第12話 異世界に行くためにーー死んで貰います!

 東堂正宗とうどうまさむね白鳥雛しらとりひなーー求職者二人が、実りのない会話を繰り広げてから、ほんの十分。

 星野新一・ひかり兄妹が、待合室に顔を出してきた。


「ちょっと来て。これから仕事部屋を見てもらうから」


「採用するかどうかは、その部屋での説明後になるんで、もうちょっと付き合ってくれないかな」


 ゴクリと喉を鳴らして、求職者二人は席を立つ。


 なんだかんだ言って、二人は緊張していた。


 向かった先は地下の仕事部屋である。


 到着した部屋は〈転送室〉と呼ばれていた。

 さして広くない部屋だが二、三十畳分ぐらいの広さはあるだろうか。

 四方の壁にはギッシリと機械が埋め込まれてあり、なにやら明かりが点滅している。

求職者二人は部屋に入るなり、驚愕の態で周囲を見回した。


「おお……SF映画かなにかで出て来そうな施設だな」


「なに? あの透明な筒みたいなの」


 二人が真っ先に目に付けたのは、部屋の奥にある、天井から床までつながっている透明の円筒だ。人間ひとり入るのがやっとな大きさのものが、二つ並んでいる。


 私、星野ひかりは、指さしながら説明した。


「あれが異世界への転送装置よ。

 左側の筒に入ってもらって、異世界へ行ってもらうの」


 正宗くんは、二つの転送装置に交互に目を向け、問いかける。


「右側の筒はなんだ? 二人用の転送装置じゃないのか?」


 私は観光ガイドのお姉さんにでもなった気分で解説した。


「右側の筒には、転送のための媒質が、量子結合状態で満たされているーーとのことです」


 私は早口で、知ったように解説する。

 だけど、内心では、かなりビビっていた。


(ごめん……。ほんとは私、〈媒質〉だの〈量子結合〉だのって自分で言ってて、じつは意味わかんない。

 これ、お父さんや兄貴からの受け売りなんだよね。

 というか、こんなわけわからん説明で、理解できるヤツなんかいるのかよと正直、思ってるんだけど、説明することも仕事なんで、仕方ない……)


 などと思って、ちょっとした罪悪感にひたっていた。


 ところがーー。


 私の曖昧あいまいな説明が終了するやいなや、なんと驚いたことに、正宗くんは感嘆の声をあげたのである。


「おお、〈量子テレポーテーション〉ってやつか!」


 そう叫ぶと、彼はさっそく右側の筒の方に駆け寄り、透明な材質をコンコンと叩いた。


「へえ、目には見えないけど、ここに人間一人分のデータが放り込める媒質があるのか。

〈観測できない〉という条件を満たさないと駄目だから、目に見えないってわけなんだな!」


 彼は納得したげにうなずきながら、改めて私の方へ振り向く。


「でも、これと同質同量の媒質を、どうやってあらかじめ転送先に保存させてんの?」


(う……そんなの、わかるわけないじゃない)


 助けを求めるように、兄の新一を見る。

 すると、新一の方は、ゆとりの表情を浮かべていた。


「そうだね。こちらからそんなことはできない。

 だから、その媒質にピッタリ対応するだけのモノが充満されている所にしか転送できないんだよ。

 それはたいがい、そっちの世界では〈魔素〉だとか〈魔法因子〉とか呼ばれてる。

 そして、それを無観測で隔離して、人体を再構成できるだけの技術ーーつまりは〈魔法〉を使える世界にしか、転送できないんだ」


 兄の説明を受けて、正宗くんは声を張り上げた。


「つまり、魔法が使える世界ってわけなのか、転送先は!?」


 ここで、ようやく白鳥雛さんが食い付いてきた。

 正宗くんの隣で立ち上がる。


「なになに?

