第11話 フィルの気持ち
「……なあ、フィル。おまえ、なんかいつもより機嫌がよくないか?」
魔法師団に行った、帰り道。
カイに問われたフィリベルトは、不可解そうな表情で自分の頬に触れた。
「……そういうふうに見えます?」
「わたくしは特には思わないけれど……そうなの、カイ様?」
カイの隣にいたハイデマリーが言うので、カイは首を傾げる。
「そんな気がしたけれど……あれ、気のせいかな?」
「気のせいでしょう。……ほら、前を向いて歩いてください。今日も魔法の放出のしすぎでへばったのですから、石に躓いてこけて起き上がれない、なんてことにならないでくださいよ。そうなった殿下を抱える担当はどうせ、僕になるのですから」
「ちっ。……おまえ、そのおきれいな顔のわりに言うことは辛辣だよなぁ」
「辛辣なくらいでないと、無茶ばかりする殿下の友だち係は務まりませんので」
フィリベルトが微笑んで言うと、カイは「おまえの笑顔って、なんだか怖いよなぁ」とぼやきながらも前を向いて歩きだした。
……笑顔が怖いだなんて、心外だ。
自分では人当たりをよくするためにもいつも笑顔でいるように心がけているし、アレクシアからは自分の笑顔についてそんな酷評をもらったことがない。
……アレクシア。
つい零れそうになる笑みを堪えるために、フィリベルトはうつむいた。
豊かな茶色の髪を背中に流した、二つ年上の女性魔法使い。
かつてカイと一緒に魔力測定を受けたとき、稀少な光属性ということでカイのまわりに皆が群がる中、ただ一人だけフィリベルトのもとに来てくれた人。
ただの「第二王子の取り巻き」でしかないフィリベルトに大袈裟なほどの賛辞の言葉を贈り、成長を見守ってくれる人。
彼女の存在がフィリベルトの中で大きくなるまで、時間はかからなかった。
正直魔法の特訓は苦痛だが、魔法師団に行けば彼女が見学に来てくれるのでサボることなく通った。魔法師団からの依頼が掲示されたボードには一日に何回も足を運び、アレクシアからの依頼があれば光の速さでそれをもぎ取った。
カイと一緒に魔法師団に行くとき……自分が一人でいればアレクシアが高確率で話しかけに来てくれると気づいてからは、わざとカイたちから離れるようにさえしていた。
ただし彼女の様子からして、アレクシアは完全なる善意でフィリベルトを構ってくれているようだ。今日彼女の肩を掴んで想いを吐露したときにはさすがに動揺しているようだったが、まだ不十分だ。
おおよそ、彼女の中での自分は人なつっこい大型犬のようなもの止まりなのではないかと予想している。
まだ、まだ足りない。
これくらいでは、彼女の中の自分は甘えん坊な大型犬から卒業できない。
それにどうやら彼女は、自分とハイデマリーの仲を疑っているようだ。明らかに相思相愛なカイとハイデマリーの間に割り込む無礼者だと思われているなんて、心外だ。
もっと、もっと迫らないといけない。
彼女に、フィリベルトのこの想いに気づくようになってもらわなければ。
参加者私一人によるフィルの自己肯定感上げ上げキャンペーンは、順調に進んでいる。
この調子でいけば、フィルの闇堕ちエンドを防げるはずだ……と確信を得ていた、ある日。第一王子から、「第二王子カイを、魔物討伐遠征総督に任ずる」という命令が下った。
魔物討伐遠征は、『光と闇のレゾンデートル』の終盤に訪れるイベントだ。
それが意味するのは、ついに第一王子がカイの排除に本格的に乗り出し、動き始めたということ。国王はずっと病に伏せていて、今このリール王国を牛耳っているのは第一王子であると言っていい。
そんな兄からの出陣命令――それも国民のためと言われると、カイには断ることができない。
カイは、討伐部隊を編成した。
その中に当然、フィルの名前もあった。
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