……強力な魔力で練り上げられている。オレの拳でも壊すことは困難だ」

「ええっ。じゃ、じゃあ…………」


 治癒師は優れた回復魔法を持つ一方で攻撃力は皆無であり戦闘は人狼が担っていたため人狼でも壊せないとなると打つ手がない。どうしようと思った矢先に『セッ○スしないと出られない部屋』という文字が視界に入る。


(え、えっちをしないと出られないって事で!?)


 一瞬自分と人狼が睦み合う姿を妄想してしまい治癒師の顔全体が火照る。そういった妄想をしてしまったというのもあるがそれ以前にその妄想自体を好ましいと思ってしまった自分自身に動揺していた。


「えっと、えっと私…………くしゅんっ」


 黙っていたら変に思われる、と治癒師が何か言おうともごもごしているとぞわりと寒気がしてくしゃみが出る。


「そういえば雨で濡れていたな。……この部屋の事は置いといて風呂に入った方がいい。ちょうど備え付けにあるみたいだしな」

「そうですね……あの、私が先に入っちゃっていいんでしょうか……」

「当たり前だ。オレは人よりは体が丈夫だからな。早く体を温めろ。風邪を引くぞ」

「はい……お言葉に甘えますね」


 治癒師は何度も人狼に頭を下げた後風呂場に向かった。パタンとドアの閉まる音がしたのを確認した後、人狼は立ったまま備え付けのタオルで髪を拭きながらその場を右回りに旋回し始めた。


(どどどどどうすれば!?!?!?)


 出口のない部屋。ピンクの色。ハート型のベッド。そして『セッ○スしないと出られない部屋』という文字。どう解釈してもいかがわしい事をしなければ出られないという事実が突きつけられ人狼の尻尾はブンブンと激しく揺れていた。


(するのか!? しちゃうのか!? そもそも出来るのか!?)


 人狼は動揺しながら自分と治癒師の体格を考える。人狼は男からしても身長は高く逞しい体つきをしておりそれに対し治癒師は成人女性としては背が低くその割には発育のよい部位を除き全体的に華奢であった。


 先程抱き締めた時も少し力を込めたら折れてしまうのではないかと思ってしまうほどでもし自分が抱こうものなら壊してしまうのではないか、と恐怖していたところ、


「きゃあ!?」


(悲鳴!? ……しまった! こんなよく分からない場所で一人にさせるべきじゃなかった……!!)


 治癒師の悲鳴が風呂場から聞こえ一気に熱が覚める。人狼は急いで治癒師の安否を確認するため風呂場に駆け込む。すると。


「無事か!?」

「へっ?」


 一糸纏わぬ治癒師がシャワーの温度を調節するハンドルを捻っている姿が視界に映った。三編みが解かれ緩いウェーブがかった髪。透き通るような白い肌。細くしなやかな肢体。それと相反する豊かな胸部にくびれ、臀部や鼠径部。視界に映る、己を猛らせる全てに思考が停止する。


「………え……あ……み、見ないでぇっ!!」


 突然の乱入者に呆然としていた治癒師だが人狼の視線が自分の裸の体に向かっているのに気づいた瞬間、羞恥で震えた後慌ててしゃがみ込む。


「すすす、すまんっ!!」


 治癒師の別の悲鳴に我に返った人狼は謝りながら入ってきた時と同様に慌てて風呂場から出ていくのであった。




 ◇◇◇




「あ、そ、そのっ……さっきシャワー浴びようと思ったらお湯じゃなくて水で……驚いて変な声を出してしまったんです…………」


 風呂場乱入後自己嫌悪で床に倒れ伏す人狼に風呂から出てきた治癒師が声を掛けた。しかし裸を見てしまった手前目を合わせられない人狼は床に這い蹲ったままであった。


「オレの方こそすまない……てっきり何かあったのかと思って駆け出していた」

「はい……分かってます……」

「……だが」

「さっきのは事故みたいなものですよ。だから顔を上げてください」

「……ああ…………っ!?」


 治癒師の言うとおり顔を上げるとそこには治癒師が当然いたのだがその格好が問題だった。バスタオルを一枚巻いただけの姿だったのである。


 風呂で温まったのかほんのり桃色に色づいた素肌。かろうじて隠れているものの隠しきれていない肉感的な胸部は谷間がくっきりと見えておりタオルの丈も膝上で太ももが見えてしまっていた。先程タオルの下を見てしまっている人狼には目その姿は劇薬でありやっと落ち着いた心を搔き乱すものであった。


「あ……すみません。服がびしょ濡れだったので乾かしているところでして。換えの服もないので……お見苦しいですが……」 

「………そうか」


 と、平静を装うが人狼の脳内と理性はフル稼働している。普段はクールガイな人狼だが性欲は人並み……どころか呪いの影響で獣が混ざっているせいか強くなっており本能に全力で抗っているのだ。しかしそんな事を治癒師が知るはずもないため何かに耐えるように俯く人狼を見て更に近づく。


