第12話 式典の夜①
カイたちの魔物討伐遠征を十日後に控えた日、王城では出征式典が開かれていた。
なんかよく分からないけれど、王族レベルの人が出陣する際にはこういう華々しいパーティーを開くことになっているらしい。王侯貴族は大変だ。
このパーティーにはカイと共に出陣する者とその同伴者だけが参加できる。戦争によって命を落とすかもしれないから、最後に華々しい思い出を作ろう、みたいな建前らしい。
当然、ただの魔法師団員である私はお呼びではない。さらに言うと出陣が決まってからというもの、カイはもちろんフィルの姿も見ていなかった。
二人は既に魔法師団での訓練を終えているけれど、それでもフィルはまめに魔法師団に顔を出しに来るし、手が空いているときは私の出した依頼を受けてくれていた。
十八歳になったフィルは身長も伸びて私よりかなり背が高くなり、出会ったばかりの頃は残っていた幼さも消え去って凜々しいイケメンに成長していた。
これぞまさに漫画に出てきたフィルそのもので、本当にここは『光と闇のレゾンデートル』の世界なんだ、と妙な気持ちになった。
そんなフィルと、もう一ヶ月近く会えていない。おそらく遠征に向けた準備とかで忙しいのだろうけれど、このままでは本当に当分会えないままになりそうだし、今彼がどういう状況なのかも知りたい。
それに……今日王城で開かれている出征式典ではあの、フィルの闇堕ちが確定するハイデマリーへの告白イベントがあるのだ。
どうもフィルはハイデマリーに特別な感情を持っていないようだったけれど、ここしばらく彼の状況をうかがえていないから今どうなのかは分からない。
もしかすると気が変わってハイデマリーに懸想するようになり、漫画と同じ展開になってしまったら……。
……考え始めると、居ても立ってもいられなくなった。
仕事を終えた私は同僚たちに挨拶をして、研究室を出た。そして回廊を通って王城の方に行こうとして……王城につながる大扉の前に兵士たちが立っているのを見て、我に返った。
フィルの様子を見たい一心でここまで来たけれど、今は大切な式典中なのだから無関係者は立ち入り禁止だ。
でもワンチャンあるかも、と思って兵士に話しかけたけれど、「関係者以外立ち入り禁止です」と入城を断られてしまった。
……うーん、それじゃあどうやればフィルたちの様子を見られるだろう?
もう全員王城の奥にあるホールにいるだろうから、高い塔に上って窓から様子をうかがうことも難しそうだ。私の魔法属性は炎だから、侵入とかには向いていないし……。
それでも何か隙があれば、と願いを込めて、私は家に直帰せずに城のまわりをぐるぐる回ってみることにした。
巡回の兵士には怪しまれたけれど、私が魔法師団の制服姿であることと、「式典はどんな感じなのか、と気になっているのです」と無邪気なふりをしてはぐらかすと、「あまり近づきすぎないように」とだけ言って放置してもらえた。
そろそろ夜の時間になり、王城にはあちこちに明かりが灯されている。
夕闇の中、明かりに照らされてぼんやりと浮かび上がる城のシルエットは美しいと、昔から思っていた。今は魔法師団員として城の敷地内には自由に出入りできるけれど、城本体には入ったことがない。
私は魔法師団員のお偉いさんを父に持つだけの、ただのモブ。王子であるカイや貴族令嬢のハイデマリー。そして平民ではあるもののカイの友人であるフィルとは……全然違う。
「……アレクシアさん?」
ふと、聞こえるはずのない声が聞こえた気がした。
まさか、この声の主は式典に参加中じゃ……とあたりを見回したけれど、夕暮れ時の闇に包まれる庭園に人影はない。
都合のいい空耳かと思ったけれど。
「……アレクシアさん! 上です!」
「えっ……?」
促されたので顔を上げると、城壁から上半身を乗り出すような格好でこちらに向かって手を振る人のシルエットが見えた。
逆光になっているけれど、間違いない。
「フィル!?」
「よかった、久しぶりに会えました!」
「フィル、あなた式典中じゃ……」
「それなら大丈夫です! それより……今からそっち、行っても大丈夫ですか?」
地上三階ほどの高さからフィルがそんなことを言うけれど、今からこっちに行くって……どうやって?
「え、あの、私はいいけれど、そこからだと距離が……」
「すぐ行けます!」
フィルはそう言うと、右手をひらめかせた。その指先が青白い光を纏っていくため、彼が氷属性魔法を展開していると分かる。
彼の右手がゆっくりと振り下ろされ、その手のひらから青白い光の帯が降り注いできた。それはリボンのように伸びてなめらかなラインを描きながら私の足下まで降り注いだかと思うと、パキン、と音を立てて凍りついた。
青白く輝く、光の滑り台。
三階の城壁から飛び降りたフィルがその上に着地し、そしてスケートをするかのごとく滑り降りてきたので思わず拍手してしまった。
「すごいわ! 氷魔法をここまで活用できるなんて!」
「ありがとうございます。これも、アレクシアさんのおかげですよ」
私の前まで降りてきたフィルはそう言って微笑んだ。
正面に立って気づいたけれど、今日の彼はいつもの革の鎧ではなくて白いジャケット姿だった。多分騎士団の礼服なのだろうけれど、いつもは流している前髪も上げていて、普通に格好いい。そういえば漫画でも式典で、こんな感じの格好をしていた気がする。
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