カマキリの卵

 ところで皆さんはカマキリの卵を見たことはありますか?

 触ったことはありますか?


 パッと見は絞ったスポンジみたいな茶褐色のアレですが、これがなかなか頑丈なんです。

 石みたいに。

 家の外壁についた、孵化した後の卵を取ろうとしても全然取れなかったりするんですよね。


 そこまでは、知っている方も多いかと思います。

 じゃあ、じゃあですよ。

 カマキリの卵の中身って見たことありますか?

 幼虫というわけじゃないですよ。

 小さなカマキリがたくさん産まれて垂れ下がってる写真を図鑑で見たことはありますけどそうじゃありません。

 あれはあれで気持ち悪いですけどね。


 孵化する前の……多分産み付けられたばかりのカマキリの卵の中身です。


 これは私がM君のせいで、それを見てしまう羽目になったお話です。


 私の実家は一軒家で庭もありましたが、何より家の周りは道路に面した部分以外はぐるりと田んぼに囲まれていて、それは刈り入れの終わった頃には庭から降りることができる広い空き地のようなものでした。


 そんな秋の頃、M君が遊びに来ていました。

 M君は田んぼに降りてサッカーボールを私の家のコンクリートブロックの囲いに向かって蹴っていて、私はそれを庭から眺めていました。


 ぼこぼこの地面で不規則に跳ねるボールをM君は上手に蹴っていましたが、やがて飽きたのかボールを庭に投げ込んでブロックをよじ登ろうとします。


 その時でした。

 何か見つけたのかM君は「おっ」と声を上げて、ブロックの一点を見つめると、やがて庭にいた私を呼びました。


「おい、Y(私です)。ちょっとこっち」

「なに~?」


 M君が見つけたのはカマキリの卵でした。

 一応、教科書か何かで見たことがあってすぐにそれがカマキリの卵だとは私にも分かりました。


「カマキリの卵?」

「多分」

「初めて見た」

「俺も」


 2人ともリアルカマキリの卵は初めて見ましたから、ちょっと興奮。

 木の枝でつついたり、指でつついたりとはしゃいでいたのですが、そこはやんちゃ坊主M君。

 どこからか尖った石を拾ってきたのでした。

 そしてガツンと、それをカマキリの卵に打ち付けます。

 多分、卵を取りたかったのだと思います。


「止めようよ~」といい子なら言うのでしょうが、そこは私。

 興味津々でM君の凶行を眺めていました。


 カマキリの卵って頑丈で、小学生が石でガツンとやってもびくともしないんですよ。

 だからM君は何度も何度も、ガツンガツンとやります。

 丑の刻参りのように。


 やがて……それはおきました。


 石が卵のどこかを傷つけ穴が空いたのだと思います。


 出てきたのは、“黄身”でした。

 溶き卵のような、トロっとした液体がブロックを伝ってツーっと、田んぼに流れ落ちていきました。


 思考停止というか、頭が理解を拒むというか、とにかく私もM君も言葉を発することなくじっとそれを見ていました。

 人間って完全に予想外のことが起こると固まるんですね。


 だって、本当にそれは鶏卵の黄身そっくりで、まさかカマキリの卵からそんなものが出るなんて思いもしないわけですから。


 どっちが先だったか覚えていませんが、我に帰った私とM君は慌てて庭に戻って、家の中に逃げ込みました。

 つぶれた蛙を見ても平気な私が物凄く気分が悪くなったのを覚えています。


 ジュースを飲んで気分を落ち着けた私達は揃って

「「気持ち悪ぅ~」」と同じ感想を言い合うのでした。


 皆さんも、カマキリの卵を見つけたら無闇に取ろうとしないほうがいいですよ?

 あれはほんっとうに気持ち悪かったですからね。







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