第23話 やっぱり、念には念を入れないとね!

「あなたが勇者様でしたか。

 危ないところを助けていただき、ありがとうございました!」


 精悍(せいかん)な顔つきの若者が、俺の前に駆け寄ってきて、挨拶をした。


「わたしの名前はレオンです。騎士をしております」


 白い鎧をまとって、腰に長剣ロング・ソードげている。


「ああ、騎士さんですか。

 俺はマサムネ・トウドウといいます。

 あ! 今は〈勇者マサムネ〉でいいのか。

 まあ、死ななくて良かったね。

 俺様のおかげで……」


 俺が話す途中で、そこに居合わせた誰もが、感極まったような様子で、口々に叫び始めた。


「さすがは聖女様!」


「お見事です!」


「聖女様に祝福を!」


「聖なる乙女、我らの命の恩人」


「聖女様に幸あれ!」


「聖女様」と称される少女に対する賞賛の言葉が、雨あられのように、次から次へと発せられた。


 俺は「聖女様」とか言われている少女の方へ、視線を向けた。


(なんだよ!? 俺様が魔物を退治してやったんだろうが。

 お礼を言う相手を間違えてるぞ!)


 大いに不満であった。

 納得がいかない。


 そんな俺様の様子に気が付いたのであろう。

「聖女様」は、俺に向かって慌てて会釈えしゃくした。

 次いで騎士レオンが聖女様をともなって、俺の前にやって来た。


「この方が、リネット様。

 勇者マサムネ様を召喚なされたお方でございます。

 中央神殿において、神官の聖務についておられます」


 リネットと呼ばれた「聖女様」は、輝くような銀髪をなびかせ、澄んだ蒼い瞳をしていた。

 その蒼い瞳の色が、白磁のように白い肌に良く映えている。

 森の中に場違いなほど綺麗な白い神官服を纏った少女ーー歳の頃は十六、十七といったところか。


 俺の前に出ると、彼女はほんのりと頬を染めた。

 照れているさまが、なんとも可愛いらしい。


 正直、こういった清楚な雰囲気の女性ーーしかも〈少女〉なんぞと会話を交わした経験がほとんどない。

 遺憾ながら、少々、声がうわずってしまった。


「へ、へえ〜。若いのに偉いんだね、キミは。恐れ入りました」


 言葉とは裏腹に、俺は胸を張って尊大なさまをみせる。

 聖女様は頭を垂れて、謙遜した。


「いえ、私など。

 勇者様のお力添えが無ければ、みな死んでいました。

 本当にありがとうございます。

 勇者様は、私たちの命の恩人です」


「リネット……とか言ったか。

 キミは本当に、物事の道理を良くわきまえている。

 見かけ通り、賢いとみえる」


 俺は人々の前で腕を組み、仁王立ちする。

 が、そうした外観上の勇ましさとは反対に、かなりビビっていた。


「勇者様」としての相応ふさわしい態度ってのが、わからない。

 どうにも、上から目線の言葉使いになってしまう。

「聖女様」と呼称される相手に、そんな態度で大丈夫なのか?

 正直、危惧きぐの念を抱いていた。

 加えて、その内心を見透かされないように振る舞おうとして、余計に尊大な態度になってしまう。


 それでも幸いなことに、聖女様は出来た女性だったようだ。


「お褒めの言葉、嬉しく思います」


 リネットは満面の笑みを浮かべて、俺様を見つめていた。

 その瞳からは、〈勇者様〉に対する尊敬の念が、あふれんばかりに発せられていた。


 それでも、他の面々は違う。

 彼らの熱い視線は、聖女リネットに向けて注がれていた。


 彼らは今まで、ともに死線をくぐり抜けてきた仲間同士である。

 だから、見ず知らずの怪しい〈異世界人の勇者〉よりも、その勇者を召喚することに成功した〈聖女リネット〉に対しての尊敬の方が深かったようだ。


 騎士のレオンが、


「リネット様が召喚魔法陣を地面に描いて、異世界に向けて祈りをお捧げしてくださったからこそ、勇者様が召喚なされてきたのです。

 リネット様のお力こそ、我々には必要でした」


 と、みなの意見を代弁すると、(俺様を除く)誰もが強く同意する。

 それでもリネットは頭を横に振った後、周囲を見渡した。


「でも、危ないところでした。

 儀式の途中で、魔物の群れに取り囲まれてしまったのですから……」


 異世界から勇者を召喚するよう王家から依頼されていたのに、なかなか召喚魔法を起動する条件が揃わなかった。

 しかも、召喚に必要な、濃い魔素が漂う場所をようやく見つけたと思ったら、そこは〈漆黒の森〉ーー凶悪な魔物が生息する地域の只中であった。


 召喚魔法の術式を展開するには、優に二、三時間はかかるらしい。

 大勢の騎士や冒険者に守られながら、召喚儀式を始めたものの、すぐさま周囲を魔物に取り囲まれてしまった。


 そのうえ、予定されていた王国騎士団の派遣が急遽きゅうきょ取り止めとなったため、召喚の魔法陣が描かれた場所を放棄して、森からの離脱を余儀なくされる始末。


 ところが、今度は魔物が執拗しつように追いすがってきて、森から出ることすらままならない。

 鳥型や犬型の魔物については、多くの犠牲を払いつつも、なんとか撃退できた。

 しかし今度は、知性をもった猪の魔物に、集団で包囲されてしまった。


 はじめパーティーには八十名ほどの人員がいたのに、すぐさま何十人もの仲間が殺されてしまう。

 リネットもさすがに、全滅を覚悟した。


 そんなときであった。

〈勇者マサムネ〉が颯爽さっそうと登場してきたのはーー!


 つまり、勇者を異世界から召喚する儀式を完遂かんすい出来なかったが、時間差がありながらも、上手く術式が発動し、見事、勇者召喚を果たした。

 ーーその功績は、すべて聖女リネット様のものだ、という理屈らしい。


(ま、野郎ばかりの集団じゃ、味気ないからね。

 あがめられるアイドルぐらい欲しくなるさ。

 弱者ゆえの信仰心ってやつだ)


 俺はウンウンと納得しながら、憐れみの瞳を連中に向けた。

 すると、ようやくにして、俺様のおかげで命が救われた、と思い至ったような顔になって、辛うじて生き残った、三、四十人もの連中から、熱い眼差しを向けられた。

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