第3話 推し死す

 推しが死んだ。

 それも、人生で初めてできた推しが。


 前世でその経験をしたのは確か、八歳くらいの頃に少年漫画を読んだときだった。


 不遇の第二王子である主人公が仲間と共に魔物と戦い、自分を陥れようとしていた兄王子と対決する……というのが目標のストーリーだった。


 でも、その漫画で私の推しが死んだ。死ぬどころか、推しが最終的にラスボス化して主人公と敵対した。


 私が推していたのは、主人公・カイの友人である騎士のフィリベルト――愛称フィル。同い年の彼らは見習い騎士時代に知り合い、切磋琢磨しあうよき友になった。


 正義感が強くてかっとなりがちなカイを、冷静なフィルがなだめサポートする。そんなフィルは作中屈指のイケメンでもあり、幼女だった私の心はがっつりと掴まれた。のちに、彼が読者向け人気投票で女性読者からものすごい票数を得ていたことが分かる。


 最初のうちはよくカイと一緒に行動していたフィルだけど、物語後半で兄王子の策略で魔物討伐遠征に行くあたりから様子がおかしくなり――第一王子を倒した後で、なんと闇の魔力を取り込んだ彼と敵対することになってしまうのだ。


 どうやらフィルはカイに嫉妬していたようで、ありきたりな自分と違いカイがレアな光属性だったこと、自分がどれほど努力してもカイには及ばず認められもしなかったこと、そして……物語ヒロインに告白するもののフられ、彼女がカイを選んだことなどが積み重なり闇堕ちしてしまうのだ。


 最終的にカイによってフィルは討ち取られ、「僕を、見てほしかったんだ」という最期の言葉を聞くことになる。エンディングではカイは国王になってヒロインと結ばれるのだけれど、フィルのことはずっと忘れない、忘れてはならない……という、ちょっとビターなエンドだった。


 はい、そういうことで私が推していたフィルは闇堕ちして主人公と敵対し、主人公によって討ち取られました。推しの死っ!


 ……ということで、気づいてしまった。


「ここってただの異世界じゃなくって、『光と闇のレゾンデートル』の世界だったのね……」


 自分以外誰もいない休憩室にて、私は頭を抱えていた。


 先ほど窓越しにカイとフィルの姿を見て、私は前世の幼児期に読んだ漫画のことを思い出した。フィルが死んだことがトラウマになり、続編が出たらしいという噂を聞くもののそれ以上読まなかった漫画の世界なので、今の今まで気づかなかった!


 さすがに、ずっと昔に読んだっきりの漫画の固有名詞なんて覚えていなかった。漫画の表紙を飾っていた主人公カイの、あの重力に対する万年反抗期のような赤ハリセンボン頭を見なければ思い出さないままだったかもしれない。


『光と闇のレゾンデートル』とは子ども心に、なんか格好いいタイトルだなぁと思ったのだけれど、後になってレゾンデートル=存在意義、つまり光の王子として皆に称えられたカイと違い闇に堕ちたフィルには存在意義が見つけられなかった……みたいな意味があるのだと分かった。

 暗いわ。


「つまり、いずれフィルは闇堕ちしてしまうと……」


 なんということだ、と机に突っ伏してしまう。


 物語の細かい設定はもう覚えていないけれど、フィルの様子がおかしくなるのはもう数年後になるはず。

 そういえば、二人が魔法師団に行ってそこで魔力測定をした結果、カイが光属性持ちだと分かって皆大騒ぎする……ってエピソードが序盤にあったはずだ。


「まさか、それが明日のこと!?」


 がばっと身を起こし、同僚が差し入れに置いていってくれた紅茶をグビグビと飲む。


 ……そうだ、確かそのエピソードで、皆にちやほやされるカイから離れたところにぽつんとフィルが立っていた。彼の属性は……ええと、ええと、確か氷で、ありきたりなこともあって誰にも見向きされなかった。


 さらに魔力もあまり伸びないのでこっそり特訓しようと魔法師団に行ったけれど、「あなたの相手をする暇はありません」とにべもなく断られた。そして他の魔法使いたちも、カイばかりをもてはやしていた……。


 ……もしかして私って、その場面でモブとして紛れていたりする? 原作のアレクシア・シャイドルも、知らないうちにフィルの闇堕ちに加担していたとか……?


「ええと……第一王子は、弟が光属性であることを知って始末しようと動き始め、魔物討伐遠征で事故死させようとする。でもそれを乗り越えるだけでなく兄が送り込んでいたスパイも捕まえ、兄王子を倒す……ここまではいいわね」


 その後に控える、フィルの闇堕ちを阻止すればいい。そうすればカイとフィルが敵対することなくエンディングを迎えられるはずだ。


 ……カイもフィルもヒロインに好意を抱いていて、最終的に彼女はカイを選んでしまう。それに関しては私ではどうにもならないけれど、少なくともフィルが自分の存在意義を見失わないようにする手助けはできるんじゃないの?


「推しを……死から救うことができる?」


 そう、あの物語がエンディングを迎えるのに、フィルの死は必要ない。

 彼が闇堕ちせずにカイたちと一緒にハッピーエンドを迎えたって何も問題ないどころか、フィルとの最終決戦で犠牲になる一般兵などもいなくなる。いいことずくめじゃないか。


 そのために私にできるのは……。


「フィルの自己肯定感を育てる、ことかな?」


 とにかく、フィルの闇落ちにつながるものを極力排除したい。その第一歩がまさに明日起こる予定の、魔力測定イベントだ。


 カイが光属性、フィルが氷属性なのは確定だから、カイばかりがちやほやされないようにしないと。かといって光属性は本当に珍しくて、これまで放置されていた第二王子が一気に脚色を浴びることになるのも仕方のないことだ。同僚たちだって、王子のサポートをしたいに決まっているし。


 だとすれば、フィルのフォローができるのは私だけだ。今の彼は、まだ十六歳。この世界の成人を迎えたばかりの柔らかい少年の心を傷付けるわけにはいかない。


「やってやるわよ……!」


 幼女の頃に嘆いた、推しの死を防ぐために!

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