第7話 推しとのお出かけ①
「こんにちは、アレクシアさん!」
ある日、魔法師団に元気いっぱいの声が響いた。資料を手に廊下を歩いていた私は、振り返って声の主の方を見る。
声で分かっていたけれど、そこにはサーコート姿のフィルがいた。
「あら……フィル?」
「今回の素材集め、僕がお供します!」
「えっ? その依頼、さっき出したばかりだけど……」
王城には騎士団、魔法師団、書記部など様々な部署があり、部署をまたがった仕事を頼む場合は事務官に依頼書を提出する必要がある。
昔はそのあたりも適当で個人間の口約束が当たり前だったけれど、誰にも知らせず素材集めに行った先で魔物に襲われ死体が発見されたのが何ヶ月も経ってからだったとか、調査のためと言って城を出た騎士と女性書記官が宿でしっぽりやっているのがばれたとかいう事件がたびたび起きたため、手間ではあっても依頼書を出してそれを受理してもらう、という流れができたらしい。
そういうことで、魔法研究に必要な素材を集めるために王都の外にある森に行く必要ができたので、護衛と補助をしてくれる騎士の手配を依頼したのが、つい二時間ほど前のこと。今日中に相手が見つかれば御の字くらいに思っていたのに。
私の言葉に、フィルはきらきらの笑顔でうなずいた。
「はい、だから僕が受けることにしました。大丈夫です、カイ殿下は勉強中なので」
「そ、それはそうだとしても、なんだか悪いわ。この前もついてきてくれたばかりじゃないの」
あれは、半月ほど前のことだったか。仕事のためにちょっと治安の悪い場所に行くことになったので騎士団に護衛の手配を依頼したところ、フィルが来てくれた。
彼はまだ下級騎士ではあるけれど、それほど難度の高いものでなければ依頼を受けることはできる。それに私も、手配のときに相手の年齢とかについては指定していなかったので、彼が来てもおかしくはない。
依頼を達成した際の報酬はいわゆる特別手当になるので、条件さえ合うのなら積極的に受ける若手騎士も多いらしい。フィルは家族のためにお金を稼いでいるそうだから、こういうのに積極的になってもおかしくはないけれど……。
「でも、こんなに頻繁に受けていたらあなたも休まらないでしょう。無理はしなくていいわ」
「無理なんてしていませんし、そこまでたくさん受けているわけじゃないです」
しれっとして言う彼の手の中には、私が今朝出したばかりの依頼書が握られている。どうやら既に、事務官の許可は下りているようだ。
「それより、もう依頼は受けたのだから準備をしてすぐに行きましょう。王都の外の森なら、夕方までには帰ってこられるでしょう」
「え、ええ。分かった、じゃあ準備するわ」
早く早くとせっつかれたので、私は急ぎ研究所に戻って素材集めに行くことを皆に告げ、身仕度を調えた。
回収した素材を入れる袋や防御力を高める効果のあるローブなどを身に付け、それから昼食用に作ってきたサンドイッチもバッグに入れる。
廊下に出るとそこでフィルが待っていて、私を見るとにっこり笑った。
「それじゃあ、行きましょうか」
「……ええ」
フィルがやけに嬉しそうなのが意外だけど、私としても知らない騎士よりは顔見知りの方が安心できるし……私にはフィルのメンタルサポートをするという役目がある。彼がにこにこなのは、私にとっても嬉しいことだ。
私たちは城を出て、厩舎に向かった。フィルは自分の愛馬だという白馬を牽いてきて、それに二人乗り用の鞍を手早く取り付けた。
「アレクシアさんは、前にどうぞ」
「……ええ、ありがとう」
前回は近くだったので歩いて行ったけれど、さすがに今回は王都の外に出ることになるから馬での移動が楽だ。
なお移動手段として車もどきの魔法具もあるけれど、あれはまだ開発段階だしむちゃくちゃ高価だ。ハンドル操作を誤ってぶつけたりでもしたら、とんでもない額の弁償をしなければならなくなる。
……実家が太い私ならともかく、フィルにとっては大打撃だろう。
近くにいた見習い騎士がステップを用意してくれたので、私はそれを使って鞍の前側に乗り、続いてフィルがステップを使わずひらりと私の後ろに乗った。
「手綱は僕が持つので、アレクシアさんは鞍についている出っ張りを握っていてください」
「はい……わっ!?」
思わず変な声を上げてしまったのは、私のお腹にフィルの左手が添えられたからだ。
彼は右手で手綱を持ち、私が転がり落ちないように左手で支えてくれる。安全確保のため、ただそれだけだと分かっていても……私とさほど身長が変わらないと思っていたフィルの手が思いのほか大きくごつごつとしていることが分かるとどきっとして、思わずお腹を引っ込めてしまう。
でもそうすると今度はフィルの胸に寄りかかるような形になってしまい、背後でフィルがくすっと笑う声が聞こえた。
「積極的ですね、アレクシアさん」
「えっ? ……あっ、そ、そういうつもりじゃ」
「分かっていますよ、冗談です。……では、行きましょう。しっかり掴まっていて」
フィルがそう言って横腹を蹴ると、馬は軽快に走り始めた。
前世では馬に乗ったことがなかったけれど、この世界に生まれてからはよく父と一緒に乗馬をしたりした。でも私はそこまで乗馬の才能がなかったようでそれっきりで、貴族のお嬢様ならあって当然の愛馬も持っていなかった。
フィルによって大通りを走らされる馬は軍馬なので、子どもの頃に乗った馬よりも体格がよくて背も高い。ガガッガガッと蹄が石畳を蹴る音と衝撃も結構大きくて身を小さくさせると、耳元でフィルが笑った。
「体が硬くなっています。それでは到着したときには体が凝ってしまいますから、もっとリラックスして」
「そ、そんな……」
揺れでうまくしゃべれない私とは対照的にフィルは流暢に言い、私のお腹をそっと抱き寄せた。
「僕がちゃんと支えているから、大丈夫です。なんなら到着まで寝ていてくれて構いませんよ」
「寝られるわけないでしょう!」
もう、とフィルの脇腹に軽く肘鉄を入れると、彼は「やりますね」と言いながらもなんだか嬉しそうだった。
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