第10話 面接:白鳥雛の場合

 次に、私たち、星野兄妹は、もう一人の求職者ーー白鳥雛しらとりひなさんの方に視線を移す。

 

 それにしてもーー。

 改めて彼女の姿を眺めると、面接の雰囲気にそぐわない格好をしていた。


 藍色あいいろのワンピースの上に、派手な桃色ピンクの布地をした、端に白いヒラヒラがのぞくジャッケをはおっている。

 ワンピにもジャッケにも、所々にラメの刺繍が入ってるようだ。

 持ってるバックは、ブランド品ーー。


 私、星野ひかりは内心、つぶやいた。


(なんだか、いかにも〈お水あがり〉っぽいんですけど……)


 兄とともに、手にする履歴書に、目を落とす。


 名前は、白鳥雛しらとりひな

 二十七歳……。


(ーーあ、そうなんだ。

 さっきの正宗くんよりも、年長さんなんだ。

 兄貴と同い年か。

 ふうん。

 言われてみれば、そんな気がする……)


 アラサーまであと一歩……。


「二十五歳を超えると、年月の歩みが早いぞぉ〜〜」


 と言っていた、〈兄貴の口癖〉を思い出す。

 私は首を振って、気を引き締めた。


(今は仕事中よ。集中、集中……)


 再び白鳥雛さんの履歴書に目を通す。


(ーーなになに……。

 福岡の博多から上京したのは、料理関係の専門学校に進学するため、と……。

 そのくせ、料理学校は一ヶ月もしないうちに退学ってーー。

 親泣かせだなぁ。

 その後、都内中小企業に事務職で就職……)


 そこまでの履歴を見て、私は顔を上げ、雛さんを見つめた。


 中小企業って言ったって、就職は楽ではなかったはず。

 今は一昔前に比べたら就職しやすいっていうけど、それでもパートやバイトならともかく、正社員として会社に入り込むのは難しいはず。

 兄の新一と同世代なんだし。

 こんな学歴で……。


 そんなことを思っていると、まるで私の内心の声が聞こえたかのように、白鳥雛さんが甲高い声をあげた。


「マジで、そんな履歴書じゃ、〈ワタシらしさ〉はちっとも出てないし!」


 いきなりの発言で、私は面喰らって黙り込む。

 が、兄は問いかけた。


「あなたにとって、〈ワタシらしさ〉とは?」


 雛さんは両目を爛々らんらんと輝かせ、口を開いた。


「マジもんで、沼にハマってるトコが、ワタシ自身を表してんのよ。

 わかる?」


 異様に高いテンションで言い放った。

「沼にハマってる」ーー要するに、「のめり込んでる」ところが、自分らしさを表してる、と言っているらしい。


「あなたが、のめり込んでいるものって?」


 と、兄が重ねて質問すると、待ってましたとばかりに、雛さんはフフンと鼻息を荒くした。


「ワタシ、〈ホス狂〉なの! 

 あ、でもね、もう卒業したい、とも思ってる。

 マジで、お金いっぱいかかって、ヤバいんだから。

 オキニを推すと、キリがないーーみたいな?

 でも、あの雰囲気と場所が好きなのよね」


「なに?」


 兄がわからないという顔をして、私の方に目をる。

 なによ、私も知らないわよ、そんな言葉。

 首を横に振る。

 そしてーー。


「ほすきょう……??」


 と、私も雛さんの発した言葉を鸚鵡おうむ返しするしかない。

 すると、再び、「その問い、待ってました!」とばかりに、彼女は声を荒らげた。


「決まってるじゃない。

〈ホスト狂い〉の略称よ!」


 ここから、白鳥雛さんの滔々とうとうとした大演説が始まった。

 彼女の日常生活を髣髴ほうふつとさせる、一代ホスト遍歴の歴史だった。


 あまりに長い話になるので、ご両親との確執などの詳しい事情は割愛して、かい摘(つま)んでまとめるとーー。


 地元福岡で、彼女には親の決めた許婚いいなずけがいたんだけど、婚約破棄して上京。

 下宿先が新宿近くであったのが運の尽き。

 女友達の誘いで、ホストクラブに通い詰めることになった。

 企業での事務職も、ホスクラに通う資金稼ぎの方便にすぎなかった、とのこと。

 ちなみに、白鳥雛のイチ推しのホストは、決まってオラオラ系(?)だったらしい。


「俺をオトコにしてくれ!」


 というホストのセリフを聞くたびに、彼女は金を貢ぎ続けたという。

 好きなホストが店でNO・3だったから、彼をなんとかNO・1ホストにしてやろうと、とにかくシャンパンをあけにあけまくって、貢ぎまくったそうな。


 当然、中小企業のOLでは、すぐさま資金が枯渇こかつする。

 だから、夜はガールズバーなどでバイトして、仕事の掛け持ちをする。


 そんな状態で、寝不足が続き、職場で居眠りばかりしていたので、ホスト狂いが「会社バレ」して、失職。


 ついには、


「ヤバい。このまんまじゃ、さらに沈んじゃう!?」


 って危機感を持ったときに、この派遣会社の住み込み仕事を知った、という。


(う~~む、凄まじいまでの崖っぷち……)


