東京異世界派遣 ーー現場はいろんな異世界!依頼を受けて、職業、スキル設定して派遣でGO!

大濠泉

序章 東京異世界派遣

第1話 監視役なんて、したくてやってるわけじゃない


 私、星野ひかりは今、椅子に腰掛けて紅茶を飲みながら、あるモニターの映像を眺めている。

 お茶をたしなんでいるとはいっても、実は仕事の真っ最中。

 基本的には映像を見ているだけの仕事だから、簡単そうに見えるかもしれないけど、結構神経も使うし、緊張もする。

 眠れない夜を過ごすことだってよくある。

 だって、人の命がかかっているから。


 この仕事は、父から受け継ぎ兄と二人で運営している。

 私は二十三歳。

 兄の星野新一は二十七歳。

 世間からしたらまだまだ若いと思われる年齢だけど、責任のある重要なーーそして、とても特殊な仕事に従事している。

 兄がいなければ、私だけでは引き受けられなかったと思う。


 今現在の仕事内容は、兄妹でただひたすらモニターの映像を見て、派遣したバイトの活動を観察し、指示を出すこと。

 私たち兄妹は日がな一日中、派遣バイトの働きぶりを見詰めている。

 それが、我が社における、私たち兄妹の基本業務内容なのだ。


 派遣バイトは現在、男女それぞれ一名づついるが、ほんとうなら、こんなふうにモニターを見詰めて、始終監視するようなマネはしたくない。

 プライバシーやら人権やらを云々する以前に、めんどくさい。


 けれど、彼らがいつも危険にさらされる、命がけの仕事をしていることに間違いはない。

 雇用主としては、気を配らざるを得ない。

 それに加え、雇ったばかりの二人は、性格が荒削りなところがある。

 おかげで行動の予測ができず、雇ってからさほど経ってもいないのに、観ていてハラハラさせられ通しだ。


 だったら、そんなヤツらなら雇わなければいいじゃないか、と思うかもしれない。

 だけど、昨今は人手不足の求人難ーー。

 優秀な人材が、ウチに来ないのだから仕方ない。

 おまけに父親の代以来の伝統というやつで、ウチの会社はおおっぴらに求人広告や業務内容を宣伝することはできないのだから、人が来なくて当たり前だったりする。


 今、モニターに映し出されている景色は、鬱蒼とした森の中だ。

 森とは言っても、この地球上の森ではない。

 時空自体を異にした〈異世界〉にある森だ。

 そう。

 ゲームやアニメなどですっかりお馴染みになった、あの〈異世界モノ〉の舞台となってる、あの〈異世界〉だ。


 異世界にも様々あるけど、地球のような近現代社会にまで発展した世界は少なく、人類種が存在する世界であっても、たいがいは古代・中世・近世あたりで進化がストップしている世界が多い。

