第9話 面接:東堂正宗の場合

 地下大食堂の見物を終え、私たちは〈応接室〉に戻る。

 そして、すぐさま面接を始めた。


 私、星野ひかりは、改めて東堂正宗くんに視線を向けた。


(ーーうん。スーツを着て、ネクタイも締めてる。

 いかにも「就職活動に来ました!」という出姿いでたちね……)


 正宗くんはキリッと引き締まった顔で、ちょっと見にはわりとイケメンである。

 体付きも中肉中背で、健康そうだ。

 座る姿勢も背筋が伸びていて、ちゃんとしている。

 

 私は正面に座る男性求職者に目を向けたまま、封筒に入った履歴書を取り出して手に取った。


(名前は東堂正宗。二十五歳。

 ーー学歴は……ん?

 なんと、これは意外。

 日本最難関の大学を卒業しているじゃないの。

 しかも短期間とはいえ、大手総合商社に入社している!?)


 私は動揺して兄の新一を見遣ったが、兄も履歴書を手に驚いた顔をしていた。

 兄妹そろって声を出してしまった。


「凄い履歴じゃないか!」


「なんで東京異世界派遣ウチの求人募集なんかに!?」


 東堂正宗くんは、堂々と胸を張って答えた。


「金がないからです。

 まあ、そんなところですかね、主な理由は」


 私は小首をかしげた。


「どうして金欠なの?」


 かなり繊細で、立ち入った内容なので、ちょっと気を遣うが、やはり聞きたい。

 これほどの学歴で、しかも大企業に入社しながら、わずか三年で辞めているのには理由があるはず。


 正宗くんは自信満々で応じた。


「天才肌の俺には、狭苦しい日本型雇用の会社に馴染めなかったんだ。

 で、サクッと会社を辞めて、学生の頃からやってたネット動画投稿者として食っていけるって悟ったんだ」


 東堂正宗くんいわく、自分は中堅所の動画投稿者である、と。

 チャンネル登録者数4000人。

 最高再生数6万回。

 平均再生2000回ーーとのことだ。


(たいしたもんなんだろうけど……なんか、微妙よね)


 私は彼の自己紹介にどう反応すべきか迷って、再び兄の方を見遣(や)った。

 が、兄もスマイル顔を貼り付けているだけだった。


 兄の新一は幾分、おだやかに構えている。お茶を啜り終えると、


「日々の生活は……?」


 と、尋ねた。


 すると、これまた毅然(きぜん)として、正宗くんは答えた。


「もちろん、実家に引き籠もってゲーム三昧!」


 呆れて、次に何を問おうとしたのか、私は失念してしまった。

 兄も二の句が告げられないらしい。

 そうした私たち兄妹の反応を見て、彼は初めて慌てた様子になった。


「ーーあ。かといって、誤解するなよ。

 俺様は〈選択的ヒキコ〉ってやつだ」


 初耳だったので、私が「選択的ヒキコ?」と問い返すと、彼は得意げに鼻を鳴らした。


「あえて引き籠もってるってこと。

 俗世間の出世ゲームから降りて、人生の空しさを痛感しつつ、あえて引き籠もって仮想空間ゲームという異世界を体験しているんだ」


 なんだ、その中二病的なーーしかも結構アナクロな受け答えは!?


 反射的に苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。

 が、兄は逆におかしそうに口許くちもとほころばせて問いかける。


「なぜ、当社の派遣社員募集に応じたんですか?」


 考えてみれば、私たちはいまだにこれしか問うていない気がする。

 なんで、東京異世界派遣ウチなんかに来たのかーー?


 でもやはり答えらしい答えはないようで、正宗くんは自分の置かれた状況を話し始めた。

 口調のなめらかさとは対照的に、かなり深刻な内容だった。


 父親が死んだのを機に、未亡人となった母親と、兄夫婦が同居することになった。

 その結果、彼は〈選択的ヒキコ〉が出来る状況ではなくなった、という。


「三日前、俺様は不当にも、実家から追い出されたのだ。

 以来、漫画喫茶マンキツ暮らしだったんだが、新橋や丸の内、上野界隈でブラついてたら、ふとした折りに、オタクのチラシが目についてな。

 これだーー! と思ったんだ」


 やや気圧けおされた格好で、私たち兄妹は頷き、妙に納得した。


(確かに漫画喫茶マンキツ暮らしはキツいよね……)


(「住み込み」っていう応募条件のポイントが高かったのか……)


 私たちは互いに顔を見合わせてから、正面に向き直る。

 すぐ近くに東堂正宗くんの顔があった。

 彼のいかにも大真面目な表情に、少なくとも真剣であることは認めるしかなかった。

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