第一章 東堂正宗派遣:勇者編

第14話 ハケンのお仕事、開始!

 俺、東堂正宗とうどうまさむねは、初めて泊まり込んだ部屋で、目を覚ました。


 「う〜〜ん、今、何時頃だろう……」


 敷き布団の横に置いていたスマホを覗くと、朝の六時だった。

 俺は軽く伸びをして、カーテンと窓を開ける。


 空は抜けるように青かった。

 窓から外に目をると、まだ朝早いのに、もう人々が動き始めていることがわかる。

 窓を開けて顔を出すと、様々な音が耳に飛び込んでくる。

 自動車が排気ガスを出す音。

 東京駅で電車が動き始める音。

 バイクが何かを配達する音。

 ーーそれらの雑多な音に混じって、時々、人の声も聞こえてくる。

 スマホで話しているのか、朝から元気が良い。


 俺は窓から身をひるがえし、グシャグシャと頭をく。


(う~~寝不足だ……)


 昨晩は興奮して、眠れなかった。

 それも当然だ。

 今日、俺は異世界へと旅立つことになっているのだ。


 異世界だよ。

 異世界!


 しかも、〈転送トラック〉に跳ねられたりして死ぬんじゃなくて、生きたまま異世界へ行って、しかも帰って来られる。

 そういうことになっている。(一応、理論的には死んでから、再構成されるわけだが)


 昨日、面接を受けてから、すぐさま、このボロアパートみたいな木造社屋の二階で、一部屋間借りして、住み込みを始めた。
 東京駅の裏手にあるなんて、立地最高だね。


(じつは地下に広大な敷地が広がっているんだがーー。

 そういえば、八重洲地下街とかぶってないか?

 考えてみれば不思議だ……)


 そうそう。

 かぶっているといえば、俺の部屋もそうだ。

 個人部屋ではなく、少々、頭の残念な、白鳥雛しらとりひなという女と同室となった。

 だが、彼女はもちろん、知性溢れる俺様が対等に付き合えるタマではないので、浮いた話は一切ない。


 広い畳部屋の中に、仕切りをカーテンで設けて、とりあえずは寝床スペースを確保した。

 俺が窓側の場所に布団を敷けたのは、ジャンケンで勝利したからに他ならない。


 ちなみに、スペース決定の際、


「外への出入り口が窓側にあるからさ、おのずと俺の寝場所は決定な。

 おまえだって、一応、オンナだ。

 寝顔を、俺様にのぞかれたくないだろ?

 だったら、当然、奥の壁側が、おまえのスペースになる」


 と、白鳥雛に説明した。

 ところが、彼女から、


「はぁ!? 上手いこと言って窓側取る気?

 ジャンケンでしょ。ジャンケン!」


 と言われた。


 俺は昨晩の喧嘩を思い出し、仕切り用カーテンを見ながら、口をへの字に曲げる。


 向こう側から、イビキが聴こえる。

 バカ女は、まだ熟睡してるようだ。


 ったく、物分かりの悪い女だ。

 論理的に物事を判断することができないとみえる。


 しかも自分の方からジャンケンを提案しておきながら、負けると、


「女の子に窓側を譲るという気はないわけ!?」


 とキレるし、


「奥のスペースの方が、プライベートが確保できるだろうに」


 とさとしても、激おこしたままだった。


 現に、今だっておまえ、寝たままじゃん?

 そこを俺が、部屋の外に出ようとして、おまえの寝床近くを通ったら、


「なに、このオトコ。

 マジ、信じらんない!」


 と甲高い声を張り上げ、大騒ぎするに違いない……。


(はああ〜〜)


 俺は服を着替えて廊下に出て、今日の仕事に備えた。


 すでに派遣先の事情は、大まかに聞いている。

 異世界モノならではの、魔法と冒険の世界。

 そこで、俺は〈魔王を倒す勇者〉として、派遣されることになっていた。


 でも、正直、このときの俺は、星野兄妹の説明を話半分といったかんじで聞き流した。

 だって、ゲームじゃあるまいし、〈魔王〉とか〈勇者〉って、なに?

 いくら異世界とはいったって、そこで生活してる人間が大勢いて、なおかつ、彼らはゲームのNPCじゃないんだから、〈勇者〉とか、そんな役割を担ったキャラなんかアテにしてないはず。

 要は、ソッチの世界にある国家組織とかに、俺はチート能力者として協力して、マフィアかヤクザみたいな反社連中を捕縛したら良いんだろ? と軽く考えていた。


〈魔物〉を野犬かなにか、〈魔王〉をマフィアのボスくらいに思っていたのだ。


 だが、こいつが随分、甘い想定だった。

 そのため、後に色々と痛い目を見るのだがーー派遣前の俺は、まるでわかっちゃいなかったのだ。


〈異世界〉はダテに異世界と呼ばれているわけではない。

 アッチの世界では、〈魔王〉が実際にいるし、俺は〈勇者マサムネ〉として召喚されるということを、真面目に信じてはいなかったのだ。


 結局、ボンヤリとした寝起き頭のまま、地下の転送室に行き、星野兄妹の立ち合いの下、変な液体を飲む。

 昨日、飲んだナノマシン入りのオレンジジュースとは違って、白い液体で不味かった。


 さらに俺は白い作務衣さむえみたいな服装に着替えて、透明な筒状の転送機の中に入り込んだ。


 左側にある同型の筒の中には、目に見えないけど、媒質が充満している。

 これがないと、俺は異世界に転送できないらしい。

 そして、その媒質と感応を良くするために、白い液体を飲む必要があるそうだ。


 なんともラフな感じだが、まあ、こんなのでも異世界に人材を派遣する老舗しにせ会社だそうだから、身を任せるしかない。


 朝食を抜いて、朝の六時からいろいろと準備ばかりだったが、機械を操作してセッティングしたのは俺ではなく、雇主やといぬしである星野兄妹だ。


 設定がすべて完了し、妹の星野ひかりから、


「じゃあ、東堂正宗くん、そのまま転送するわよ!」


 と声をかけられるまで、なんだかんだと一時間ほどが経過していた。


 そのくせ、いざ転送となると、随分アッサリしたものだった。


 正直、驚く暇もなかった。

 一瞬、視界一杯に白い光が充満したかと思うとーー。


 あっという間に、俺様は独り、鬱蒼うっそうとした森林の只中で、目が覚めた。

 いつの間にか、緑の樹々に囲まれた草原で、寝ころんでいたのである。

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