第26話 あなたは十分、そっちの世界ではチート! 異常能力者なの!

 現地の聖女様から、秘蔵の治癒ポーションをゲットした。

 これで、回復力のカバーができた。


(よし! これで本当に俺様は、宇宙レベルで強い男になったぞ。

 もう怖いものなしだ!)


 俺様、東堂正宗とうどうまさむねは上機嫌になった。

 魔王でもなんでも来てみやがれってんだ!

 身体にも力がみなぎっている。やる気しかない。


 ーーと、そのタイミングで、頭の中に女性の金切り声が反響する。

 東京異世界派遣本部の星野ひかりの声だ。


「ちょっと、マサムネくん!

 自分がどれほどヒドいことしているのか、わかってるの!?

 アンタは十分、自己治癒力を持ってるでしょ。

 ナノマシンが体内に入ってるんだから!」


 雇用主からの反発に、完璧主義者(?)を自認する俺は、腹を立てた。


「これだから、ひかりちゃんは甘いんだ。

 些細ささいなことが、大きなミスにつながるんだぞ!」


 俺としては、これでも感情を抑え、クールに応対しているつもりだ。

 防御の薄い聖女様から、治癒ポーションをさらうーーそれだけ耳にすると、たしかに聞こえは悪い。

 しかも、俺様は、勇者であり、当該世界でのチート能力者である。

 でも、だからといって、無防備で危地に踏み込むほど馬鹿じゃない。


 そもそも、魔王を討伐し、人類社会を救済することは、いかなるクエストにもまさる、最優先事項なはず。

 だったら、そのための準備に万全を期すことは当然だろう。

 俺様は、いずれは魔王を討伐すべき〈勇者〉として、弱点を補強することの正当性を、立板に水のごとくまくし立てた。


「考えてみなよ。

 いくら治癒力があるといったって、ナノマシンが動き出すまでの時間が空いてるじゃん。

 その空白時間がたとえわずかだとしても、その間に俺様が死んでしまったら、どうしてくれんの?

 そこはやっぱ、治癒魔法で自動的にフォローできないと。

 それに、敵が魔法使ってきたらどうするんだ。

 いくらナノマシンでも、魔法攻撃には対処しきれないんだろ? 

 あ、そうそう。知ってる?

 この聖女のポーション、ダメージを受ける前に飲んでも、治癒効果が持続されるってさ。

 ダメージ受けてから飲むしかない、通常のポーションとは大違いだぜ。

 ほんと、ラッキー」


「…………」


 星野ひかりは、言葉を詰まらせる。

 バイト君が自分勝手な言い分をあまりに堂々としてきたことに、面喰らったのだ。

 その一方で、〈勇者マサムネ〉の方は、


(ほらな。ぐうの音も出ないでやんの)


 と思って、得意がっていた。


 治癒ポーションを、新たに手に入れるーー。

 これでようやく攻撃魔法を喰らってもダメージが回復できるし、物理的損傷を受けた際も、ナノマシンが発動するまでのタイム・ラグをカバーできる。


 ーーそう思って、俺は胸を撫で下ろす。


 が、安堵した瞬間、向こうから言い返された。

 どうも、彼女が少しばかり黙ってたのは、俺の意向に賛同したわけではなく、考えをまとめるのに時間を食ってただけらしい。


「そうは言っても、やっぱりそのポーションは返した方がいいと思う。

 あの人たちにとって、治癒ポーションはとっても貴重なのよ。

 だいたい、あなたはかなりの治癒力が能力スキルとして付与されてるじゃない。

 いくら魔法攻撃をされたとしても、たいがいは大丈夫よ」


 ち、ち、ち! 甘いよ、あんた。

 安全対策は、万全じゃないと!


 俺は心中、強く思念した。


「なに言ってんの。

 数値化されたステータスで見ると、カンストしてないじゃん。

 ポイントは600しかない。

 不安じゃん?」


 もらった治癒ポーションを鑑定すると、300ポイントあった。

 合計すれば900ポイント。

 ここまで来ると、ほぼカンスト。

 安心できる数値だ。

 俺様は自己の生命を大切にする慎重派なのだ、と理論武装(?)する。


 でも、ひかりは納得しない。食い下がってきた。


「あのね、そこまで完璧にしなくっても、あなたは十分、そっちの世界ではチート!

 異常能力者なの!

 魔物だろうと、魔族だろうと、どんな魔法攻撃を仕掛けてきても、跳ね返すほどの攻撃力があるのよ。

 そのうえで、十分な自己治癒力を付与してもらってるわ。

 それに比べて、そこにいる人たちは脆弱ぜいじゃく

 あなたが楽々と倒した魔物相手でも、死にかけてるの。

 わかる?

 実際、大勢、死んでるんだし。

 それに、あの神官の少女は、魔法詠唱で他人を治癒することはできても、自分自身の傷は治せないの。

 だから、護身用にポーションを持ってるのよ。

 それを取り上げていいと思っているの!?」


 今度は、俺様が腕を組み、思案する番になった。


(む。たしかに、そりゃあ悪いかも……)


 他人の怪我を治せても、自分の怪我を治せないんじゃ、不都合も良いところ。

 せっかくパンを持っていても、他人にあげるばかりで、自分では食べられないーーそんなかんじか。

 考えてみれば、可哀想すぎる。


 俺はちょっと弱気になった。

 が、ブンブンと頭を横に振って、思い直す。


(ーーでもなあ、人それぞれっていうし。

 世の中には、自分が飢えても、他人にほどこしをして、悦に入りたいっていう、おかしな人種もいるもんだ。

 実際、この人、神官なんだろ?

 普通の人じゃないんじゃ……)


 この異世界において、もっとも「普通の人じゃない」はずの勇者マサムネは、聖女リネットの顔を見下ろしつつ、ポーションの瓶を手に、念を押した。


「ほんとにいいの? このポーションもらっちゃって」


「はい」


「聖女様」と称される少女リネットは、にっこりと頬笑み、即答した。

 そして、暗い森の只中で、自分がなぜ、〈勇者俺様〉を召喚する任務を引き受けたのかを、語り始めた。

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