第27話 聖女リネット
この森は、彼女、神官の聖女リネットが、生まれ育った地であった。
貧しいながら、両親と姉や、弟、妹がいて、彼女は幸せに暮らしていた。
森には、売ればお金になる薬草などのアイテムが数多くあって、真面目に働けば、一家が暮らしていくには充分な豊かさがあった。
姉と一緒に、木の実やきのこ、野草を摘むのが、彼女の日課だった。
ところが、ある日突然、その生活は断ち切られてしまった。
魔物が出没し、大挙して村に襲いかかってきたからだ。
いきなり森の魔力が増大し、比例して魔物の数が爆発的に増加して勢いを増し、人間の生活圏に侵食し始めた。
リネットが属していた森の小規模村落など、魔物にとっては数日分の飢えを凌(しの)ぐのにちょうど良い餌場に過ぎなかった。
結果、彼女以外の家族ーーさらには、近在に住んでいた村人たちすべてが、殺されてしまった。
農夫も
かねてから村人たちは、町から傭兵や冒険者を雇い入れて防備を固めようとしてはいたが、多勢に無勢、わずか一日で
その虐殺の日ーーたまたま、八歳だったリネットは、病気で床についていた。
彼女は普段から病弱だったうえに、その日は朝から高熱があり、意識が
生まれ付き聖魔法の属性をもち、魔力に敏感だった彼女は、濃くなる一方の魔素に当てられたのだ。
だがしかし、そのことが幸いした。
獰猛な魔物たちも、健康で活きのいい獲物を好み、息も絶え絶えの、生命力の弱い少女になどに、食指をそそられなかった。
さらには、聖なる魔素を体内に宿したリネットのような〈
ただ、それだけのことで、彼女は助かったのだ。
ちなみに、魔物が激増したのは、魔王が降臨したからだった。
血や肉に飢えた魔物たちは、次々と人間を血祭りに上げていった。
魔王降臨のお祝いをするかのように。
その血の
孤児となった彼女は教会へ
さらには、召喚魔法を行えるだけの魔力を秘めていたことが発覚し、十年経って、王国と教会、冒険者組合によって編成された騎士団を、この〈漆黒の森〉に派遣することになり、その派遣団の先導役兼勇者召喚係となったのだという。
そして漆黒の森の中で、いよいよ勇者を異世界から召喚しようと魔法陣を組んだ。
ところが、魔物に襲われ、術式の途中で退散するはめになり、このまま全滅するところだった。
そんなときーー。
幸いにも召喚魔法が成功していて、勇者マサムネがやってきたのであった……。
◇◇◇
そうした経緯をつらつらと、鈴の鳴るような音色で語ってから、聖女リネットは、俺様、勇者マサムネの前で、両手を組み、頭を下げた。
「私のような天涯孤独な孤児をこれ以上増やさないためにも、勇者様に魔王を倒していただき、この世界から邪気を
この世を清浄にするためなら、私はいかなる犠牲をも
聖女様のまっすぐな視線を受け、正直、俺様はたじろいでしまった。
(おお、この女、マジに〈聖女様〉を
ーーってことは、今、俺様は、本当に〈救国の勇者様〉になってるってことか!?
すげえ。まさか、本気で魔王討伐しろってことかよ?
あれ? 言ってたっけ、そんなこと。
もとよりそういった依頼だったっけ。
ーーでも、まあ、いいや。
宇宙レベルで偉大な(今の)俺様に、不可能はないからな……)
俺は精一杯引き締めた顔付きで、自らの手で、彼女の組まれた両手を上から包み込んだ。
「わかった。そういう事情があるなら、仕方ない。
勇者の俺様に、すべて任せろ。
その代わり、ポーションはありがたく頂くからな」
聖女リネットは、頼もしげに俺を見上げた。
その瞳は、涙で
「はい。あなた様を信じます」
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