 魔法が使える世界って、ワタシも魔法が使えるようになるの!?」


 正宗くんが横を向き、勝手に上から目線で応じる。


「そうだ。ダテに〈異世界派遣〉ってうたってるわけじゃないってことだ!」


 なんとも理解が早いようで、助かりますーー私は胸を撫で下ろす。


 ということで、私たち、星野兄妹は、とりあえず転送機の近くに備え付けられたソファに求職者二人を誘った。


 コホンと一つ咳払いをしてから、私はパンフレットを彼らに手渡す。


「さっそく契約に入りたいと思います。

 が、その前にいくつか注意事項がございます。

 これをご覧ください。

 わが社で働く上での必要事項が書いてますから」


 内心、私は相当、意気込んでいた。

 じつは、東京異世界派遣わが社で働く上では、ここからが大事というか、面接以上に重要な手続きだ。

 彼らに納得、同意をしてもらい、契約にまでぎ着けねばならない。


「まず、異世界へ行くには、さっき見てもらった転送装置を使うしかありません。

 でも、物質をそのまま異世界に送ることは、実際は不可能。

 ですからコード化して電気的に転送し、向こうの世界で身体を再構成することになります」


 つまり、派遣する人の身体を原子レベルまで分解して、その情報を派遣先の世界で機械的に再構成する。

 それが異世界への転移方法であった。


 白鳥雛さんは「わけがわからない」という顔をすると同時に、興味なさげに、自分の手の爪を眺め始める。

 対して、東堂正宗くんは背もたれに身体を預けつつ、すっかりわかったかのように念を押す。


「つまり、人体を走査して情報に変換し、別空間に飛ばして、人体を再構成するってことだよな……要は、人体をそのまま送るわけじゃないーーそういうことだよな」


 すると、兄の新一はコーヒーをすすったあと、カップをソーサーの上に置いて応える。


「うん。人体に限らず、こっちの世界の物体を、そのままじかに異世界に運ぶなんていうテレポーテーションじみたことは、不可能なんだ。

 だからさ、キツイ言葉で言うと、こっちの世界の身体を殺して、向こうの世界で新たに生まれるようにするしかないんだ。

 寸部違わない、身体と記憶だけどね」


 そうした説明に対し、正宗くんは腕を組む。


「ーーということは、〈存在〉としては、いったんこっちにある身体を壊して、向こうで新たに構成している、ということになるな……」


 正宗くんの態度を見て、私は正直、かなり驚いた。

 私が理屈を呑み込むまでそれなりに時間がかかったのに、この男性バイト候補くんは、転送における「最も怖いところ」を理解している。


 転送装置によって、一秒よりもほんの僅かな短い時間のうちに、人体の状態を完全に記録し、「分解」する。

 この「分解」によって、その人体は「死ぬ」ことになる。

 そして、派遣先の世界で、その人体が原子の一つ一つまで寸部違わぬ形で「再構成」されることによって、新たに「生まれる」ことになる……。


 つまり、完全に同じ記憶を持った人格が「再構成」されているわけだけど、その人自身が、そのまま実際に移動しているわけではない。

 こっちの世界でいったん「死んで」、派遣先の世界で新たに「生まれて」いるわけだ。

 それは向こうの異世界から、こっちの地球世界に戻ってくるときも、同様である。


 ちょっと聞くだけでも、怖い話だ。


 ところがーー。

 案に反して、いかにも文句を言いそうな正宗くんが、まったく文句を言わないばかりか、よく転送の原理を理解したうえで、それでいて怖れた様子がなかった。


 正宗くんが質問した。


「ーーただ、気になるのは、分解して再構成するときに、雑データ(ノイズ)が入らないかってことだ。

 生まれ変わったときに、バグが入った化け物になるのはゴメンだ」


 星野新一は、真面目な口調で応じた。


「それは絶対ないから、安心して欲しい。

 今までの転送でも、イレギュラーな情報混入は一度もなかった。

 ノイズによる情報劣化を防ぐために、情報の価値付けに基づいて代数的に符号化しているし、転送時は、局所的な〈時空の歪み〉を用いている。

 それに、人間を情報化して、分解・再構成するってのには、巨大な利点メリットがあるんだ」


 転送時、「時空の歪み」と称する、次元を異にする「通路」を使う。

 この世界と異世界ーー異なった時空をつなぐ「通路」については、いまだ不明なところばかりだが、その「通路」使用時に、様々な操作ができることはわかっている。


「転送時、人間情報を分解して〈通路〉を通っている間に、任意の情報をわざと混入させることができる。

 おかげで、我々、地球の人間も、向こうの世界で魔法などの能力スキルを使えるようになるんだ。いわゆる〈付与〉ってやつだね。

 任意の能力を情報的に混入してから、向こうの異世界で再構成ーーということになる。

 能力を〈付与〉さえすれば、平凡な地球人でも、異世界に到着したあかつきには、立派な〈魔法使い〉に仕立てることができるっていう寸法さ」


「ほほう!

 だったら、〈いったん死ぬ〉ってのも、悪くない。

 向こうで生まれ変わったときには、魔法が使えるようになってるってわけだ。

 最高じゃん!」


 嬉しそうな正宗くんの様子を見て、私同様、兄も意外な顔をした。


「まさか面白がってもらえるとは……。

 大半の人は、怖くなって逃げちゃうのに」


〈いったん死ぬ〉という事実に、みな、おののいてしまうのだ。

 が、少なくとも、今回の求職者たちには要らぬ心配であったらしい。   

 東堂正宗くんは、自信たっぷりに断言した。


「俺は構わない。いや、むしろありがたい。

 できれば肉体を、強靭なパーツで組み替えてくれても構わんぞ」


 雛さんも、付けまつ毛の具合をコンパクトで確認しながら、言う。


「ワタシ、難しいことは、マジで、わかんない。

 でも、死んでも、絶対に生まれ変わるんでしょ?

 向こう行って、戻って来れるんでしょ。

 だったら、どうでも良くね?」


 求職者二人が、予想以上に積極的な反応をした。

 だから、ここぞとばかりに、兄は話を先に進めた。


「でね、転送についてだけじゃなくて、これも嫌だと思うんだよね」


 と、私の方を向いて「アレ、持ってきて」と言った。


 そう。

 次に説明すべき題材は、用意されているのだ。


 私は立ち上がり、部屋奥にある冷蔵庫から、グラスを持ち出した。


「悪いけど、今から、これを飲んでもらいたいのよ」


 オレンジ色の液体が入ったグラスを、ソファテーブルに置き、求職者二人の前に差し出した。


 これこそ、異世界へ派遣される者にとって必須アイテム。

 ナノマシン入りのジュースであった。

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