第11話 求職者同士の時間

 面接の後、東堂正宗とうどうまさむね白鳥雛しらとりひなの二人は、別室で待たされた。

 星野新一、ひかり兄弟が、採用するかどうかを検討するためだ。


「採用されてるかな……。

 マジでヤバいんですけど」


 ジャッケのすそのヒラヒラをいじりながら、白鳥雛は落ち着かない様子だ。

 それに対し、東堂正宗は余裕の態度だった。


「俺はもちろん、大丈夫。ゆとりだね」


 パイプ椅子を後ろに傾けて、ふんぞり返っていた。


「俺様は大手町に本社ビルを構える、某有名商社で勤めていたんだ。

 しかも東大卒だ。落とされるわけがない」


「東大? そんなのが、なんで派遣バイトに応募してんの? 必死こいて。

 ウソついてんじゃね? ウケる!」


 怪しむ雛に対し、正宗は憤然とした様子で、


「文化III類合格で、人文科学専攻だ」


 と、言い募る。

 が、元より学歴コンプのない雛は、


「別に訊いてねえし」


 と、相手にしない。

 けれど、面接を受けた〈同僚〉に興味を持ったみたいで、雛は身を乗り出す。

 そして、テーブルの向こうに座る正宗に問いかけた。


「でも、マジで上級国民だったら、ワタシなんかと仕事取り合うなんて、あり得なくね?

 なにやらかしたのよ」


 この問いで、スイッチが入ってしまった。

 正宗はふんぞり返った姿勢のまま、鼻息荒く演説を始めた。

 いわくーー


 俺は信念を曲げられない男だ。

 自由のために生きるんだ!

 働いたら負けなんだよ!

 俺様の価値は、一般社会では計り切れないほど高いんだ。

 俺様ほどの男が、年収一、二千万円ごときで満足すると思ったか?

 就職して役職に就くなら、社長や代表取締役といったトップ以外、興味ないね!

 ……


 なんだか支離滅裂な「俺様主張」だったが、雛は愛想良く笑った。


「ふうん。世間知らず、みたいな?

 でも、世の中、そんな甘くないわよ。マジで。

 でも、楽させてくれるんなら、養ってもらうのもアリ?」


 そう言いながら、コンパクトを取り出し、鏡を見ながら口紅を塗った。


「けっ! おまえみたいなれた女には興味ない。

 汚れを知らない女の子こそ至宝!」


 雛があまりにも気に留めない様子なので、腹を立てたらしい。

 正宗は悪態をつき始める。

 これに雛が生返事を繰り返すこととなった。


「ヤバッ! やっぱ、訳アリって思ってたけど。

 ロリかよ……。なんか、日本オトコのDTってのは、こんなんばっか」


「失敬な! 俺様はロリコンなんかじゃない。

〈汚れを知らない〉っていうのは、精神性のことだ。

〈心〉について言ってるんだよ、俺は。

 大切なのは〈心の処女性〉ってことだ」


「心って。そんな目に見えないこと、信じてねぇし。

 男も女も、結局は見た目だしぃ」


「テメエのどこが〈見た目勝負〉の女だよ!?」


「別にいいんだけどね、ワタシは。

 単なる〈女〉じゃないんだから。

 使命を持った〈お姫様〉だし」


 気のない生返事をしているだけで、雛はコンパクトの鏡に映る自分にしか、興味がない。


 が、女慣れしていない正宗の方は、少し動揺していた。

 じつは不覚にも、


(いや……あんた、そこそこ悪くない顔だし、プロポーションも良いと思うんだけど……)


 などと思って、対面に座る女性を、ジッと見据えてしまったりする。


 そんな正宗の視線を感じたのか、雛はコンパクトから視線を外し、対面の男を見遣(や)った。


「あんた、顔も頭もそこそこだけど、それだけ。価値なし。

 王子じゃないし」


「王子?」


「そう。姫から王子、王子から姫。

 姫は王子をNO・1にするために尽くすもの!

 そのために、ワタシ、地獄に落ちて泥水まですすったし。

 それでも王子のため、耐えたわ、ワタシ!」


 今度は雛が陶酔とうすいして、まくし立てる番となった。

 彼女は自身のホスト遊び体験談を、滔々とうとうと語り始めた。


 が、今度は正宗の方が、まるで聞く耳を持っていなかった。

 腕を組み、対面に座る女性をさげずむような目で見て、溜息をついた。


(ほんとに心が汚れてんな。しかも、バカときてる……)


 出逢った当初から衝突ばかりの二人だったが、いまだ心を通わせる様子はみられなかった。

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