第4話 推しとの邂逅

 翌日、魔法研究所に第二王子一行がやってきた。


「こんにちは! 今日はよろしく頼む」


 明るい挨拶と友に入室してきたのは、今日も元気に髪がツンツンはねているカイ王子。王宮では冷遇されているものの根がまっすぐで明るい彼は、物語のヒーローにふさわしい。


 そんな彼の後ろには数名の下級騎士たちがおり、フィルの姿もそこにあった。熱血漢なカイを支える冷静な相棒といった立ち位置のフィルは私たちにぺこりとお辞儀をして、研究所長とカイが話すのを少し離れたところで静かに見守っていた。


 今日、私はカイたちの魔力測定に付き添うことになった。とはいうものの実は元々、私は当番ではなかった。

 でもどうしても漫画でのイベントシーンを見たいので、同僚にお願いして替わってもらったのだ。本人は今日恋人とのデートがあるらしく、むしろノリノリで受けてくれてラッキーだった。


「では、カイ殿下たちの魔力測定を行います。まずは、付き添いの方々から始めましょうか」


 所長がそう言ったので、記録係の私は名簿を捲った。


 カイのお友だちは昨日と同じ四人で、フィルは四番目、カイは五番目に受けることになっている。


 そして順に魔力測定用の魔法石に触れたところ、最初の三人は無反応――魔法使いとしての素質なしだった。本人たちも分かっていたようで、「やっぱりなー」と笑いあっている。


 そして、四人目のフィル。

 彼が緊張の面持ちで魔法石に触れるとそれが青白い光を放ったため、カイたちが弾んだ声を上げた。


「フィリベルト・クレール君は、氷属性ですね」


 所長が告げ、カイは「よかったな、フィル!」と笑顔で言った。フィルははにかんでいて、魔法の才能があることがまんざらでもないことが表情から分かる。


 ……彼は元々、劣等感を抱きやすい質だ。王子の側近としての教育を幼少期から受けていたわけでもない、少し貧しい平民として育った彼には、「認められたい」「褒められたい」という欲がある。


 年齢が同じだったから偶然王子の同期として一緒にいられるようになったけれど、彼は根っからの「王子のヨイショ係」ではない。魔法属性持ちであるのも平民としてはとても珍しいことだから、誇れるものがあって嬉しいのだろう。


 ……そう、この瞬間までは。


 フィルに続いて、カイが魔法石に近づく。彼は怖いもの知らずなのか遠慮なくべたっと魔法石に触れて――それがまばゆい金色の光を放ったため、同僚たちも歓声を上げた。


 おおっ、本当に光属性だ!


「カ、カイ殿下、光属性です!」


 フィルのときは冷静だった所長も、弾んだ声を上げている。光属性は、とても珍しい。しかもそれが王族ともなると、興奮は一層高まる。


「すごい、初めて見た!」と同僚たちが大騒ぎして、皆一斉にカイの方に集まっていく。彼らの他にも魔力反応がなかった下級騎士たちも、「殿下、すごいですね!」と興奮した様子でカイに話しかけている。


 うんうん、そりゃあ十年に一人現れるか現れないかという光属性が判明したのだから、盛り上がるのも当然だよね。


 ……で、それはいいとして。


 ちらっと、部屋の隅を見る。カイに詰め寄る皆とは離れたところに、少年が一人ぽつんと立っていた。


 明るい日光の下では青っぽく見えた髪は暗がりにいるからか漆黒に見え、陰のある眼差しをしているので……なんかこう、闇堕ちするフラグをビンビンと立てている。


 彼は口元に微笑みを浮かべて、カイのいる方を見ていた。傍目から見ると、レアな魔法属性持ちであることが判明した友人を温かく見守っていると思われるだろうけれど……私は、これがフィルの自尊心崩壊の第一歩であると分かっている。


 ……し、心臓がドクドク言い始めた。

 でもここで、私が出なければ!


「フィリベルト君も、あっちに行かない?」


 名簿を棚に置いて彼のもとに向かいなるべく優しい口調で呼びかけると、フィルはぎょっとしたようにこちらを見た。まさか自分に話しかける人がいたなんて、と言わんばかりの表情だ。


「ぼ、僕はいいです。なんだかこう……ちょっと行きづらくて」


 フィルの声は、もう声変わりが終わっている。でもどことなく少年の声音を残していて、彼がやっと成人を迎えたばかりの子であることが痛いほど伝わってくる。


「そうなの? カイ殿下は、あなたのお友だちでしょう?」


 そう、彼らにはずっと友だちでいてもらわねばならないのだ。

 私の問いに、フィルは寂しげに笑った。


「……僕はそう思っています。でもやっぱりカイは……いえ、カイ殿下は、僕とは違うんですね」

「何が違うの? ただ魔力属性が異なっていただけでしょう?」


 フィルの隣の壁に寄りかかって言うと、彼がグレーの目をこちらに向けてきた。まだ彼は成長途中なのか、並ぶと私たちの視線はほぼ同じ高さにあった。


「カイ殿下は、自分が光属性、あなたが氷属性だからって態度を変えるような人なの?」

「そんな! ……あ、いえ、あの方のことだからきっと、そんなことはないかと」

「そうでしょう? だから、大丈夫よ。これからあなたたちはうちで魔法の訓練を受けることになると思うけれど、二人でいらっしゃい。それから、何か困ったこととか悩んでいることとかがあったら、いつでも言ってくれればいいわ」

「……僕は貴族の生まれでも何でもない、ただの一般人です。そんな僕が相談なんかしても、あなたの益にはならないでしょう」


 フィルが不安そうに言う。


 ……さっきの名簿にも書かれていたけれど、彼は王都で暮らす平民で父親はおらず、母とたくさんの弟妹がいる。家族を養うために、騎士になったそうだ。


 それにしても……ああもう、だめだな。今の時点でもう、彼は自分とカイを比べてしまっている。


「益にならなかったとしても、だからといって別に無益にもならないわ。困っている若い子を助けようと思うのは、そんなにおかしいこと?」

「僕、童顔と言われますがこれでも成人済みですよ」

「あら、それじゃあ十分若いわ。私、十八歳であなたよりお姉さんだもの」


 ほほほ、と笑うと、フィルの目が瞬いた。


「ああ、名乗っていなかったわね。私は魔法師団員で魔法研究所所属の、アレクシア・シャイドル。魔法のことでも何でも、私に言ってちょうだいね」


 そう言って手を差し出すと、フィルは少し困ったように視線をさまよわせた。でも私がじっと黙って待っていると、観念したように手を出して握手をしてくれた。


「……分かりました。あの……ありがとうございます、アレクシアさん」

「どういたしまして。……あら、カイ殿下がこちらを見ているわ。行ってきなさいな」

「……そうします」


 フィルもカイの視線に気づいたようで、私の手を離してからお辞儀をして、友人のところに走っていった。

 その背中は少し躊躇いがちに見えたけれど、赤ハリセンボン殿下はそんなフィルをがっと抱きしめて、「一緒に魔法の訓練頑張ろうな!」と言っていた。

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