「顔が赤いですけど大丈夫ですか? まさか風邪を引いてしまわれたのでは……」

「違う。 だから今はあまり……近づかないでくれ……襲いそうになる……」

「え? 呪いが悪化してしまったのですか!?」

「いやそれは関係ない……というかそれ以前にタオル一枚の女性が目の前にいたら男としては落ち着かないのは至極当然だと思うが」

「あ、そういう…………ええっ……!?」

「何故驚く」

「いやその、いつも紳士的でしたのでそういった事に結びつかなかったといいますか」


 性欲なんてあったのかと言わんばかりの驚きぶりに人狼も少しカチンときた。自分にとってどれほど目の前の女性が感情を揺さぶる存在であるのか分かっていない事に腹が立ったのだ。自分勝手な考えである事を自覚しながらも人狼は逸していた視線を治癒師に向ける。


「……こんな状況下で言うのは卑怯だとは思うが言わせてほしい」

「は、はい。何でしょう」

「オレはずっと前から君に惹かれている」

「えっ」

「だから物凄く興奮している」

「ええええ!?」

「もっと明け透けに言えば今すぐ組み伏せて抱きたい。むちゃくちゃにしたい」

「なななな何言ってるんですか!? ってわあ!?」


 人狼の大胆すぎるカミングアウトに赤面しながら後ずさる治癒師の腕を掴みそのままベッドへと押し倒した。そのまま覆いかぶさるとひょわぁと謎の悲鳴が下から発せられる。


「……む、むちゃくちゃにされちゃうんですか……?」


 ぷるぷると小動物のように震えながら上目遣いで見上げるその仕草は欲を煽るものであった。


「……」


 やばい、やりすぎた。だがもう抑えが効かない。人狼の中で欲と理性が戦いどうすべきか悩んでいるとそれを肯定と受け取ったのか治癒師は更に真っ赤になったあと何故か抱きついてきた。タオル一枚の、ダイレクトな柔らかさが伝わり人狼は硬直する。


「わわわわ私も好きです!貴方のことが!」

「は…?」

「し、実は一目惚れでして! 一緒にいたかったので知り合いの宛が外れた後も遠慮する貴方を言いくるめて同行したんです! そんな頼る人がいない弱みに付け込んでいる我欲に塗れた自分が好かれるはずない、ならせめて傍にいるだけでもと……諦めていたんですが……」

「……そう、だったのか」

「はい……なので私も惹かれてますしこの状態にこ、ここ興奮してますしむちゃくちゃにされたいです……!!」

「……っ……駄目だろう、それは………」


 合意でなかったからこそ耐えていた枷を豪快に外され人狼は壊れないように気をつけながら優しく抱きしめ返す。そのまま唇を重ねると何もかも救われた気がした。


「あ……でも………一つだけ気になる事がありまして……」

「何だ」

「そ、そのっ、ものすごくプライベートなことで失礼なことだと思うんですけどっ」

「……?」

「……せせせ性器に棘があったりするんでしょうか!?!?」

「ゴホッ!?」


 言葉の通りプライベートな話題に人狼は思わず噎せる。確かにこれから行う事を考えればその疑問は最もだが今この雰囲気で訊ねられるのは予想外だった。


「ああああごめんなさいこんなこと聞かれるの嫌ですよねでも受け止める側としては気になると言いますか決して悪意があるわけでは……!!」

「わ、分かった。分かったから落ち着け。 ……棘はない。ネコ科にはあるらしいが狼はイヌの仲間だからな。それにどちらかというとヒト寄りのオレは普通の人間のと変わらない」

「そ、そうなんですか。 ……違うところ……」


 違うところと言われ治癒師は思わず股関辺りをチラリと見てしまう。もっともまだズボンを履いているのと治癒師自体に男性経験がないため比較しようもないのだが。


「あとは…………呪いにかけられてから性行為はしてなくてだな……もしかしたら想定外の事があるかもしれない。それにオレは……満月の時や興奮すると今みたいな半端な姿ではなく狼男になってしまうだろう? だからもしかしたら……」

「なるほど……で、でも私、あのおおかみさんの姿もモフモフしてて大好きです」

「……本当に獣になりそうだからあまり煽らないでくれ」

「今のも煽ったことになるんです!?」


 そんなわちゃわちゃとした会話の後、二人はなんだかんだ睦み合いクタクタになった治癒師をツヤツヤした人狼がお姫様抱っこで運び部屋から脱出したのであった。




   ◇◇◇




「あまぁいいいい!!!!!!!! 1億点!!!!!!!!」


 一部始終を見守っていた諸悪の根源たる淫魔キブリーは満たされたことによる満足感で倒れ伏していた。


「何のお膳立てもしてないのにラッキースケベ起こしてるよあの子達!!!!! いいよね両片想いのラッキースケベ!!!!性欲と相手への想いに揺れる感じが!!!!!」

『テンション高いですね』

「高くもなるよあんなの! ああ〜浄化されるんじゃ〜」

『むしろ穢れているような』


 冷ややかな水晶玉の言葉をキブリーは軽くスルーし人狼と治癒師に感謝の意を込めて両手を合わす。


「いやー、途中興奮しすぎてほぼモノホン状態の人狼に変化した時はどうなるかと思ったけど無事で良かった良かった。御馳走様です」

『……貴方様はケモノと人の情事もイケたのですね』

「愛があればその辺別に気にしませんぞ」

『……なるほど』


 主の許容範囲の広さに感心しつつもちょっと引く水晶玉なのであった。

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