第4話 魔王討伐って、(今回は)聞いてないよ!
私、星野ひかりは、バイト君ーー東堂正宗くんへの通信を切った。
通信する時は赤色のボタンを押して、切る時は白色のボタンを押すことになっている。
白色ボタンを押す際には、怒りで指が震えていた。
「ひかり、イラつかないで。落ち着いて。
こういう行き違いは、よく起こることだ」
いつのまにか、私の横に兄の新一が立っていた。
兄ーー星野新一はいつも冷静だ。
眼鏡の奥で光る目が、今後どう対処すべきか計算しているのがわかる。
「だって、兄さんひどいと思わない? 最初の依頼と違うじゃない」
「うん。そうだよね。これは信頼を失くすことにつながる」
兄はキャビネットの扉を開き、今回依頼を受けた書類一式のファイルを取り出した。
それをもう一度、読んで確認した。
「やはり、おかしい。ウチの会社を
兄はメモ帳とペンを用意して、異世界に通じる連絡手段を取った。
TV型モニターからの配線は、直接、派遣員(バイト君)に通じる回線で、仕事依頼のやり取りは別の配線で行う。
部屋の側面の壁に縦長の機械があり、これによって異世界人と直接交渉していた。
デザイン的にはいかにも旧式(?)で、70〜80年代のSF映画やアニメなんかに出てくる、幾つものスイッチが並び、多数のランプが明滅する謎機械だ。
時折、たくさんの細かい穴が空いた白いテープが延々と排出されたりするが、兄も私も何が何だかわからないので放置している。
他にも数々の円形モニターがあって、発する声に合わせて波打つ表示が出るものや、赤や黄色に点滅するランプなんかが配列されているが、正直、何が何をあらわしているのか、よくわからない。
だが、問題なく該当する異世界に回線をつなぎ、依頼主と交渉することができる。
兄の新一は身を乗り出し、機械から伸びるマイクに手を
「話が違う。魔王が降臨している世界だとは聞いていない!」
兄は謎機械の円形モニターの前に座り、自らが発する声に反応して描かれる波を睨みつけながら、苦言を呈する。
その隣にある四角いモニターには、依頼主の姿が映るはずだった。
ところが、もとよりボンヤリとした映像になることが多いうえに、向こう側で複数人が出たり入ったりしているようで、相手側の様子がよくわからない。
実際、時空を異にする異世界への通信だから、海外と交信する際の複雑さとは比較にならないくらい面倒ではある。
第一、相手側の時間が何時なのか、通信した際のタイムラグがどれほどなのかも、判然としない。
だが、とにもかくにも交渉しないことには話にならない。
何やら早口で新一が喋っているが、どうやら、依頼主側はのらりくらりとして、なかなか
向こう側の声は、兄が現在使用している謎機械のヘッドフォンでしか聞こえない。
だから、私、星野ひかりには交渉の進捗状況はよくわからない。
けれども、どうにか交渉はできているようにはみえた。
実際、兄の新一はマイクを握り締め、十分ほど何やら怪しげな言語を交えながら交渉した結果、ある一定の結論を得たようだった。
兄は
メモ帳には
「すぐ依頼を
と書いてあった。
私は兄の方を向き、うなずく。
兄は交渉上手だ。
なんとか目的を果たすことが出来るだろう。
そもそも、今回は、依頼主の王国側が、契約条件を破っている。
自分たちの世界の現状説明を怠っていた。
しかも意図的に情報を隠していた可能性が高い。
加えて、派遣バイト君は、すでに商隊護衛の役目だけでなく、森に巣食う魔物群の
だから、派遣依頼の内容は達成されている。
じきに派遣バイト君は、こっちの世界に送り返されてくるだろう。
(ふう……)
私は伸びをして、一息つく。
それから改めて紅茶を口に含んでから、コントローラを手にして、モニター画像を切り替える。
二人のバイトを監視するためには、ほんとうはモニターが二台あれば都合が良いのだけれど、残念ながらチャンネル切り替えしか監視方法がない。
この〈異世界交信モニター〉の複製が困難だからだ。
旧式のブラウン管型テレビのような格好をしたモニターだけど、これは単に昭和レトロを気取った代物ではない。
現代科学の最先端でも実現されていない、超科学映像機である。
異世界発祥の魔法技術をふんだんに取り入れた精密機械だからだ。
わが社に一台しかない、貴重なモニターである。
複製しようにも、設計図も残っておらず、調べるために分解するのも
だから、もう一人のバイトの様子を監視するためには、画面を切り替えるしかない。
幸い、派遣先の異世界には、バイトを派遣した段階でチューニングが合わせられる。
画面切り替えボタンがコントローラーに四つ付いているから、最大四つの異世界と同時中継できるようだ(まだ、そんなに多人数の同時派遣をやったときはないけど)。
とりあえず私は、もう一人の派遣バイトが行った異世界にチャンネルをあわせた。
(あの
ハァ、大丈夫かしら……)
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