第5話 キャンペーン開催

 さて、フィルとの対面を果たすことができたけれど、ではどうすれば彼の闇堕ちエンドを回避することができるだろうか。


 彼がラスボス化するのは、自尊心の低下が原因だ。

 えっ、それくらいで? と言われるかもしれないが、彼の人間くさいところが見えてくるので下手に高尚な思想を持ち出されるよりも納得しやすい理由だと、私は思っている。


 カイばかり目立って自分が日陰者になるのはもちろんのこと……確か、フィルの手柄になるものがカイに取られてしまったというエピソードもあったはずだ。


 もちろん、内面までガチ光属性のカイがそんなことをするわけがないけれど、彼はフィルのことを信頼しつつも「こいつならきっと大丈夫だろう」という過ぎた期待も向けていた。

 だからフィルの手柄が自然と自分の手柄として流れてきてもその異常さに気づけず、またフィルも上手に感情を隠すから余計に……って感じだったと思う。


 何をやってもカイに勝てないし、全てカイに奪われてしまう。

 カイが悪いわけではないと分かっていても、根っからの長男気質で我慢しがちな彼は、溜め込んでしまう。


 それで好きだったヒロインもカイを選んだことでブチッときてしまった……ってところかな、多分。


 となると、やはり一番の方策はフィルの自己肯定感を上げることだ。


 フィルにはフィルのよさがあり、まわりの人はちゃんとあなたの活躍や努力を見ているよ、ということを教えれば、カイと自分を比較して落ち込むことがないはず。


 ……とはいうものの、同僚や騎士たちがカイをもてはやすのも仕方のないことだ。冷遇こそされているけれど明るいカイは元々人気があったし、そんな彼を構いたいというミーハーな感情自体を否定することはできない。


 でも私一人でもフィルを構えば、自分を見てくれる人もいるんだって気づいてくれるはず。

 皆がカイを持ち上げるからこそ、私はフィルをヨイショしなければ!












 ということで、私はフィルの自己肯定感上げ上げキャンペーンを開始することにした。参加者は私一人だけど、なんとかなるはず。


 魔力測定により魔法使いの才能があると判明したカイとフィルは、魔法師団で特訓を受けるようになった。適性のなかった他のお友だちは別行動なので、カイと一緒にいる時間が長くなることでフィルも余計に自分を追い詰めてしまうのかもしれない。


 魔力測定を行った翌日の午後、早速カイとフィルがやってきた。昨日と同じ革の鎧と下級騎士のサーコート姿の二人は、まさに明るい主人公と冷静な相棒といった感じの組み合わせだ。

 カイの方は「よろしくな!」と元気よく挨拶する一方で、フィルの方は緊張しているのか挨拶も小声だった。


 ……残念ながら、こういうところで既に二人の差がついてしまっている。

 王子と平民では踏んできた場数も違うのだからフィルが緊張するのは仕方のないことだけどそれでも、快活な挨拶ができる方がまわりに好印象を与えてしまうのだ。現代日本社会と同じだなぁ……。


 彼らの指導担当は別の人なので、私は自分の仕事の合間に様子を見に来ることにした。


 カイは光属性、フィルは氷属性なので、学ぶことが違う。光属性はレアで神聖なものとして扱われるけれど、攻撃性は皆無だ。

 一方の氷属性は炎属性と同じく攻撃にも生活にも使えるので、コントロール力を磨かないと思わぬ事故を起こしがちだ。


「わっ! ちゃんと光った!」


 フィルが頑張って氷の粒を作り出そうとしている傍らで、カイの弾んだ声がした。見ると、彼の両手の中にソフトボール大の光の球ができていた。指導担当の助言を受けた彼はあっという間に、魔法の基礎をマスターしたようだ。


 これまで魔法の才能があると分からなかったからできなかったのだろうけれど、一度コツが分かると飲み込みが早い。カイは天才肌、フィルは秀才肌なのだろう。


 当然、皆もこぞってカイの方に集まり……おい、フィルの指導担当までそっちに行くな! あなたには自分と同じ属性の教え子がいるでしょう!


 案の定、一人ぽつんと取り残されたフィルは寂しそうに椅子に座っている。カイはあっという間に光の球を作れたのに自分はまだ氷の粒さえ作れていないから、落ち込んでいるのだろう。


 ……よし、出番だぞ、アレクシア・シャイドル!


「練習、頑張っている?」


 しょぼんとした背中に呼びかけるけれど、最初は返事がない。でもしばらくして弾かれたように振り返った彼は、グレーの目を見開いていた。自分に声をかけたのだと思わなかったようだ。


「あ、ええと……シャイドルさん?」

「アレクシアでいいわ。フィリベルト君は、魔法のコツが分かった?」

「……まだ、よく分かりません」


 うつむいたフィルは、悔しそうに言う。


 彼の手の中にはまだ、何もない。魔法属性が分かっただけで、自分の中の魔力をうまくアウトプットできていないようだ。


「そう。でも焦ってはだめよ。あなたには氷属性と十分な魔力があると分かったのだから、必ずできるようになるわ」

「……でも、殿下は」

「殿下は殿下、あなたはあなたよ」


 いじけそうになるフィルに少し厳しい口調で言うと、顔を上げた彼の瞳が揺れた。


「殿下と一緒だから一層焦ってしまうのだろうけれど、氷属性は集中力が必要なの。あなたは、力だけが強くてやたらめったら魔法を使うような人になりたいの?」

「嫌です! 僕は……優秀な魔法剣士になりたい。剣術も魔法も、完璧に習得したいんです!」


 フィルがはっきり否定したので、やっぱりこの子は根が素直で真面目なのだとよく分かった。


「完璧を目指すのは難しいけれど、あなたの目標は自分でも分かっているようね。……だからこそ、焦らずに頑張りなさい」


 そう言って微笑むと、フィルはカイの方をちらっと見てから、私に視線を戻した。


「……アレクシアさんは、どうしてこんなに僕を励ましてくれるのですか?」

「嫌だった?」

「嫌ではありません! でも、その……こういうこと、あんまりなくて」


 そう言って恥ずかしそうに目線を落とすフィルはもはや、私の中では庇護対象だ。


 この世界での成人年齢は十六歳だけど、日本だったらまだ高校生だ。そして前世の私は二十四歳で死んだから余計に、思春期真っ盛りの少年を守ってあげなければと思わせられた。


「それじゃあ、これから私があなたをたくさん褒めてあげるわ。まずは氷を作れるようになって……それからもしよかったら、私と練習しましょうか。炎と氷は相性がいいから、練習相手にぴったりだと思うの」

「……」

「フィリベルト君、どう?」

「……嬉しいです。ありがとうございます、アレクシアさん」


 フィルは照れたように笑い、そして膝の上でぎゅっと拳を固めた。


「僕のことは、フィルと呼んでください。殿下や仲間たちも、そう呼ぶので」

「分かった。じゃあ、フィル。あなたの成長を見守らせてね」


 フィルに微笑みかけると、彼の頬がほんのり赤くなったのが分かった。


 今世の自分の顔は、世界平均を考えると平凡な部類に入ると思っている。それにフィルはいずれヒロインに恋をするのだから、私に惚れることはないだろうけれど……照れた顔はかわいいな、と思えた。

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