第5話 女性派遣バイトさんは、貴族社会で逆ハーレムを堪能中!
今度、私、星野ひかりがモニターのチャンネルを変えて監視すべき派遣バイトは女性だ。
もとよりの依頼からして「若い年頃の女性」を派遣希望されてのことであった。
場所は中世ヨーロッパ風の宮殿。
今、目の前のモニターには、その宮殿内部の
その豪華なパーティー会場ーー。
派遣バイトさんは純白のドレスをまとって、金髪のお嬢様を取り巻く令嬢方の一員になっていた。
周囲を取り巻く人々は、みな陶器のように白い肌をしている。
広大な部屋に置かれた幾つもの丸テーブルには、美しく飾られたお料理とお菓子がズラッと並べられていた。
向こうの世界での名称は知らないが、料理の外見がこちらのものに極似しているものも多い。
豪奢なテーブルには、コテコテの豪華な料理が並んでいた。
デザートや口直し的な食べ物も、華麗に
冷やしたサーモンを、コンソメゼリーで固めた寄せもの。
蟹をチーズ煮したのを、シュークリームの皮で包んだ揚げ物。
さらにはムール貝を蒸し焼きしたものといった、様々な食材が調理されて器に山盛りにされていた。
モニター越しに見ている私までもが、思わず唾を飲み込むほど、美味しそうであった。
それなのに派遣バイトさんは、あたかも生来の貴族であるかのような振る舞いで、いずれも少し口に付けた程度で皿を下げさせ、
「ワタシはもっとサッパリとしたのをいただきたいわ」
などと、向こうの貴族言葉で優雅にのたまう。
そんなわがままな注文に応じて、パーティーを仕切る執事たちが、
モニター越しに見ていた私は、つい赤色の通信ボタンを押してしまった。
なるべく干渉はしたくないのだけれど、この派遣している白鳥雛さんの態度にイラついてしまったからだ。
「雛さん、わがままを言うことと、レディな振る舞いは違うのよ」
突然脳内に声が響いたので、白鳥雛は目を
「ヤバッ、なにこれ、気持ち悪い。
その声ーーひかりさん?」
「もう三回目の派遣なんだから、事前に知ってるはずでしょ。
脳内で通信できるって」
「そんなこと言われたって、マジ、慣れないんですけど。
それより、ここヤバい。最高に楽しい。
おいしい料理に、イケてる男!
ワタシにぴったりのバイトじゃね?
まじ、シャンパンタワーしたい気分。
今月のナンバーワンを決めたいんですけどぉ!」
「雛さん。シャンパンタワーのことは、いったん忘れて下さい。
今、仕事中ですよ!」
「それ、無理。
だって、ワタシ、マジでシャンパンコール聞くために働いて……イヤイヤ、そうじゃない、もうホストは卒業したの。
だから、マジ、頑張ってるんだし」
「そうですか。それなら、あとはしっかり、お仕事して下さいね」
「大丈夫、まかせて。
プリンス•キラーの異名を持ってんだから、ワタシ。マジで。こんなの楽勝!」
「ヒナさん、プリンス・キラーの意味がよくわからないです」
「マジ? ウケる。そっちこそ、ワケわかんないんですけどぉ。
ふふ……聞きたい?」
「別に、聞きたくないです」
パーティー会場の大広間では、楽団が優雅な音楽を奏で、目にもまばゆいシャンデリアが、キラキラと輝いている。
極上のワインが、甘くて口あたりがいいのだろう。
白鳥雛は喉をゴクゴクと鳴らし、ワインを何杯も飲み干していく。
雰囲気にも、お酒にも、すっかり酔わされてしまったようだ。
大丈夫だろうか?
モニター画像を観ているだけで、ハラハラする。
案の定、派遣バイトの雛さんが、頬をほんのりとピンク色に染めて佇(たたず)んでいると、男性から声をかけられていた。
「君、ずいぶんといい飲みっぷりだね。
さっきから、ずっと見ていたよ」
いつのまにか、雛さんの周りを、五、六人の貴族子息が取り囲んでいた。
みな、若くて気品のある、美しい男達だ。
「初めて見る顔だね。どこから来たの?」
「え〜と。ワタシ、おとぎの国からきたんですよ、マジで。
だって、ワタシ、プリンセスなんだもの。えへへ」
モニターを観ていた私は、慌てた。
内心、毒つく。
(なに、いい加減なこと言ってんのよ。
言葉使いと態度には気を付けるように、と言ったのに……)
私の心配をよそに、白鳥雛は
だが、そうした余裕のある振る舞いが、向こうの世界の貴族社会にマッチしていたらしい。
貴族の子息達が、いっせいに笑った。
「面白い人だね。会話も洗練されている」
「あなたのような
「一緒にいて楽しい女の子っていいよね」
「よろしかったら、お名前を教えて下さい」
イケメンに囲まれて口々にほめそやされて、派遣バイトさんは有頂天になっていた。
「ヤバッ。まじで、モテ期きたーー!?
でもみんな、イイ男。ひとりには決めらんない!
