第7話 ようこそ、株式会社東京異世界派遣へ! ようこそ、株式会社東京異世界派遣へ!

 いい大人なのに、玄関先で喧嘩騒ぎをしてもらっては困る。


 私たち兄妹は、二人をうながし、玄関をあがってもらう。

 すぐさま〈応接室〉に案内した。


 兄の星野新一が、お茶の用意をしている。

 その間に、妹である私、星野ひかりは、二人に、ソファに座ってもらう。

 二人の男女は、不安げな目で、招き入れた私たち兄妹の様子を見つめている。


「私の名前は、星野ひかり。

 こちらは、兄の新一です。

 兄妹で会社を運営してます」


 私は居住まいを正し、自己紹介をした。

 社屋は古びた木造建築だけど、一応、わが社は株式会社である。


 ソファに座る男女が、次々に返答する。


「俺の名前は、東堂正宗とうどうまさむね

 宇宙レベルで、出来る男です。よろしく!」


「ワタシ、白鳥雛しらとりひなっていうの。

 こんなヤバいオトコより、採用して損はないと思うけどぉ」


 そして再び、求職者二人が、互いに睨みあう。


「ふう……」


 私の口から、思わず吐息が漏れた。


(この二人、どっちもどっちなんだよねー。

 なんで、こんな人たちばっかり……)


 兄の新一が、お茶をお盆にせてもってきた。


「どうぞ、お茶です。リラックスして」


 そんな二人を前に、私がコホンと一つ咳払いをした。


「ご安心を。私たち、人材派遣会社は、生活苦の方を応援しております」


 まったくの綺麗事だが、綺麗事も言えないような社会よりは、マシだと思う。

 私は真面目に、そう思っている。


 だが、やや上から目線な発言に、同性である女性の方が、不満そうな声をあげた。


「なぜ募集人員が、たった一名なんですかぁ?」


 私はニッコリと微笑み、端的に説明した。


「住み込みのために空いている部屋が、一つしかないからです」


 すると、再び彼らは互いに睨み合い、次いでほぼ同時に、私の方に視線を向ける。


「だったら、絶対、優秀な、この俺様を採用すべきだ!」


「マジ、なにいってんの!?

 オレサマなんてのが、優秀なわけねぇし。

 アンタ、マジでイカれちゃってる系?」


「ばか、おまえよりか、ぜってーデキる男だ!」


(ふう……)


 私は二人のののしり合いを観察しながら、頬に手を当てた。

 これじゃあ、落ち着いて面接が出来ない。

 とりあえずは、解決策を提示しておこう……。


「慌てないで。

 もともとの求人は一人ですけど、お二方を同時に雇用することは可能です。

 なぜなら、片方の人材が派遣されている間、もう一方が、その部屋に住み込んでいればよいわけですから。

 つまり、部屋の共有は可能、ということです」


「え?」


 今度は、男の方が身を乗り出す。


「派遣先で、泊まり込みがあったりするのか?」


 たしかに、通常の派遣仕事は、一日で終了する。

 日雇い同然の仕事依頼が多いのが現状だ。

 もっとも、それは「通常の」派遣業務である場合だったりする。

 だから、私はわざとゆっくりとした口調で答えた。


「ええ。わが社の住み込み従業員は、通常の派遣会社とは、まったく異なった場所へと派遣されます」


 男は思わず隣の女と顔を見合わせてから、問いを重ねる。


「どこへ?」


「依頼により様々です」


 私は相手の目をじっと見ながら、受けこたえる。


「とりあえず言っておけば、日本国内の企業や家庭ではありません」


「いきなり、海外勤務?」


 男が驚いた声をあげると、隣で女性が慌て始めた。


「え。ヤバッ! ワタシ、英語、出来ないんですけどぉ!」


 ま、よくある反応よね。

 私は、ふふふと笑みを浮かべた。


「構いませんよ。

 派遣先は英語圏でないばかりか、そもそも外国じゃないんで。

 言語については、問題ありません」


 再び顔を見合わせる求職者たち。

 そんな彼らに、兄の新一が後ろから近づいて来て、


「パンパカパーン!」


 と間抜けな声をあげてから、手にしたクラッカーでパンッ! と派手に鳴らした。


「ここで朗報!

 住み込み従業員登録の方には、豪華な特典!」


 いきなり発せられた音にビビって振り返る二人に、兄は両手を広げて高らかに宣言した。


「派遣先は異世界です! 

 めくるめく冒険をお楽しみいただけます。

 しかも、お金までもらえる。

 なんてお得なんでしょう!」


 二人は口をあんぐりと開けたままで声を発した。


「異世界?」


「異世界って……あのラノベやアニメとかであるような……?」


 私は拳を強く握り締め、小さいながらもガッツポーズをとる。


「そう。ラノベやアニメであるやつ。説明が省けて助かるわ」


 ほんと、世の中の娯楽作品が、ようやく私たちの業務を説明しやすくしてくれた。

 時代がやっと、私たちに追いついてきたというべきか。

 父の代に創業してから四十年強ーー。

 長かった……。


 少しの間だけ感慨に浸ってから、即座に説明を始める。


「それこそ〈三千世界〉っていわれるぐらい、たくさんあるのよね、異世界ーー」


 さも当たり前のように、お茶を口にしながら話を続ける。


「そんなたくさんある異世界から、わが社へ派遣依頼があるのよ。

 で、依頼が来たら、条件を詰めて契約する。

 契約ができたら、君たちが派遣員として、即、その世界に行ってもらうの。

 それがお仕事」


 二人はまたもや、互いに顔を見合わせてから、おずおずと切り出す。


「どうやって異世界に? まさか……」


「トラックでかれて、転生するとか……?」


 私の後ろで突っ立っていた兄が、慌てて声をあげる。


「ちがう、ちがう。

 それじゃあ、死んじゃうよ。

 マンガやアニメの見過ぎ!」


 私も釣られたように、慌てた口調で訂正する。


「違うの。転生ってやつじゃないの。

 基本的には……転移? 

 それとも、召喚? 

 よくわからないけど、そういった現象よ。

 つまり、身体ごと、そのまま異世界へ行くんです」


 そして兄の新一が胸を張って、駄目押しのように宣言した。


「ちなみに、当社の正式名称は、株式会社『東京異世界派遣』といいます。

 ようこそ、わが社へ。歓迎しますよ!」


 二人とも、ポカンとした顔をしていた。

 あまりにも異次元な話で、全身の力が抜けてしまったようだ。


 兄の能天気な調子に合わせるかのように、妹の私もフットワーク軽く立ち上がった。

 そして、目の前の求職者二人に向けて、手を差し伸べた。


「いいでしょう。

 論より証拠。百聞は一見にしかず。

 ついて来てください」

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