(だから、求職にこれほどの熱量を持ってるのか……)


 私たち兄妹は二人して腕を組み、うなるしかなかった。


 大演説を終えると、頭を深々と下げ、白鳥雛さんは叫ぶ。


「お願い! 住まわせて。仕事下さいッ!!」


 たしかに、文字通り、生活がかかっている彼女は、熱心に仕事してくれるかもしれない。


 けれど……。


 ためらって、言葉が出ない私に代わって、兄の新一が気になってることを口にした。


「白鳥さん、ひょっとしてオトコいたりしない?

 本来、私生活をどうこう言うのは趣味じゃないけど、いちおう、ウチに来るとなれば部屋住みなわけだし……」


 うんうん、と私も激しくうなずいた。


 すると、雛さんは今にも泣きそうな表情になり、


「そんな心配、いらない。マジで!」


 ときっぱり答えた。


「ええ? そうなの!?」


 私は驚きの声を上げて、確認をした。

 雛さんのような容姿と性格だったら、絶対に今でも男に操られていそうな気がしたから。

 念押しするように、


「信じていいのね?」


 と私がくと、雛さんは目をうるませて、コクリとうなずいた。


 そして半泣き顔で、


「ワタシ、マジでヤバい。呪われてるんです……」


 と消え入るような声でつぶいた。


「どういうこと? なんか怖いわ」


 私は一瞬、背筋が凍る思いがした。


 目の前でーーそれもコッチの現実世界でーーオカルトな話を聞いたことがなかったので、胸がドキドキする。

 それなりに可愛らしい容姿の雛さんを、マジマジと見つめてしまった。


 兄は不思議そうな表情をして、彼女に問いかけた。


「君は呪いを信じているの?」


「もち、マジでヤバいんだって、呪いは!

 だって、ワタシ、今まで何人も、王子ホストをNO・1に育てたんだよ。

 エースだったの、ワタシ。あ、担当ホストの太客ってこと。

 でも、NO・1になったとたん、王子がみんな変わっていくの。ヤバくね?」


 要するにーー彼女が貢いだホストたちはみな、傲慢になって身を持ち崩したり、身を固めるとか言って、よその女と結婚したりして、歌舞伎町から姿を消してしまう、という。


「結婚はワタシとするって、王子ホストはみんな言ってくれてたしぃ……」


 なかには心療内科のお世話になり、ホストを辞める男もいたそうだ。

 白鳥雛さんは涙目になって、項垂うなだれる。


「おかげでワタシ、歌舞伎町界隈で〈プリンス・キラー〉ってゆう異名を持ってんの。

 マジで怖がられてんだよね……」


 私は兄と目を合わせ、小声で耳打ちした。


「どこまでが本当で嘘なのかわからないけれどーー。

 ただひとつわかることは、雛さんからホストが逃げていなくなる、ということよね……」


 兄は私の発言に目をまたたかせて同意を示すと、雛さんに向き直って、優しく声をかけた。


「おそらく、それは呪いではないと思いますよ」


 思いかけず気遣きづかってもらえて、雛さんは意外そうな顔で押し黙る。

 それでも幾分、いぶかしげに、上目遣いになった。


「マジで、そう信じられたら、いいのだけれど……」


 今度は私が雛さんの手を取って、軽く叩いた。


「大丈夫よ。雛さん。私も呪いなんて違うと思う」


 彼女は口からハァと息を漏らして、ぎこちなく返答する。


「ありがと。少し自信持てた。

 ワタシ、今まで、いろんな王子ホストを育ててきた。

 だから、オトコ見る目には自信あんの。

 ーーそれが私の特技。マジで」


 雛の答えを耳にして、私は彼女から手を離し、表面的に笑顔を作る。


(オトコを見る目ってーー全員に逃げられてるのに……)


 口に出かかった言葉を、慌てて飲み込むしかなかった。

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