第38話 見るべきものは神様ではなくて、俺様の勇姿だろうに!

〈勇者マサムネ〉こと、東堂正宗とうどうまさむねは、自分ならではの個性能力ユニーク・スキルを発動させようとして、敵味方の現状把握に務めた。


 しばらくぶりに足許の下、地面を見ると、ヤバイ状況になっていた。

 何十体もの蝙蝠男どもが落下したところでモノともせず、大トカゲにまたがった竜顔の騎兵団が、人間パーティーに向けて殺到していた。


 人間パーティーの存続は、風前の灯と言えた。

 魔族軍による槍や刀剣、弓矢の攻撃を、何度か弾いてきたのだろう。

 防護障壁バリアーの色は、かなり薄くなっていた。


 それでも、両目を見開いて戦況を視認し、俺、勇者マサムネは不思議に思った。


(おかしいな。

 あんな貧相な装備と戦力なのに、聖女様御一行はどうして全滅してないんだ?

 魔族ってのは、人間の肉体能力を遥(はる)かに超えてるって聞いたが……。

 そんな魔族が相手で、しかも何倍もの兵力差があるってのに、よく今まで攻撃を凌(しの)げたものだーー)


 本来なら、護衛対象が生き残っているのを素直に喜ぶべきだろうが、いかんせん俺にとっては、湧き起こる疑念の方が優先される。


 改めて敵の魔族軍の陣容を上空から眺め下ろしてみれば、すでに十騎ほどの集団が一定の攻撃をし終わって撤収し、入れ替わるように新たな十騎が突出する準備に入っていた。

 今、聖女様御一行を攻めている竜騎兵団は総勢百騎ほどだから、こうした十騎単位の突撃を今まで何度も行ってきたのだろう。


 だが、全体の中の十分の一ほどの手勢だけで攻撃するだけとは、随分とゆるい攻撃体制だ。

 十分の九の騎士団が、待機状態なのだ。

 次に攻撃する一団を除けば、やることがない。

 現に、竜騎兵団の連中はゆとりをかましていた。


 兵力は一点に集中すべきなのに、実質は十分の一の騎兵力で攻撃しているに等しかった。

 ひょっとして、ことさらに隙を見せて、人間側が攻勢に出ることを誘っていたのかもしれない。


 障壁バリアーを張っている限り、反撃はできない。

 だから、人間側が攻勢に出ようとすれば、障壁魔法をいったんみずから外すしかない。


 その瞬間に、竜騎兵団は一斉突撃を仕掛けようというハラだったのだろう。


 ーーそこまで考えて、俺は空中で眉根をつりあげた。


(そうだよな。魔族側の気分もわかるな、うん。

 せっかくそれなりの数を揃えた騎兵団でやって来たのに、相手が歩行の人間集団ーーそれも自軍の十分の一以下では張り合いがなさすぎる。

 せめて騎馬で軽く遊んでから、改めて蹂躙じゅうりんしたいって気分にもなるってもんだろうな……)


 案の定、竜騎兵団は、一塊ひとかたまりになり始めていた。

 そろそろ蹂躙する頃合いってわけだ。


 聖女様御一行が張る障壁が、微弱になってきていた。

 本来、障壁魔法によって形成された結界は桃色に光るものだが、もはやほとんど無色透明に成り果てている。


 聖女様を取り囲む人々の表情は強張って蒼褪あおざめ、まさに絶望して死を待つだけの状態となっていた。

 血の気が退き、なかには泣きわめく者や、失神寸前の者がいた。

 白鎧の騎士は口を大きく開けて、長剣を正面に構えた姿勢を取っているし、聖女様もすべてを諦めたのか、瞳を天空に向けてぶつぶつとなにかを呟いている様子だ。おそらくお祈りを捧げているのだろう。


 なんだよ。人間軍。

 もっと俺様を信頼しろよ。

 俺様の存在を忘れたのかよ。

 君たちにとっての救い主なんだから。

 宙に浮いている身だから仕方ないが、ここに地面があれば、文字通り地団駄を踏むレベルで苛立いらだった。


(おいおい! 聖女様も、せっかく天空に目を向けてるんなら、見るべきものは神様ではなくて、俺様の勇姿だろうに!)


 敵の魔族兵団が、一丸となって総攻撃をしかけようと準備している。

 この瞬間ーーこれは、まさに俺にとって、自分の能力の性能実験をするのに最適の好機タイミングだといえた。


 俺は空中にあったまま、両手で剣をかかげて念じた。

 剣先に魔力が宿るように。

 心臓のあたりから熱い力が込み上げてきて、両腕を通り、剣の先端へと集中していく。


(よし!)


 俺は瞑目めいもくした状態から、カッと両眼を見開いて、剣を振り下ろした。


「〈雷炎〉連続発射ッ!」


 そう意識した途端、


 ドドドドド……!!


 と激しい爆音がとどろいた。


 雷撃と火炎が同時に、しかも何発も連続して炸裂したのだ。

 俺が勇者でなければ、鼓膜が破れていたところである。


 魔法を使った感触としては、まさに〈雷撃〉と〈火炎〉を同時に発射した感じだった。


 俺が狙うは、彼のはる足許あしもとの地上で集まりつつあった竜騎兵団ーー。


 轟音ごうおんとともに、火花が四方に飛び散り、視界が白煙でさえぎられた。


 風に吹かれて煙が消え去り、地面が見えるようになると、戦果は明らかとなった。


 眼下に拡がっていたのは、もはや岩が散在する荒れ地ではなかった。


 真っ黒に焼け焦げた平坦地だけだった。

 いく筋にも割れた地表から、黒い煙がもうもうと湧き上がっている。

 鼻と目に強い刺激が襲う。

 百騎はいた龍騎兵団は、文字通りの消し炭となって、形すら残っていなかったのである。


 地面をさらうように、乾いた風がむなしく吹きすさぶばかりであった。

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