第8話 推しとのお出かけ②

 馬に揺られることしばらく、私たちは王都を出て城壁沿いに東に向かい、その先にある森に到着した。


「ここで素材回収でしたか」

「ええ。いくつか採っておきたいものがあって」


 フィルの手を借りて下馬した私は、バッグに入れていたメモを取り出す。


「植物系は私が探すから……フィルには、ポイズンワームを何匹か倒してもらいたいわ。三匹くらいいれば十分かしら」

「お安いご用です。素材として必要なのですか?」

「……ええ。触角の搾り汁が必要だけど……私、虫はどうしてもだめで」


 この世界の女性たちは、わりと虫が平気だ。例の黒いアレもたまに見かけるけれど、母でさえ「あらあら、虫だわ」という感じだし、メイドたちは顔色一つ変えずに始末していた。


 でも私は前世でも大の虫嫌いだったので、もう虫というだけで……むしろ足が四本よりも多いのは全部だめだ。おまけにこの世界の魔物には虫型のものも多くて、見つければ即刻焼き払っている。新鮮なうちに触角を掴んで液を搾るなんて、私には無理だ。


「炎の魔法で倒すのは我慢できるけれど、虫の部位を素材として剥がしたりするのは……」

「だから依頼書に、『虫が平気なこと』という条件が書かれていたのですね」


 フィルは微笑み、馬の手綱を木の幹にくくりつけた。


「ならば搾る作業も僕がしましょう。手袋などはありますよね?」

「え、ええ。そうしてくれると助かるわ。……ありがとう、フィル」

「あなたの頼みなら、何でもお受けしますよ」


 フィルは片目をつぶって言った。ウインクなんてキザな動作だけど、彼は顔がいいのでとても様になっている。なお、私は前世も今世もウインクができない。


 ……それにしても、てっきりフィルはクールで硬派なタイプだと思っていたので、こんなに軽くウインクを飛ばすような色男だったとは意外だ。


 彼はいずれカイと二人でヒロインを取り合うことになるのだけれど、こうやってさらりとウインクしたりするのかな。あまり想像できない。











 さて、森の中に入った私たちは少しの間別行動を取り、私は木の実や植物の採取、フィルはポイズンワームの捕獲をすることになった。


 フィルは、「護衛なのに、あなたのそばを離れるなんて……!」と反対したけれど、ずっと一緒に動いていると作業効率が悪い。それにこの森ならそこまで強い魔物は出てこないので、私の炎魔法でちょちょいと退治できる。


 そう説き伏せて、なおもやや不満げな顔のフィルの背中を押してポイズンワーム探しに送り出した、約十分後。


「アレクシアさん、捕まえてきました!」

「えっ、もう!?」


 採取予定の薬草の群生地を見つけた、と思ったら後ろから明るい声がした。

 まさかと思って振り返るとそこには、ポイズンワーム三匹の尻尾を左手で掴んでこちらに向かって手を振るフィルが。


 魔物の中では小型とはいえ抱き枕くらいの大きさはありそうな毒々しい色のポイズンワームを片手にぶら下げながら手を振るイケメンの図、なかなか心臓に悪い。


「ちゃんと三匹捕まえました!」

「あ、ありがとう。毒は受けていない?」

「大丈夫です。ええと、これの触角を搾ればいいんでしたっけ?」

「ええ、お願いしても?」

「もちろんです」


 フィルは私が渡した手袋を着けるとポイズンワームを地面に転がし、触角を搾ってその紫色の体液を瓶に詰める作業を始めた。その手際はよくて、私がちまちまとゼンマイのような形の薬草を刈り取っている間に彼は作業を終えてしまった。


