第10話 推しの恋愛調査

 漫画のストーリーが気になりつつも時は流れ、カイとフィルは十七歳になった。


 最近、第一王子とカイの仲が少しずつ険悪になっているらしく、先日開かれたカイの誕生日パーティーに第一王子が欠席をかましたそうだ。安っぽいボイコットというところかな。


 ……第一王子がカイたちに出陣命令を下すのがいつなのかは覚えていないけれど、一年以内なのではないか、と私は予想している。というのも、魔法師団に魔法訓練に来るカイやフィルに交じって、見覚えのある美少女が付き添うようになったからだ。


 あの金髪のかわいい女の子は……漫画ヒロインの、ハイデマリーだ。貴族の娘で聖魔法の使い手である彼女はカイと意気投合し、彼に協力するようになる。


『光と闇のレゾンデートル』の中盤くらいで、ハイデマリーが登場した。そしてフィルの表情に影が差すのもこの頃からだったはずだ。


 ということで、私は魔法師団で仕事をしつつ積極的にフィルと関わって、彼の自己肯定感下げ下げ阻止をしていた。


「調子はどう?」


 魔法師団での特訓後、おしゃべりをするカイやハイデマリーとは離れたところで一人休憩していたフィルに声をかけると、彼は私を見上げて微笑んだ。


「上々です。最近は、魔法を使っても疲れにくくなりました。カイ殿下は自分の程度が分かっていないのですぐにフルパワーで光を放出してへばってますけど、僕は一度もありません」

「そうよね、立派なことだわ」


 フィルの言うように、魔力量としては十分なカイだけど未だに魔力を放出しすぎてはその場に伸びていた。


 それに比べてフィルは自分の限界が分かっているようで、地道に努力をして氷魔法を鍛えていた。最近では魔法剣といって剣に自分の魔力を込める練習もしているらしく、「彼はカイ殿下のような華やかさはないが、着実に力を付けている」と指導担当の魔法使いも言っていたっけ。


 私が褒め褒めするからか、フィルはまんざらでもなさそうに目を細めた。


「ありがとうございます。……といっても、まだあなたには遠く及びませんが」

「それは当たり前でしょう。私は子どもの頃から魔法一筋だったし、あなたより年上なのだから」


 先日、彼の氷魔法と相性がいいということで私が練習相手になった。フィルが渾身の力で作り出した氷の壁だけど、私の炎魔法の前に一瞬で溶けてしまい悔しそうな顔をしていたっけ。


 ちなみにそんなフィルの横で、相変わらずフルパワー発光をしたカイが伸び、ハイデマリーたちに心配されていたものだ。


 ……ああ、そういえば。


「フィルは、ハイデマリー様とも仲がいいの?」


 これは彼の闇堕ち要素の一つでもあるので確認せねば、と思って問うと、彼はカイの隣にいるハイデマリーの方を見た。


「まあ、普通ですね。宰相閣下の娘でカイ殿下の補佐に選ばれたそうですが、なかなか肝の据わったご令嬢だと思います」

「そうね。美人だしかわいいし、うちの魔法師団にもハイデマリー様に懸想する人がいるのよ」


 魔法師団の若い男性の中には、カイの隣に寄り添うハイデマリーに片想いする人もいる。まあ、気持ちはよく分かる。だってあんなに美人だもの。


 でもフィルは「そうなんですか」とあまり関心がなさそうだ。……あれ?


「えーっと……フィルはそうは思わないの?」

「人の美醜なんて主観的なものですし、あの方の容姿について僕からはどうとも言えません。あえて言うなら……まつげが長いな、と思うくらいで」


 ああ、それは確かに客観的な意見ですねぇ。ハイデマリーのまつげは、確かに長い。おかげで元々ぱっちりしている目がますます大きく見えて、二重なのもあって目元が超魅力的に仕上がっている。


 ……私? 前世もそうだし、今世も地味顔の母に似た一重ですとも。


「……ですよ」

「……ん?」


 せめて今世は二重がよかったなー、なんて考えていたので、フィルのつぶやきを聞き逃しそうになった。


「ごめん、なんて?」

「僕からすると、あなたの方がきれいですよ」


 こちらを見て真剣な表情で言うフィルに、さしもの私もどきっとしてしまう。


 き、きれいなんて初めて言われた! 父は「シアは世界で一番かわいい!」と言うし使用人からも「かわいらしいお嬢様」とは言ってもらうけれど、「きれい」は今までなかった。


 ……お世辞だと分かっていてもつい、頬に熱が集まってしまう。


「そ、そうかしら? でも私なんかと比べるのも、ハイデマリー様に申し訳ないわ」

「アレクシアさんって、不思議な人ですね。僕のことは大袈裟なくらいうんと褒めてくれるのに、自分のことは卑下するなんて」


 あっ、自己肯定感上げ上げ接待モードになっていることに気づかれていたか。


 自分の計画が筒抜けのようで気まずくて目線をそらそうとしたけれど、彼の手が伸びてきて私の肩を掴んだ。

 決して強い力ではないけれど肩を掴まれたまま彼の方を向かされて、そのグレーの目を間近で見ることになる。


「もう一度言います。あなたは、とてもきれいです」

「フィ――」

「おまけに優しくてかわいらしくて、ちょっとドジでうっかりやなところも含めて素敵だと思っています」


 何やら熱い目で語られるけれど……んんっ?


「あ、あの、ちょっと、待って」

「この髪もきれいで、緑色の目も吸い込まれそうになるほど魅力的です。声も高すぎず低すぎないので、ずっと聞いていたくなります。どんなに遠く離れていても、あなたの愛らしい笑い声は漏らさず聞き取っていますよ」

「あわわ……」


 怒濤の褒め言葉に、情けない声が上がってしまう。まさかリアルで「あわわ」なんて言う日が来るなんて思わなかった。


 え、これどうしよう? どういう反応をするのが正解なの?


 次なる言葉が出てこなくてまごつく私をしばし眺めていたフィルが、小さく噴き出した。


「……なんてね。いつもあなたが僕を褒めてくれるので、お返しでした」

「……し、仕返しじゃなくて?」

「褒めてもらえて嬉しいのに、仕返しなんてするはずないでしょう。……ということで、僕はハイデマリー様のことは特になんとも思っていなくて、むしろあなたがとても美しい人だと思っている。お分かりいただけましたか?」

「……お、お分かりいただきました」

「よろしい」


 混乱のせいで変な敬語になる私に微笑みかけてようやく、フィルは私の肩から手を離してくれた。


「それにしても、アレクシアさんは良家のご令嬢だと聞いたのですが、いちいち反応がかわいらしいですね」

「え、いや……良家といっても貴族ではないし、かわいいというより情けないの方が正しいかも……」

「僕からすると、情けないどころか魅力的なばかりですけれどね」


 フィルがそう言ったところで、カイが彼の名前を呼んだ。


「フィル、来てくれ! いい感じに光が出せそうなんだ!」

「そう言ってどうせ、やり過ぎでまた倒れるんじゃないですか?」

「なんだと! いいからこっちに来い!」

「了解しました」


 はしゃぐハリセンボン殿下を軽くいなしたフィルは私を見て、目礼をした。


「それでは、殿下のお守りに戻ることにします。おしゃべりの相手になってくださり、ありがとうございました」

「こちらこそ。訓練頑張ってね、フィル」


 私が笑顔で手を振るとフィルはグレーの目を少し見開き、そして唇の端に笑みを浮かべてからきびすを返した。


 その背中は、初めて出会った日よりもずっと大きく見えた。

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