よぉし、こうなったら全員ワタシの恋の奴隷にしてしまえ!」
派遣バイトの白鳥雛は、胸元を飾っているピンクダイヤモンドのネックレスを、子息達にかざして見せた。
ピンクダイヤモンドがシャンデリアの反射を受け、
様々な色合いの
男性陣はいともたやすく、派遣バイトさんの
恋心を抱いて、
私、星野ひかりは赤色ボタンを押した。額に手を当てながら。
「
なぜ全員に〈
目的の人は、ひとりですよね?」
「あーわかってますってばー。ついうっかり。
だってこんなチャンス、そうそうない。
ひかりさんだって、絶対使いますよぉ」
「私は絶対使いません!」
「ひかりさん、マジメでお堅いから。
でも、ワタシは、王子様と夢の世界に行きたいんです、わりとマジで」
「そういう事ではないよね。仕事が最優先だから!」
派遣バイトの白鳥雛さん、いっけん見た目は悪くないというか、かなりの美人さんなんだけど、口を開くと欲望丸出しな感じになってしまうのが欠点だ。
イイ男に弱く、彼女が今回の仕事に乗り気になったのも、モニターに映った依頼主の子爵様が渋めのイケメンだったから、という馬鹿げた理由だった。
「ヤバッ! 行きたい、行きたい!
ワタシ、あーゆーところ、憧れだったの!」
駄々をこねる子供のように、私や兄の新一の腕に
依頼条件が合っていたから派遣はしたが、不安は
依頼内容は単純だ。
さる帝国子爵家のご令嬢が、公爵子息と婚約しているが、その婚約を解消したいーーと、娘の父親の子爵サマが依頼してきたのだ。
公爵と子爵とを比べたら、公爵の方が上位に位置づく。
だから、子爵家とすれば公爵家と縁付くのは歓迎するものだ。
ところが、この縁組には素直に喜べない理由があった。
公爵子息がかなり粗暴に成長しているらしいのだ。
(この公爵家のボンボン、外面はとても良いっていうのが面倒よね。
そのくせ、陰では
相手が自分に刃向かえないと知ってるがゆえの振る舞いよね……)
父親の子爵が、
「このまま娘が不幸になるのを見ていられない。
なんとかして欲しい」
と言って来たのだ。
『娘の婚約を解消して欲しい』という、まことにわかりやすい依頼内容だったわけだ。
でも、この〈異世界〉は、地球でいえば、西欧中世的な、封建制の貴族社会だ。
そう簡単に、婚約解消は出来ない。
相手の男性側が、身分上の公爵家で、しかも父親の公爵は宰相を務めており、現在、権勢を誇っている。
普通なら、娘がどうなろうと、縁付くためには婚姻関係を歓迎するのが筋のところだ。
だから、婚約を格下の娘の側から破棄するのは難しく、なんとか公爵子息に娘以外の女性に執着させるなどして、向こう側から婚約破棄を宣言させられないものかーーという。
普通、そんなことされたら、娘さんが疵物になるのでは、と心配してしまう。
けれども、そうした悪評を受けようと、娘の婚約を破棄させたい、と父親の子爵サマは、モニターの向こうで、目に涙を浮かべながら訴えていた。
それほど、父親として、娘に愛情を注いできたのだろう。
私なんかはつい、もらい泣きしそうになったほどだ。
でも、ほんとに単純ながらも、難易度の高い依頼をしてきたな、というのが正直な感想だ。
人の心を操るのは難しい。
しかも、相手は文化がまるで違う異世界人の高位貴族男性なのだ。
依頼を受けるかためらっていると、兄の新一が決断してくれた。
「報酬も悪くないし、雛さんも積極的に行きたがってる。
引き受けよう」
「でも、雛さんで大丈夫かしら? なんか、不安」
「心配しても仕方ない。
『運は曲がらぬ道』って言うじゃないか」
「知らないわよ。そんな言葉。
どうせ、ことわざかなにかなんでしょうけど」
「うん。いかなる運命でも、それは正当なものだから、素直に受け取るべきだーーっていう意味」
「そうねーー雛さんが乗り気だっていうのも『運命』か……。
だったら、やるしかないわね」
実際、報酬はかなり高額だ。
向こう側での金貨五十枚ーーこちらではおよそ二百万円強の価値がある。
派遣バイト女性の白鳥雛さんも、大喜びだった。
「やりぃ。イケメンに会えて、お金もゲット!」
と騒いでる。
たしかに、白鳥雛さんには、異性に限らず、あらゆるモノを
だからといって、うまく公爵子息の気を惹き、子爵令嬢との婚約を破棄するにまで、持って行くことができるのか。
じつに
(ふう。やれやれ……。こんな調子で大丈夫なのかしら)
兄の方に目を遣れば、ようやく、男性派遣バイト君の方での、依頼達成による契約解除を果たしたようで、椅子に深くもたれてコーヒーを飲んでいた。
あとは派遣バイト君ーー東堂正宗くんの意志次第で、好きに帰還できるはずだ。
帰ってくるかどうかは未定だけど。
◇◇◇
とにもかくにも、ちょっと癖がありながらも、能力的にはなんの変哲もない、二人の若い日本人の男女が、なぜ異世界に派遣される仕事に
それには、それなりの
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