第15話 ほんとに異世界に来たのかよ? なんか、実感ねぇな……

 俺、東堂正宗とうどうまさむねは、たいして心の準備をすることもなく、アッサリと異世界へと転移していた。

 ついさっき、透明な筒状の転送機の中にいたときは、しっかり両足で立っていた。

 が、白い光に包まれたかと思うと、いつの間にか、森林の只中の草原で寝ころんでいた。


(う……)


 ちょっと頭が重い。

 草木の匂いが濃い。

 本当に異世界なのか?


 俺は、片肘を付いて、のっそり起きあがり、地面を見る。

 すると、円形に草が刈り込まれており、露出した地肌に、なにやら怪しい文様が、紅い塗料で描かれている。

 どうやら、魔法陣かなにからしい。


 そういえば、星野兄妹のどっちかが言ってたな。

 東京コッチから異世界アッチには転送機で派遣するが、派遣先アッチでは魔法で召喚された形になっている、とかなんとかーー。


 俺は、昨日受けた説明を思い出しつつ、四方に目配せする。


 でも……。

 ザッと見回しても、周囲に人影はない。

 草木が生い茂るばかり。


(で、今現在の俺様の格好は……)


 手探りで自分の身体の方々を、パンパン叩く。

 いつの間にか、服装がすっかり変わっていることがわかった。

 白い作務衣から、麻の上着に革製のズボンに変貌していた。

 腰の革製ベルトに、剣がげられているのだろう。左側が重い。


「どう? 聞こえる?」


 ーーと、あたかも耳元でささやかれたように、声が響く。

 東京異世界派遣本部の、星野ひかりの声だ。


「ああ」と俺は声を出す。


 が、声を律儀に出す必要はない、とひかりちゃんは言う。

 言葉を思念しただけで、音声として東京の本部に伝わるという。


「え? というと、プライベート皆無かよ!?」


 と俺が思わず声をあげると、即座に返答された。


「心配しないで。思ったことすべてを拾うわけじゃないわ。

 声を出すところにまで意識が昇ってきたのを、音声化するだけよ」


 たとえ意識的であっても、内心での自問自答レベルは、音声化しないらしい。

 つまり、俺がわざわざ意識して、


〈東京に残っている連中に、こういった内容を連絡しよう〉


 ーーと思って、はじめて声が拾えるという。


 ほんとか?

 そんな意識の細かいところまで、ナノマシンは読み取るのかよ?

 なんだか、気色悪いな。

 もっとも、感覚としては、なにも感じないんだけどーー。


(で、こっちの環境は、どんな感じなの?)


 俺がそう意識したら、上司である星野ひかりはスラスラと答えた。


「地球に似た大気で、呼吸に困ることは一切ないわ。

 気温は、摂氏28度。

 湿度は、40パーセント。

 一日の時間は、32・4時間……。

 心配しないで、体感は丁度良いように身体を作り変えているから。

 ちなみに、現在のマサムネ君の身長は2m45㎝だから」


 そう言われて、俺は思わず、


「巨人じゃん!?」


 と声を張り上げてしまった。


「バカね」


 と、脳内に女性の声が響く。


「それは地球、日本基準の話でしょ。

 そっちの世界基準では標準なの。

 これで男子平均身長より、ちょっと高いくらいよ」


 ふうん。

 そうなのか。

 

 俺は独りで合点する。


 しかしそれにしても、体感を調節するには、神経組織も変えなきゃいけないだろうし、身長までも自在に変動させるってことは、骨格や内臓まで変化させてるってことになる。


(ナノマシンによる調整ってのは、そこまで出来るのか……)


 素直に感心する。


 しかも、〈変容〉したのは、そういった外見や肉体的なものだけではないらしい。


 目に見えない能力も大きく変容させて、異世界へ肉体的に適応させているそうだ。

 そればかりか、精神の上でも、適応過剰というかーーチート能力まで付与しているという。

 派遣先の世界で困らない程度の、言語能力や身体能力、免疫耐性もついている。

 加えて、ナノマシンが完全に体内に巣くっているので、毒耐性や麻痺耐性もついており、そうそうのことでは物怖ものおじしない恐怖耐性までがついている、とのこと。


 俺は自分の首や腕をゴキゴキと鳴らしつつ、東京本部に向かって問いかける。


「ここまで身体を変化させてるのに、ほんとに体内だけでエネルギーが取れるもんかね?」


 人間体内の電磁波なんて、ごく微量なはずなのに。

 ナノマシンが優秀すぎはしませんか?

 ほんと、不思議だ。


 すると、初めて男性の声が脳内に響いた。


「転送スタート前に、じゅうぶんエネルギー源を採ってるんだ。

 そこらへんの演算も、機械が自動的にこなしてるんだよ」


 雇用主・兄の星野新一の声だ。

 彼も俺の動向を監視しているらしい。


(ふうん。まったくもって都合が良くて結構なことで)


 俺はゆっくりと深呼吸する。


 たしかに、異世界に来たっていうのに、地球上で海外旅行に行ったときよりも体感的に違和感がない。

 大きく息を吸い込んでも、問題ない。

 空気がおいしいだけだ。


「良かった。なんの問題もなく、異世界に来れた。

 あとは任務に集中だ」


「そうね。緊張しないで。

 慌てなければ大丈夫だから、冷静にね」


 ひかりの声が脳内に響く。


「そうだな。

 実際に異世界に来といて、後でゴチャゴチャ言うのは男らしくないな。わかった」


 俺は自分の頬をパンパンと叩く。

 俺自身の意識の中に、注意を向けた。

〈変容〉後の自分がどうなっているのかーーそのことを正確に把握することが、まずもっての急務であった。

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