第6話 派遣バイト君たちとの出会い

 話をさかのぼること三ヶ月前ーー。


 ここは東京駅の裏。

 八重洲地下街のある出口にほど近い、歩いて五、六分の場所にある。

 といっても、もちろん、あの有名デパートでもなければ、オフィスビルでもない。

 ビルの谷間にひっそりと建つ、二階建て木造家屋に看板を掲げただけの会社ーー。


 東京のど真ん中で、ひっそりと営業しているが、一風変わった人材派遣会社だ。

 派遣を生業なりわいとして、しかも木造家屋で、従業員の住み込みまで可能。

 ーーというと、家政婦さんかなにかを派遣している会社に思われるだろうが、じつは違う。

 わが社が人材を派遣していることには変わりがないが、派遣先が違う。

 そこら辺の工場だったり、お金持ちの大邸宅というわけではない。

 もっと異質な場所へ人材派遣をしている、特殊な会社なのである。



 朝の六時半ーー。

 その日の朝も、星野ひかりは、伸びをしながら、玄関の鍵を開けに出向いた。

 この社屋は、星野兄妹の自宅でもあるから、ゴミ出しの準備も必要だ。

 営業を始めるには早いけど、玄関も軽くいておきたい。


 玄関は、古風な引戸型だ。

 鍵を回し、ガラス越しに目をらせば、向こう側がけて見える。


 まだ早朝だから、誰もいない……と思っていたら……。

 若い男女の声が、響き渡っていた。


 人影が二つ、手足を動かして、バタバタしている。


「俺の方が先だろうが!」


「なにいってんの! ずうずうしい。

 まじ、ウザいんですけどぉーー」


「うるせー! どきやがれ」


「ヤバッ!

 アンタ、まじでクズ?

 ワタシ、男を見る目に、狂いはないんだけど。

 アンタ、クズ確定だしぃ」


「なんだよ、〈男を見る目〉って」


「マジで、アンタ、見た目、クズじゃね?

 ウケる」


「なんだと!? スタイリッシュにしてんじゃねえか」


「スタイリッシュって、なにソレ。

 テーヘンがイキってる、みたいな?」


「うるせえ。お前だって、ロクな女じゃねー」


 星野ひかりが、怪訝けげんに思いながら、扉を開けてみたら……。


 ひかりと同年代ーー二十代の男女が、玄関扉のまん前で、暴れていた。

 お互いの身体を、押し合いへし合いしあっている。


 若い男女の醜態しゅうたいをぼんやりと眺め、ひかりはポンと手を打った。


(へえ、そうなんだーーあの募集広告で、二人も人が釣れたのか……)


 玄関口に、一枚のチラシを貼り出していた。

 そのチラシのうたい文句は、以下の通りであった。


『住み込み従業員、緊急募集一名。

 年齢、職歴、経歴不問。』


 正直、今時、貼り紙で従業員募集したところで、誰も来ないと、ひかりは思っていた。


 ネットで募集したかったけど、わが社はHP《ホームページ》もなければ、会社としても、ひかり個人としても、SNSも使っていない。

 わが社の業務が、表立って宣伝できるような業種ではないからだ。

 それなのに、求職希望者が二人も来たってことは、まあ、これはこれで運が良かったかも。


 私、星野ひかりは、腕を組んで独りごちた。


「そうね。何事も神様の導きがあるものだって、よくお父さんが言っていたわね……」


 とにもかくにも、そのチラシを睨みつけた若い男女が二人、共に扉のこちら側に入ろうとして、しかし互いに譲り合わないので、入口でひしめきあっていたーーというわけだ。


 玄関先での騒がしさに、兄の新一が、眠そうな顔で廊下を歩いてきた。


「ひかり、何事かな? 表がうるさいぞ」


「なんでもないわ。兄さん。求人募集の人たちよ」


 引き戸を大きく開け、兄妹そろって、二人の男女を見つめた。


 二人の男女が格闘中だった。

 鬼の形相で、互いを睨み付けている。
 二人とも肩で息をしていて、互いの身体を押し付け合っていた。

 髪も服装も乱れていて、バトルの跡が痛々しい。


「ねえ、ねえ、兄さんこの人たちヤバいよ。

 なんか、人として、ダメな感じがあふれてない……?」


 私は小声でささやいた。

 一方、兄の新一は、私のおびえた表情を見て、クスリと笑った。


「元気があっていいじゃないか。それに若いし。

 とりあえず、面接してみよう」


 兄は、明るい声を、二人に向けて放った。


「二人とも、お静かに。

 従業員募集は、随時、受け付けておりますから、ご安心を」

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