第36話 雇用主は、東京で手を拱《こまね》くことしかできない
東京異世界派遣本部にあって、僕、星野新一は頭を抱えていた。
モニターに映る状況が最悪だったからだ。
このままでは、魔族の攻撃によって人間パーティーが全滅してしまう。
しかも、わが社が派遣した〈勇者〉が、護衛対象を無視して、自分だけサッサと空を飛んで逃亡してしまっていた。
「これじゃあ、チート能力が、まったく無駄になってしまう。
しかも、魔族の群れが空中で待ち構えているのに気づいてるかな、マサムネ君……」
護衛任務を果たせないばかりか、自身の身の安全すら怪しくなってきた派遣員の安否を気遣い、僕は胃が痛くなる思いだった。
が、妹のひかりは、ひたすらマサムネ君に腹を立て、地団駄を踏んでいた。
「バカ! なに、自分だけさっさと空へ逃げてんの。
人間を救けなさいよ。勇者サマなんでしょ!?」
妹の甲高い声に、僕はなすすべもなく、うつむいた。
「怒っても無駄。向こうには聞こえないよ……」
モニター画像が悪くなってから、異世界の現地時間が何日分も飛んだのはわかっている。
派遣員によって通信切断状態が長く続くと、往々にして起こる現象だ。
なにか理由があるのだろうが、よくわからない。
こっちの現実世界と向こうの異世界を繋ぐ亜空間みたいな〈通路〉には独特な〈力〉がかかっているらしく、異なった世界の時間を合わせたり切断したりする。
その働きに、なにかしらの条件や規則性があるのかもしれないが、さっぱりわからない。
もとより時空を異にする世界同士の通信だ。
交信中に時間がおかしくなっても、なにも不思議はない。
ともあれ、今現在、映像の乱れが改善されていて、派遣員のマサムネ君が、蝙蝠男(?)の軍勢と空中戦をしているさまが映っている。
空の魔族どもは、集団でマサムネ君を取り囲み、大口を開けている。
その姿から想像されるに、超音波攻撃を仕掛けているようだ。
僕は心中で、自分に言い聞かせた。
(マサムネ君には、魔法使用のセンスがある。
ちょっと攻撃に
超音波攻撃ならばマサムネ君に付与された
実際、今まで、彼は様々な能力を
彼ははじめから転移システムやナノマシンの働きに理解を示し、今回の派遣仕事においても、初めての異世界転送にもかかわらず、柔軟に対応していた。
召喚者が不在だったり、魔物や魔族に襲われたり、魔王が復活していたりなど、様々な不測の事態に遭遇しながらも、どうにかこうにか対処している。
妹からすれば、自分の保身を第一に考え、現地の人間や女性を守ろうとしない正宗くんの態度は許しがたい、と映るのもわかる。
だがしかし、冷静に考えてみれば、初めての派遣にしては、彼が受けた依頼内容はやたらとハードルが高いものだといえるだろう。
いきなり〈魔王討伐〉なのだ。
ラスボス退治ーーゲームだったら、いきなり最終局面に投入されたようなものだ。
正直、僕としては、今回の依頼、〈勇者マサムネ〉が、魔王討伐なぞ果たさなくとも、今までの活躍だけで、成果としては
そもそも、向こうの世界の教皇と国王といった依頼主の意向自体が、(通信の不調もあって)
さらに、聖女様一行を魔物から救出し、〈漆黒の森〉を探索することは見事に果たしている。
人間パーティーを救い、森を探索することーーそれが本来の国王からの依頼であった。(詩人の如き教皇は、魔王討伐を依頼していたようだけど)
どちらにせよ、やれ、人間を助けろ、森を探索しろ、魔族と戦え、魔王を討伐しろーーなど、あれもこれもと要件を押しつけ過ぎだと思う。
それでも、几帳面でしっかり者の妹、ひかりは、正宗くんの仕事振りが納得できないようだ。
護衛すべき人間のパーティーを地上に残したまま、自分だけで空を飛んだことが許せないらしい。
「きいいい!」
と奇声を発しながら、妹は髪を
(やれやれ。こっちの世界でも超音波が出てるよ……)
僕は苦笑いを浮かべた。
正直、顔でいうと、正宗くんは妹の好みのタイプだと思ったけどな。
妹がやたらと彼に突っかかってるのも、ツンデレみたいなもんだろうと踏んでいた。
というか、せっかく好みのタイプの男なのに、性格がアレなもんだから、余計にイライラしてしまう、とみていたがーー今のひかりの
こりゃあ、ひょっとすると、正宗くん以上の、妹のお気に入りなタイプのイケメンが、あの聖女様パーティーの中にいたのかもしれない。
とすれば、あの白鎧の騎士様あたりか?
ーーうん、整った顔立ちしてたもんな。
彫りの深い顔が、妹の好みだ。
僕は丸みを帯びた日本女性が素直に好みなんだがね……。
ーーなどと、妹が半狂乱(?)になってるときに、いささか不謹慎なことを考えていると、事態が急転した。
(お!? わが妹の超音波が、異世界にまで通じたのか?)
勇者マサムネが、ようやく地上の敵を攻撃対象にしてくれたようだ。
僕は椅子に座り直し、両手を組んで伸びをしてから、改めてモニター画面を覗き込んだ。
(さて……今回雇い入れたバイト君は、どこまでやれるかな。
さあ、お手並み拝見といたしますか!)
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