第3話 チートになったバイトくんは、手がつけられない

 私、星野ひかりの業務は、異世界に派遣したバイトに指示を出し、依頼を遂行してもらうことであった。

 ところが、この派遣バイト君ーー東堂正宗くんは、すぐに暴走する傾向があった。

 ちょっと気に入らないことがあると、すぐチート能力を敵味方に見せつけようとするきらいがある。

 私は、ヘッドホンの脇から延びるマイクに向かって声をあげた。


「ハイ、正宗くん、落ち着いて。

 君が〈できる男〉なのはよくわかっているからーー」


 とにかく、この東堂正宗というバイト君は、すぐ興奮して有頂天になるヒトなのだ。

 きついことを言っても、反発されるだけだったりする。

 それでも、ガツンと言うべき時には、言わなければならないーーそう思って、私は彼に発すべき言葉を探す。

 彼の派遣先は、この地球日本とは異なった時空にある異世界なのだから、何が起こるかわからないのだ。


 でも、私が効果的な制止の言葉を思いつくより先に、案の定、派遣バイト君は勝手に動き出してしまった。


 彼はクルリと後ろを振り返り、幌馬車隊の仲間達を見渡し、大声を張り上げた。


「もう怒った。俺様の本気を見せてやる!」


 バイト君は、剣を天に向かって高く突き立てる。

 剣先が青く光り、そこから静電気のような細い稲妻が、四方八方に拡散しはじめた。


 うりゃあああ!


 彼の咆吼ほうこうに応じるかのように、天候が急変した。

 突如、上空に黒雲が発生して渦巻き、閃光が走る。

 その直後、天空から轟音がとどろいた。


 ドドドオーーン!!


 まさに、天が割れるかのような破裂音だった。

 モニター越しに観察していた私も、ティーカップを机に置き、耳を塞ぐ。

 それでも、耳鳴りがするほどの衝撃だった。


 モニターの画像が荒れた。

 一時、砂嵐状態になる。

 そしてモニター画像が戻ったときには、一面、大火事になっていた。


 大きな火が、黒煙をあげて燃えさかっていた。

 私、星野ひかりは、自分の親指の爪をギリッと噛んだ。


(もう、これだからイヤになっちゃうんだよ……)


 そりゃ、そうだ。

 バイト君は、いきなり魔法力MAXの落雷魔法を放ったのだ。

 あたかも雷が落ちたかのように稲妻が走り、魔物のみならず、大樹や岩場、地面の別なく焼き尽くしてしまう。

 

 しかも、それまで数多くの魔物が、幌馬車隊を付け狙い、取り囲んで併走していたのを、一気に天空から攻撃されたのだからたまらない。

 天空からの雷が幾つも枝分かれして直撃し、魔物たちは瞬時に焼け焦げてしまっていた。

 同時に、辺り一面にも、一瞬で炎が燃え広がっていく。

 周囲何キロもの森林地帯が一瞬で破壊されてしまい、当然、幌馬車隊の周囲は火の海となってしまった。

 このままでは山火事となってしまう。

 幌馬車隊に群れる商人も護衛役も、みな熱にあおられ、酸欠で死亡しかねない。


「ひいいいい!!」


「熱い!」


「灼熱地獄だ!」


「勇者の馬鹿! やりすぎだぞ‼︎」


「俺たちまで焼き殺す気か? ふざけんな!」


 幌馬車隊に乗り込んでいる商人たちは悲鳴をあげ、護衛役は勇者マサムネを口汚く罵った。


 彼らの苦情はもっともだ。

 これでは護衛でもなんでもない。

 単なる環境破壊者だ。


 ところが、どうだ。

 そうした、現地の人々が泡を吹くさまをみて、バイト君は指差して、笑い転げているではないか。

 我が社が派遣したバイト、東堂正宗くんは、文字通りゲラゲラと腹をかかえて笑っていた。


 私はモニターを見ながら、顔をしかめた。


「ホント、性格悪いクズだわ。こんなヒト雇って失敗した……」


 私の嘆きが、彼の脳内に響いたのだろう。

 勇者マサムネは、愉快そうに声をあげた。


「はっははは……! 

