第39話 今まで気づかなかったが、俺様は勇者ではなく、神様だったらしい

 そのとき、勇者マサムネは、魔族に天誅を喰らわす神だった。


 おそらく、彼ら竜騎兵団はマサムネが天空から攻撃してきたと気づきもしなかったであろう。

 突然、轟音が鳴り響いたかと思うと、あっという間に百騎の竜騎兵団が崩壊した!

 ーーそうとしか認識できなかったに違いない。

 あたかも、神によって天罰が下されたかのように……。


 現に、生き残った竜騎兵はみな、空にいるマサムネに目を向けることもなく、ちりぢりになって爆心地から逃走するばかりだった。


 百騎もの竜騎兵団が青白い光と炎に包まれ、一瞬で黒焦げとなって消滅した!


ーーこうした現実を目の前にしてもなお、脳内で情報を処理仕切れずに呆然としているだけなのは、わずかに生き残った竜騎兵のみならず、人間集団のすべてが同じだった。


 聖女様パーティーの面々は、迫り来る敵ーー竜騎兵団を前に、絶命を覚悟していた。

 足許を震わせながら、それでも目の前に迫り来る魔族の襲撃に耐え続けていた。

 しかし、頼みの綱であった魔法障壁が刻一刻と薄くなっていく。

 魔族の攻撃によって、防御力を削り取られていた。


 ーーもう、駄目だ。


 相手は人間の数倍はあろうかという、何トンもの重さの大トカゲにまたがった竜魔族の騎兵団である。

 あれが十騎で突撃してくるだけでも生きた心地がしないのに、それが百騎もいるのだ。

 勝てっこない……。


 ーーそう思って、人間パーティーはみな、神に祈る心境になっていた。


 が、いきなり状況が一変した。

 爆音とともに赤い炎が渦巻き、まぶしい光がまたたく。

 ーーそして、湧き立つ黒煙とともに、敵の動きが止まった。


 いや、「動きが止まった」のではない。

 突然、敵が消失したのだ。

 無数の巨石や大岩とともに。


「た、助かった……のか?」


「な……なにが起こった?」


 人々は疑念を口にするだけだった。


 直視し続けていたら失明したかもしれないーーそれほどの閃光が、いきなり輝いたのだ。

 みな、突然の異変に対して、慌てて目をつむった。

 続いて、耳をろうするばかりの轟音がとどろいた際は、両耳を手で押さえるしかなかった。

 しばらくしてから、ようやく目を開ける。

 すると、自分たちの眼前に広がっていた爆煙が晴れていた。


 そしてーー。


 人間パーティーの目の前では、見慣れたマントがひるがえっていた。

 勇者マサムネがまとう真紅のマントであった。


「待たせて悪かった。もう大丈夫だ」


 人間の味方ーー〈異世界から召喚された勇者様〉が、自分たちを振り返り、満面に笑みを浮かべていた。


「ま、まさか……生き延びたのか……?」


「勇者様がやってくださった!?」


「一撃で、あれほどの竜騎兵団を……!!」


「勇者様、よくご無事で……」


「あ、有り難き幸せ!」


 安堵と同時に、大声で泣き叫ぶ声が起こった。

 十数人あまりの人々が地面にへたり込んだ。


 みな、持てる魔力も体力も使い切っていた。

 様々な感情が頭を駆け巡り、涙しながら、多くの人々が、地面に横たわった。

 そして遅ればせながら、喜びの感情が身体を貫くのを感じていた。


 おおおおーー!!


 パーティー連中はみな、歓喜の声をあげ、互いの手を取ったり、抱き合った。

 まさに九死に一生を得た思いだった。


 白騎士と聖女様も抱き合っている。

 身分の別なく、生命を長らえたもの同士の無礼講だった。


 そうした人々の歓喜の声を背中で受け、俺、勇者マサムネは、背筋がゾクゾクする気分を味わっていた。


(おお、まさに、これぞ〈勇者〉ってかんじだ。

 異世界に派遣されて良かった!)


 黒焦げになった大地を眼前にして、俺は腰に手を当てり返る。

 そして、自分自身こそが英雄になった感激に、身を震わせた。


 とはいえ、いつまでも、人助けをした満足感に浸っているわけにはいかなかった。


 今、戦う相手にしているのは人間ではない。

 人類種より数段凶暴で屈強な魔族なのだ。


 黒煙が晴れた地面の彼方に、新たな敵勢の姿があった。

 魔族どもは、いまだ人間に対する攻撃を諦めてはいなかった。


 竜騎兵の一団は消失した。

 だが、次があった。

 アンデッドのスケルトン歩兵団五百が、隊列を組んで荒れ地の向こう側に集まっていたのだ。


(あれはーー人の骨。

 骸骨……アンデッドってやつか?)


 俺は剣を納めて、身構える。


 アンデッドの外見はガイコツだ。

 不思議なもので、筋肉や皮がなくって顔の表情が読めないと、相手がなにも考えてないようにみえる。

 なんていうのか、何者かに操られているだけで、主体性がまるでない存在と思ってしまう。


 でも、アンデッドやゾンビが、ぼんやりしたウスノロのように描くのは、映画やドラマの物語上の都合なだけで、実際には怜悧な頭脳を有するかもしれない。

 アイツらも、元は普通に人間だったんだからな。


(ほら、やっぱりーー!)


 俺の眼は節穴ではなかった。


 ガイコツ集団は統率の取れた動きをしていた。


 十二人単位で方陣形を組んで、前方の四人は円形の盾を前にして、長槍を真っ直ぐ前に構えている。

 そして、二列目の四人は、前方と左右方向に、槍先と剣先を向けている。


 後方で展開するガイコツどもは、陣形の隙間をカバーしていた。

 水晶みたいなのを持ってるから、魔法を使えるアンデッドなのかも。

 おそらく障壁魔法を駆使して、矢玉などの遠距離からの攻撃を防いだり、逆に雷撃などの攻撃魔法を発動するのだろう。


 布陣を見ただけで、ヤツら、頭を使って攻撃を仕掛けてくるな、とわかってしまう。


 しかも先程の竜騎兵部隊のように、戦力を小出しにする愚は犯さない。

 歩兵軍団だから、騎兵のような機動力や速さはないが、ゆっくりと、しかし確実に、距離を詰めてきていた。


 完全武装した髑髏兵の軍団が、一丸となって、人間パーティーが固まる場所に向けて接近してきたのだ。


 それなのに我らが人間パーティー側は慌てふためくばかりで、いまだ陣形も整えられない。

 聖女様と白騎士ほか、数名が宝具や武器を手に身構えるだけだ。

 このまま正面から敵のガイコツ軍団とぶつかったら、蹂躙じゅうりんされるのが目に見えている。


 竜騎兵が全滅して危機が去ったーーそう安堵した矢先の敵襲だった。

 人間パーティーの面々は、すでに神経が焼き切れているようだ。


(ちっ、しゃあねえなあ!)


 人間パーティを背に、俺様はガイコツ軍団の正面に立ちはだかる。

 さっそく個性能力〈混合カクテル〉で〈雷撃〉と〈火炎〉の攻撃魔法をミックスする。


「雷炎!!」


 俺の両手から、黄金色に輝く光の球が幾つも発射された。


 爆音とともに、俺様、勇者マサムネとアンデッド軍団との死闘が始まった。

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