 だから、バイト君が派遣される先は、高確率で中世・近世程度の人類社会となっている。


 今回、ウチが依頼を受け、バイト君が請け負った仕事は幌馬車隊を護衛することだった。

 六台編成の幌馬車が運ぶ物資は、飲み物や食料といった生活必需品だ。

 これを何キロもの距離を進んで、何日もかけて運搬する。

 この幌馬車隊が到着しないと、飢えてしまう開拓地が幾つも存在するからだ。


 ただし、この搬送事業をするにあたって問題となっているのは、その距離でもなければ日数でもなかった。

〈魔の森〉と称される危険地帯を通り抜ける必要があったことだ。

 だからこその護衛任務であった。


 実際、この二、三年間で、すでに幾つもの商隊の荷馬車が襲われ、五、六十名もの人間が生命を奪われている。

 敵は山賊や盗賊、あるいは敵軍などといった人間ではない。

 魔力を体内に宿した〈魔物〉である。

 本来は狼や猪であった動物が、魔力を大量に含んだ草花や小動物を捕食した結果、変身してしまった。

 図体が元の五倍になったうえに、効果的に集団行動を取るほどの知性を得てしまい、人間を包囲殲滅までするようになった。

 それがこの世界における〈魔物〉である。


 この派遣先の〈魔の森〉の魔物は、なかなか手強い怪物だ。

 他の異世界での魔物と比較しても、結構な魔力を内包している。

 現地の人間が数人がかりでやっと一匹倒せるかどうかというレベルだ。


 でも、じつはその強さや凶暴さは、あまり問題とならない。

 自慢じゃないが、わが社から派遣される人材は怖ろしく強いからだ。


 実際に今、映像を観ると、若い男性派遣バイト君は剣を手にして、次から次へと襲いかかってくる狼のような魔物を斬り捨てていた。

 手慣れたものだ。

 昨晩から数えて、かれこれ三十体は斬り裂いている。


 モニターから気の抜けた声が、漏れ聞こえてきた。


「ハアー。やりきれないなー。

 倒しても、倒してもキリがないよ。

 かと言って身体の疲れはあまり感じられない。気分はハイだ。

 なんか、いいバイト見つけたな。

 俺、ツイてるわ!」


 映像に映っている男性派遣バイト君の声だ。

 深みのある、テノールだ。

 声はいい。

 顔もそこそこいいのに……。

 ちょっと、残念な性格の人なのだ。

 異世界での仕事中だというのに、随分と呑気な口調をしている。

 モニターに接続したヘッドフォン型マイクに向けて、私は声を出す。


「気楽な独り言は後にして。

 まだ任務は終わっていないでしょ?」


 私の声は、直接、バイト君の脳内に響く設定になっている。


「おー? びっくりしたー。

 いきなりはやめてよ、ひかりさん。

 この直に頭に響く声ーーやっぱ、慣れねぇわ」


「悪いけど仕事だから。

 慣れてもらうしかないわよ、東堂正宗くん」


「それで、どうよ?

 俺様の活躍見ててくれた?

 使える男でしょ」


「ハイハイ。もっともっと活躍できますよ。

 それがあなたのお仕事ですから」


 彼を異世界に派遣したのは、これで三回目ーー。

 まだ、たった二回しか派遣仕事をこなしていない新人さんだ。

 それなのに、随分と〈慣れた〉調子で、気軽に異能者チート役をこなす。

 持ち前の能天気さが、彼を救っているようだ。


「ひかりさん、俺様を採用したこと、宇宙一ラッキーだったぜ!」


 ちなみに、自分のことを〈俺様〉と称し、〈宇宙一〉という言葉をあらゆる機会に散りばめたがるのは、このバイト君の癖だ。


 私はモニターを凝視しながら頭を抱える。

 結構、難易度の高い仕事なんだから、真面目にやってもらいたい。


「正宗くん、とにかく油断は禁物よ。

 現場は魔物が巣食う異世界なんですからね!」


 幌馬車隊の護衛役は、彼、派遣バイドの東堂正宗くんだけではない。

 彼以外の護衛役はみな、現地の人ーー異世界の冒険者たちだ。

 かなり大型の幌馬車なので、一台につき、それぞれ十二人の冒険者たちが配されている。

 幌馬車は全部で六台もあったから、正宗くんには七十二人もの〈仲間〉がいる勘定だ。


 たが、彼ら異世界の冒険者たちにとって、わが社の派遣くんは、もはや〈仲間〉ではない。自分たちとは隔絶した〈英雄〉だった。

 彼ら、現地の冒険者たちは、魔物の死骸をあさって、現金収入を得ている。

 だから、派遣くんの大活躍によって、苦労しないで、魔物の死骸がたくさん手に入れられるのが嬉しいのだ。

 みなで派遣くんを手放しで褒めちぎり、称賛の声を口にしていた。


「おお、ありがとうございます、勇者様!」


「私らだけじゃあ、魔物にわれてました」


「それに見てください、この骨!」


「ほんとに、いただいちゃって、良いんですかい!?」


「こんな立派な魔物の牙は、手にしたことがありません!」


「これでわが隊は、安心です」


「これだけ魔物退治をしていただいたら、もう森を突っ切る街道が出来たも同然ですよ!」


 何十人もの仲間から賞讃されたり、英雄視されたりして、派遣くんもまんざらでもないようだ。

 彼は「お、おう!」とうわずった声をあげ、陽気に剣を天に掲(かか)げた。


「俺様ーーこの〈勇者マサムネ〉に任せろ。

 誓って、商隊は守りきって、開墾地に届けてみせる。

 それから王都に凱旋だ!」


 わああああ……!


 人々から歓声があがる。

 称賛の声を背に受けながら、派遣くんは真っ赤なマントをひるがえし、隊列の先頭を進む。


 彼は額部分に蒼い宝石をあしらえた金属製バンダナを巻き、青い戦闘服の上に、革製鎧と膝当てをまとっている。

 そんな格好をして、周りの仲間たちより何倍も機敏に動き、剛腕を発揮した。

 人間を一瞬で噛み殺すことが出来る魔物狼を、一太刀で一刀両断に斬って捨てることができるのだ。


 つまり、我が社の派遣バイトーー東堂正宗くんは、この異世界で、まるっきりチート能力者ーーゲーム世界の勇者となっていたのだ。

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