第2話 派遣バイト君は、チート気分を満喫中!

(いやあ、こんな気持ち良くなれる仕事があったなんて、ツイてるな、俺!

 雑魚ザコ魔物を颯爽さっそうと切り裂いて、人々から喝采かっさいを浴びてーーほんと、ゲームの勇者様だ)


 俺、東堂正宗は、鼻歌混じりに剣を振り回しながら、上機嫌になっていた。


 中世モドキの異世界に来てから今まで、身に危険を感じることがまるでなかったのだ。

 現地の人々が怖れる〈魔物〉に何度も遭遇したが、難なく撃退できた。


 身体の動きが異様に俊敏になっていた。

 意識が向かうと同時に、身体が反応するというか、とにもかくにも身が軽いのだ。

 そのくせ、脚力も腕力も、格段に強くなっていることがわかる。

 かなり重量があるはずの鋼鉄製の大剣を小枝のように振り回せるし、物凄いスピードで襲いかかってくる狼型魔物からも、サラリと身をかわすことができる。

 ちょっとジャンプするだけで、あたかも宙に舞っているかのごとき浮遊感があった。

 オリンピックやサッカーのワールドカップに出場するアスリートをも凌ぐ身体能力を、自分がもっていることがわかる。


 そう、今の俺様は、人間ではない。

 ヒトを超えた存在ーー〈勇者マサムネ〉となっているのだ!


 ーーとはいっても、中身は勇者でもなんでもない。

 一般人ーーそれも、社会的には立場の弱い、若い日本人の派遣バイトだ。

 いくら精神強化されていても、基本の感性は、ごく一般的な日本人のものである。

 だが、そのギャップが、気持ち良さを生んでいるようだった。


 時折、血濡れた剣を振りかざしては、俺は天を振り仰ぎ、身を震わせた。


(この万能感ーーたまんねぇ!)


 俺はこれまで、気持ちよく魔物を斬り倒していた。

 風がサアーっと森を吹き抜けるのを感じながら。


 熱くなっている額に、風が心地良い。

 息を深く吸い込み、樹々の香りを味わった。

 が、その瞬間、ふと、嫌な匂いを感じた。


(なんだ、この匂い?)


 俺の頭のどこかで、警鐘が鳴った。

 胸が騒いでる。


 息を詰めて、辺りを見渡したがーーなにも変わったことはない。

 それでも、様子がおかしい。

 実際、耳を澄ますと、地響きが聞こえてきた。


(え? どうゆうこと……)


 何かがこちらに、迫ってきている。

 地を踏み鳴らす音が、大きくなって聞こえる。


 間違いない。

 敵襲だ。


(ヤバッ!)


 俺は再度、注意深く周囲をぐるりと見渡す。

 悪い予感は的中した。


 地響きとともに、大勢の魔物が、森の茂みから続々と姿を現してきた。

 その数は、総勢、五十頭を超える大所帯であった。


(ふん、獣のくせに、一丁前に集団行動しやがって。

 テメエらはモブらしく、おとなしく、勇者たる俺様に狩られまくってろよ、ったく!)


 魔物集団の動向をうかがえば、行く手をさえぎられたばかりではない。

 気付けば、幌馬車隊はすっかり取り囲まれていた。


〈魔の森〉の魔物は、凶暴なだけではない。

 豊かな知性を有するのだ。

 魔物たちにとって、幌馬車隊ごと、〈人間〉は狩るべき獲物であった。


 当然、人間たちは息を飲み、身構える。

 幌馬車隊は進行を止め、護衛たちは身を震わせておびえはじめた。

 自分たちの生命が、風前の灯だと感じて……。


 でも、今の俺様は人間ではない。

 ヒトを超えた存在ーー〈異世界から来た伝説の勇者〉なのだ!


 俺は真紅のマントをバサッとひるがえし、周囲を見渡した。


「ハアー。

 かなりの数を斬り捨てたつもりだったけど、これはまたずいぶんと多勢来たな……」


 周囲に集まる魔物集団に眼をってから、俺は盛大に舌打ちする。


 あれほど斬り続けたのに、いまだに懲りずに魔物たちが付け狙ってくる。

 それが気に入らない。

 付け加えれば、後ろで身構える冒険者や商人たちが、いまだに魔物に怯えているのも気に入らなかった。


(なんだよ、魔物も人間どもも、生意気な。

 今までの俺様の活躍を見てなかったのか!?

 魔物のヤツら、知性があるんだったら、俺様に刃向かえば命取りだってことぐらい悟れよ。

 そして、人間どもーーなんだよ、その怯えた表情は。

 みんなして、魔物どもばかりに目を向けやがって。

 おまえらが目を向けるべき相手は、俺様ーー勇者マサムネ様一択だろうが!

 俺様相手に、尊敬の眼差しを向けるだけで充分だろうに。

 ちっ、俺様を信じろよ。

 無知蒙昧な貴様らが、本気で神様を信じるみたいにさ!)


 俺様、勇者マサムネは苛立いらだち、地面を何度も蹴りつけるのだった。


◇◇◇


 日本の東京本社にいながら、異世界を映し出すモニターを前にして、星野ひかりも、勇者マサムネ同様、何度も床を蹴りつけ、苛立ちを隠し切れないでいた。


 彼ーーバイト君の感情や思っていることが、ガンガンこちらに伝わってくる。

 本来、こちらに意図的に伝えようとする意思があってはじめて交信できるはずなのに、彼ーー東堂正宗くんの場合は、ほとんど思考がダダ漏れである。

 それだけ開けっぴろげな性格をしているわけで、おかげで監視しやすいとはいえる。

 でも、だからといって、彼が都合良く動いてくれるとは限らない。

 派遣バイト君自身が感じている感情や感覚が、ある程度、監視者に伝わる設定なのだが、監視者が彼を言いなりに操れるわけではない。

 あくまで現場で仕事に当たっているのは、バイト君本人なのだ。


(もう! 面倒くさい性格よね。

 もっと落ち着いたヒトなら良かったのに……)


 東堂正宗くんは、異世界派遣バイトをし始めたばかりでありながら、かなり自惚屋うぬぼれやで短気だった。

 だから、上司たる星野ひかりが、本社からモニターで監視しなければならなかったのだ。


「手のかかる人ね。自重させないと。

 今の彼を暴走させたら、あっちの世界が大変なことに……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る