 焦るな、焦るな。俺様は勇者だ。

 気圧の調整も抜かりないぞ!」


 私のつぶやきに対して、彼は平然と声を上げて反応する。

 私の声は彼の脳内で響くだけなので、現場にいる他のヒトたちには聞こえない。

 だから、彼らから見れば、勇者マサムネが大きな声で独り言を口走っている格好になる。

 それはさすがに気味悪がられるから、できるだけ大声を出すな、と私はバイト君に指導してきた。

 それでも彼は平気で、みなに聞こえるような大声を出す。


 それにしてもーー。


(ん? 気圧の調整? なに言ってるの、このヒト……)


 疑問に思ったのは、私だけではない。

 現地にいるみなが、彼の発言の意味をはかりかね、呆然としていた。


 が、数秒後、彼が言わんとしていたことが理解できた。

 当然、空から滝のように雨が降り注いできたからである。


 そこでようやく、この〈勇者〉が言ったことの意味を、みなは悟った。

 彼は雷を起こすと同時に、豪雨をも招来し、山火事となるのを食い止めたのだ。


 嵐のような風雨が過ぎると、空には虹がかかり、焼け焦げた大地には、無数の魔物の焼死体が散乱していた。

 でっぷりとした魔物の無残な亡骸なきがらは、見ているだけで、小気味いい。


 勇者マサムネは、その亡骸を足で蹴り転がした。

 そして、魔物の苦痛に歪んだ顔を踏みつけながら、手前勝手にはしゃぎはじめた。


「うわ! 重テー。

 でも、どうだ。こいつらすべて、俺様が退治してやったぞ!」


 しばしの間、静寂が森を支配していた。

 だがしかし、みなの目の前で、山のように積まれた魔物を蹴り飛ばしながらはしゃぐ勇者の姿を見て、ようやく安堵した。


 山火事は防がれた。

 そして、幌馬車隊のみなが、生命の危機を脱したのだ。


 わあああああ!!


 みなが歓喜の声をあげた。

 歓声を代表するように、護衛隊のリーダーが大声をあげた。


「あの何十頭もの狼の魔物を、一撃で一網打尽にするとは……!」


 あの魔物は〈森の群狼〉と呼ばれ、いつも群れて人間を襲ってくる危険な魔物群だった。

 一頭を倒すだけでも、何人もの剣士を必要とするはずであった。

 討伐し尽くすなど、夢のまた夢と思われていた。

 ーーそれを、たった独りで成し遂げたのである。

 まさに彼こそは勇者ーー我々の英雄だ!


 護衛たちは互いに肩を組み、拳を振り上げる。

 商人は幌馬車から身を乗り出し、御者とともに涙を流しながら抱き合った。


 興奮状態となった集団は、留まるところを知らない。

 長らく魔物に苦しめられてきた反動で、人々の感情は昂(たか)ぶるばかりであった。


「いける……これで、いけるぞ!」


「勇者様に、戦場に立っていただくんだ。

 それだけで隣国軍は慌てふためくだろうよ!」


「いやーーそれだけじゃない。

 隣国を操る魔族どもも倒せるんじゃないか!?」


「そうだ、そうだ。魔王討伐も間近だぞ!」


「軍の手をわずらわすまでもない。

 このまま我々で、魔王城まで突撃だっ!」


 おおおおおーー!!


 喊声かんせいがあがり、幌馬車隊は馬をいななかせて進撃を始める。


 ここでようやく、私は驚いて目をいた。

 バイト君の活躍に、ではない。

 現地の人々の反応に、である。


「いや、待って待って!

 隣国軍? 魔族? 魔王!?

 初耳だわ!」


 モニター音声を耳にした私の兄、星野新一も、隣席で身を乗り出している。


「これは……依頼内容から、逸脱した動きだよね」


 兄の指摘に私はうなずき、イヤホン型マイクに声をあげた。


「ちょっと! やりすぎ。みなを止めなさい!」


 イヤホンに声が届く。

 派遣バイト君ーー自称勇者の声が、返信されてきた。


「だよなあ。俺も初耳だよ。

 なに? 魔王って。

 この世界、魔物が跋扈ばっこしてるって聞いてたけど、魔王がいるってのは聞いてないよな」


「私もよ。もう一度、依頼主に現状を確認するから、待ってて。

 とにかく、そのまま暴走するのはナシだから!」


「了解。俺だって死にたくはないから。

 こんなヤツらと一緒じゃあ、魔物とすら満足に戦えない。

 どうやら俺独りしか使えるモンがいないんだから、さすがに不利だよ」


 そう言いつつも、自称勇者の派遣バイト君は、相変わらず群集の先頭を走りながら嘯(うそぶ)いていた。


「いやあ、それにしても、俺、またもや勇者になっちゃってさ。

 おまけに魔王討伐だって。

 ほんと、令和の日本人である俺がどうしてこんなことに……!?」


 なにを某予備校の宣伝文句みたいなこと言ってんだ。

 私、星野ひかりは、モニターに向かって叫んだ。


「あなたが得意になって、魔法を連発したからでしょう!?」

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