第8話 地下の大食堂

 向かった先は、地下に広がる大食堂だった。


 私、星野ひかりを先頭に、ゾロゾロと四人の男女が、一列に並んで廊下を歩く。

 地下へと延びる階段を降りて、頑丈な鉄製大扉を開けた。


 視界が大きく広がった。


 その瞬間、私のすぐ後ろを歩く男性求職者が、ヒュ〜と口笛を鳴らす。

 次いで、その後ろから前に身を乗り出して、女性求職者が甲高い声をあげた。


「なにコレ。ヤバくない!? マジで、人も物もいっぱいじゃね!?」


 私は胸を張って、紹介した。


「ここが、わが社の地下一階。大食堂です」


 木造二階建てボロアパートのような外見からは、想像もできないほどの広大な地下室が拡がっており、そこには、わが社が誇る大食堂があった。


 実際、この食堂こそが、この会社で一番の実績をあげているといっても過言ではない。

 それほど利益をあげていて、連日、飲み食いする客でごった返していた。


 地下にあっても、昼間のような明るさだ。

 それもそのはず。

 異世界から取り寄せた〈光明石〉を、天井や壁のあちこちにめ込んでいるからだ。

 光明石はみずから光を放つ魔法の石で、しかも、時間が経つと光の色が微妙に変化して、飽きさせない仕様になっている。


 食堂自体の広さは、百畳ほど。

 

 広い調理場は、客席ホールから見えるように開かれていている。

 調理が出来次第、料理が調理場と食堂の境界線にあるカウンターに置かれる。

 これを客がセルフ・サービスで受け取り、自分の席へと持ち運ぶ。

 

 ちなみに、お客さんはすべて、異世界からの訪問者だ。

 この地下大食堂は、〈異世界の住人たち〉のための食堂である。


 緑や赤の硬質肌をした、トカゲと人間の中間であるリザードマンたちが、大皿に盛られた〈昆虫唐揚げ〉を、大勢で舌なめずりしながら食べている。


 リザードマンの親類で、蛇と人間の合いの子であるスネークマンも、身を寄せ合って、山盛りの河豚フグなまで食べている。

 彼らは自らの頭に毒を持っているほど毒耐性が強く、河豚の毒程度にはやられないのだ。


 ほかにも、半人半獣の種族や、一本角を生やした人喰いオーガ、背の低い地下種族ノームなどもいる。


 地下種族の中では、ドワーフが有名だ。

 彼らのたいがいは、百歳を超える白髭の爺さんのような姿をしている。

 もっともそんな相貌ながら、彼らはみな筋肉隆々だ。

 鍛冶職人が多く、日夜作業に明け暮れているから、身体が鍛えられているのだ。

 彼らは今日も集団で、真っ昼間から、猪肉をさかなに大酒を喰らっている。


 食堂ならではの喧騒とともに、異様な雰囲気と匂いが充満していた。


 そんなドワーフの隣り合わせの丸テーブルを陣取っているのが、彼らと犬猿の仲であり、ドワーフ以上の長命種であるエルフたちだ。

 彼女らはほっそりとした身体つきをしていて、いずれも美男美女だ。

 尖った長い耳が特徴で、自然を愛し、弓矢をよくする。

 彼女らは菜食主義者ヴィーガンなので、肉や卵だけでなく、乳が入った食物も受け付けない。それでも、それぞれの鉢に盛られた有機野菜サラダに、舌鼓を打っている。


 東京で、異世界人たちが、気軽に食事できるのはこの食堂ぐらいだから、食事時になると連日満員になって当然なのだ。


 東堂正宗も白鳥雛も、驚いて、両目を見開いていた。


「ヤバい。マジで異世界してんじゃん……」


 白鳥雛が、小さくつぶやく。


「俺、断然興味持ったわ! 宇宙レベルで」


 東堂正宗は、目を輝かせた。


 うん。

 これだから、若者は良い。

 ーーそう思って、私たち兄妹は、胸を撫で下ろした。


 正直、信じ難い光景を目にしてパニックにでもなられたらどうしたものか、と思っていた。

 だが、わが社のありようを一発で理解するためには、この大食堂に案内するのが手っ取り早い。


 この求職者二人は、第一関門をクリアしたといえる。

 二人にいくら性格的に難があったとしても、これからわが社で仕事をこなしていくための最低必要条件を満たしていることがわかった。


 私たち兄妹は、ここぞとばかりに、異世界との交流状況を説明する。


わが社ウチはね、こっちから異世界へ人材を送り込むだけじゃない。

 異世界からこっちの世界に来るのも、斡旋あっせんしてるの。

 こっちの世界で、異世界の方々がやる仕事ってのも結構あるのよ」


「そうなんだよ。

 ほら、事故物件から幽霊を追い出すとか、都市伝説になるほどの禍々まがまがしい場所で、何者かと戦ってもらう、とか……」


「ほかにも、疫病対策にも一役買ってもらったり、戦場に戦力として投入したり……。

 ああ、こういったのは、たいがいが国の依頼ね。

 私たちには、あまり関係ないわ」


「うん。わが社ウチは斡旋まではするけど、異世界の人たちの管理は、元いた異世界の人たちや組織がやってるから。

 こっちの世界の私たちは、基本、ノータッチなんだ……」


「それにしても、すごい光景だな!」


 東堂正宗は、リザードマンたちが肉を頬張ほおばるさまを、一心不乱に見つめていた。

 そして、リザードマンの尻尾が床を叩く音にあわせて、リズムをとって、足を踏み鳴らしている。


「あ! あの人、超カッコ良くね!?」


 一方、女性求職者の白鳥雛さんは、ワイン・グラスを傾けるイケメン吸血鬼ヴァンパイア紳士に、視線が釘付けのようだ。


 やがてリズムを取るのをやめた正宗が、ポッケからスマホを取り出し、


地下食堂ココってもいいスか?」


 と、私に聞いてきた。


 なるほど。

 たしかに、こんな非日常な世界を垣間見たら、記念に撮っておきたくもなるでしょう。

 トカゲや鬼、吸血鬼みたいな化け物が、一緒に飲み食いしている現場なんだからーー。


 

「無駄ですよ」


「なんで?」


 食い気味に問いかける正宗くんに向かって、私は自らのスマホを手にして説明した。


「異世界から来た人々は霊波オーラをまとっているの。

 別の世界での生体条件を維持するための働きね。

 その霊波が邪魔して……ほら!」


 スマホで写真を撮ってみせる。

 覗き込むと、かすみがかかった幽霊写真みたいな映りをしている。

 異世界生物を撮影しようにも、どうしてもこうしたぼやけた映像しか撮れないのだ。


 私は自分で映像確認をしたあと、画面を二人に見せた。

 正宗は、スマホ画面を、食い入るように見つめる。

 それから、自分のスマホをポッケから取り出し、彼自身の手で動画も撮ってみる。

 そして、その成果を自分で確認してみた。

 やはり、ボヤけて、なにも映らない。

 

 それでも、彼はあきらめの悪い性格をしているらしい。

 スマホを片手に、敬礼するような仕草をした。


「映りが悪いのは、了解した。

 でも、勝手に撮らせてもらう!」


 私は、「どうぞ」と返答した。


「いずれ、画像処理して、よく見えるようにできるはず。

 そしたら、宇宙レベルのスクープだ!」


 ほんとうにしつこい性格のようで、正宗くんは陽気な声をあげていた。

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