「できました。これくらいで十分ですか?」

「ええ、ありがとう。始末は私がするから、フィルは手を洗ってきてちょうだい」


 液を搾り取られてへなへなになっているポイズンワームたちは直視に耐えがたいものがあるので、さっさと火をつけて処分した。

 そうしていると近くの河原で手を洗ったフィルが帰ってきて、灰になったポイズンワームを埋めてくれた。


「何から何までありがとう。後は私が採取するから、フィルはそこにいて」

「僕も採取、手伝いますよ?」

「ありがとう。でも薬草の中には刈り取り方にコツがいるものがあるから、私がするわ。フィルは護衛、お願いね」


 私のお手伝いしたいマンになっているフィルのようだけれどこれ以上雑用をさせるのは申し訳ないのでお願いすると、彼は「あなたがそう言うなら」と引き下がってくれた。


 ということで私は鎌で薬草を刈る作業を再開させ、フィルは近くにあった大きな石に腰掛けてこちらを観察していた。なんというか、背後からすごく視線を感じる。


「……騎士団での生活は、どう?」


 沈黙の中で作業するのはなんとなく気まずかったので問うてみると、「楽しいですよ」と返事があった。


「剣術も馬術も、順調に上達していると実感しています」

「カイ殿下とは、どう?」


 カイとの仲がこじれないのが一番の目的なので問うと、一瞬の沈黙を挟んだのちにフィルは答えた。


「……よきライバルとして切磋琢磨しています。光属性魔法だと判明してからの殿下は、王太子殿下からいろいろ言われたりしているようですが、元気にやっているようです」

「王太子殿下が……」


 採取した薬草を袋に入れながら、原作漫画の展開を思い出す。


 王太子殿下……第一王子は、物語における当初の打倒目標だ。元々弟のことを疎んでいた彼は、カイが光属性持ちだったことでますます危機感を募らせ、刺客を仕向けたりする。

 最終的に、カイたちを辺境の魔物討伐作戦に派遣してそこで始末しようとする、っていう流れだ。


 ……この調子なら、カイとフィルが敵対することはなくなる。そして漫画でもカイは第一王子の魔の手を撃退できたのだから、きっと大丈夫。それに漫画と違ってフィルの協力も得られたら、漫画よりずっと有利な環境で兄と戦えるはず。


 うんうん、私の思い描いたとおりの展開だ!


「フィルは、これからもカイ殿下と協力するのよ。あなたたち二人がいればきっと、大丈夫だから」

「……」

「それにしても、カイ殿下って不思議な方よね。レアな光属性持ちなのに全然威張ることがないし、そういうのもカリスマってやるなのかしらね――」

「ねえ、アレクシアさん」

「きゃあっ!?」


 えっ、今、耳元で声が……と思って両耳を手で塞いだ格好で振り返ると、いつの間にか石の上からここまで移動していたフィルが、中腰になって私の顔をのぞき込んでいた。


 グレーの目が想像以上に近い場所にあったのでつい驚きで体がぐらつくけれど、尻餅をつく前にフィルの手が私の背中を支えてくれた。


「あ、ありがとう。……って、いきなり近くで話しかけないで! 私、刃物を持っているんだし……」

「アレクシアさんって、そんなに殿下のことが気になりますか? 今ここにいるのは殿下じゃなくて、僕なのに」


 私が倒れないように体を引っ張り起こしたフィルが、何やら真剣な表情で尋ねてきた。

 その眼差しからはなんだか鬼気迫るものが感じられて……はっとした。


 もしかしてフィル、私がカイの話ばかりするから拗ねて、自己肯定感下げ下げモードに入っちゃった!?


 それはだめだ! フィルの闇堕ちを防ぐために、彼には自己肯定感上げ上げでいてもらわなくてはならないのだから!


「気になるといえばそうだけど、それはカイ殿下が王子様だからよ」

「……僕はただの平民上がりの騎士だから、アレクシアさんの気を引くことはできませんか?」


 わー、構ってちゃんモードだ! 拗ねたり捨てられた仔犬のような目をしたり、この子なかなか甘えん坊だな!?


「そんなことないわ。……平民出身でありながらカイ殿下の友だちとして対等な関係でいられるあなたは、立派よ。あなたが媚びへつらうことなく友だちとして接するからこそ、カイ殿下はまっすぐ歩けるのだと思うわ」

「……そうでしょうか?」

「そうよ。だから、心配しなくていいわ。あなたはあなただもの」


 なおも寂しそうな顔のフィルの頭をとんとんと叩くと、彼は少し驚いたように目を丸くしてからふふっと笑った。


「……ありがとうございます、アレクシアさん。……僕は長男だから、こうやって頭を撫でられるのも久しぶりです」

「わっ、ごめん、嫌よね?」

「まさか。……他の人なら絶対に嫌ですけど、あなたにならいくらでも撫でてもらいたいです」


 そうにこにこの笑顔で言うフィルは、まさにわんこだ。撫でると喜んで尻尾を振るわんこ。シベリアンハスキーなんてぴったりかも。


 頭を撫でることで自己肯定感が下げ下げになるのを防げるのなら、お手軽だしわりといいこと……なのかな?

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