第9話 推しとのお出かけ③
その後も会話をしつつ採取をして、昼頃には全て刈り取ることができた。
せっかくなので王都に戻る前に昼食を食べようと私は自分のサンドイッチの箱を出したけど、なんとフィルが荷物から出したのはカピカピに乾いた肉だった。
「……それ、そのまま食べるの?」
「はい。噛んでいるうちに唾液のおかげで柔らかくなるので、案外おいしいです。城に戻れば遅めの昼食をとるので、今はこれで十分です」
「……私のサンドイッチ、少し食べる?」
いくら後で食べ直すとはいえ育ち盛りの十六歳男子の昼食がこれだけなんて、胃が痛くなってくる。それに彼には帰り道にも馬の手綱を託すのだから、ちょっとでも食べてもらいたかった。
そういうことでサンドイッチの箱を開いてみせると、彼は困ったように微笑んだ。
「……お気持ちはありがたいですが、あなたの食事を横取りなんてできませんよ」
「私が誘っているのだから、横取りじゃないわよ。これ、私が作ったから見た目は悪いけれど味はまあいい方だと思うし」
「えっ、あなたが作ったのですか?」
最初は遠慮していたフィルが何やら食い気味に問うてきたので、サンドイッチを一つ手に取ってうなずく。
「いつもはうちの料理人が作ってくれるのだけれど、たまには自分で作っているの。いつか家を出たときのためにも、最低限の自活能力はあった方がいいからね」
両親は私をいいところに嫁がせて悠々自適な奥様生活を送らせたがっているようだけど、必ずしもそんな優良物件と結婚できるとは限らない。だから料理人に頼んで料理を教わったのだ。
父は私が包丁を持つことに悲しんでいたけれど、作った料理を提供すると「うちの娘は天才料理人だ」ところっと態度を変えた。それからは、たまに父に差し入れさえすれば厨房に立つことに文句を言われなくなった。
フィルは私が食べるサンドイッチを凝視し、ごくっとつばを呑んだようだ。
「……そ、その、もしお嫌でなければ、一つだけいただいてもよろしいでしょうか」
「一つと言わず、どうぞどうぞ」
残っていたサンドイッチは三つだったので、もう一つを手に取ってランチボックスごとフィルに渡した。
「どうせ私は帰りは馬に乗せてもらうだけなのだから、あなたがしっかり食べて。お肉、好き?」
「大好きです!」
おおっと、熱烈な告白だ。顔を真っ赤にしてこんなに愛を叫ばれるなんて、サンドイッチの具材になったチキンも喜んでいるだろう。
フィルは私が押しつけたランチボックスを目の高さに持ち上げて何やらじっと見つめて、それからそっとサンドイッチに手を伸ばした。彼の手は大きいからか、両手で大切そうに持たれたサンドイッチがやけに小さく見える。
それを味わった彼は、ほう、とため息を吐き出した。
「おいしいです……。十六年間生きてきて、一番おいしいと感じたかもしれません……」
「……これからの人生は長いのだから、もっとおいしいものを食べてね」
漫画での彼はともかく、このままエンディングを迎えたらフィルは間違いなく、国王となるカイの右腕として採用される。そうすれば、こんな素人が作ったサンドイッチよりずっとおいしいものを毎日食べられるようになるはずだ。
そういう思いで言うと、彼はこちらを見て微笑んだ。
「そうですね。……そのときはまた、あなたに隣に座ってもらいたいところです」
「あら、それは嬉しいわね」
つまり……高級レストランに行って奢ってくれるということか! うんうん、それは嬉しい! 彼の闇堕ちエンドを回避したお礼にレストランなら、私も喜んでご相伴に与ろう!
彼は「約束ですよ」と言い、二個目のサンドイッチに取りかかった。
昼食を終えて、私たちは王都に戻った。
「今日はありがとう。おかげで必要なものが全部そろったわ」
研究所の前まで送ってくれたフィルに礼を言うと、彼はとんでもないとばかりに首を横に振った。
「僕こそ、役得でした。アレクシアさんを独占できるなんて、最高の一日になりました」
「あはは、言い過ぎよ。これから先も依頼を出すけれど、暇だったら手伝ってほしいわ」
「……むしろ僕以外の者に依頼を取られたくないのですが、そういうので手を回すのはアウトなのですよね」
フィルの言うとおりなので、私は肩をすくめる。
「ええ、事故が起きやすくなるからね。私たちの間に何もなくても、もしかしてこっそり裏金を渡しているのでは……みたいなことを疑われかねないのよ。あなたは王子の友人でもあるのだから、そうゲスな勘ぐりをする人も出てきてしまうの」
「世知辛いですね。僕はただ、あなたのそばであなたの力になりたいだけなのに……」
「ありがとう。でもあなたは騎士団が本来の職場なのだから、あまりこっちばかり気にしないでね。私の方ばかり来たら、カイ殿下も拗ねちゃうわよ?」
「殿下はちょっと拗ねるくらいでちょうどいいです」
フィルが不機嫌そうに言うので、つい噴き出してしまう。やっぱり、甘えん坊なわんこだな。
彼は長男で下に弟妹が複数いるらしいし、お兄ちゃん気質ではあることが災いしてこれまであまり甘えられなかったのかもしれない。
「分かった分かった。……それじゃあね。また機会があれば、よろしく」
「はい、こちらこそ」
フィルは騎士の礼をした。どうやら私が室内に入るまで見守る気のようなので彼に手を振り、研究室のドアを開ける。
……うーん、半日の冒険だけど、なんだかいろいろあったな。
少なくともフィルの自己肯定感は上がったはずだし、これで破滅への道が一歩遠のいたよね!
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