第2話 記憶はハリセンボンと共に

 かくして両親の理解も得られた私は、思う存分魔法の勉強に勤しんだ。


 父は私を連れて出勤してくれるので、仕事中は書庫で本を読んだり手の空いている魔法師団員たちから話を聞いたりできた。


 そうしていろいろ見せてもらったりしたのが、この世界で魔法具と呼ばれているものたち。魔法を使ってものを冷やしたり馬車の代わりになる乗り物を作ったり……まあつまりは、電化製品や工業製品の異世界バージョンだ。


 私たち魔法使いは属性ごとの魔法を使うほか、魔法石と言われるもの……充電のときに使うバッテリーのようなものに魔力をそそぎそれを魔法具に取り付けることで、電子レンジもどきや湯たんぽもどきなどを作ることができる。


 この魔法石に魔力をそそぐ作業、地味でつまらないので嫌いな人も多いそうだけど、私はこれが結構好きだった。ぼうっと考え事をしていても問題なく仕事ができるからね。

 おまけに私の魔力はかなり多めのようで、十二歳くらいからは、魔法師団に届いた「魔力不足」の魔法具に魔力をそそぐという作業を手伝わせてもらえるようになった。


 皆が面倒くさがる仕事を率先して請け負うということで私の評判はよくなったらしく、「皆、シアが来てくれて助かると言っている」と、父まで嬉しそうだった。この頃になると父は、自分の権力で私をVIP対応職に就かせると言うこともなくなっていた。


 そして十六歳のとき、私は正式に魔法師団の魔法研究所に就職した。アレクシア・シャイドルという一人の若手団員として接するように、と父から皆にも言われていた。


 その後も研究室にこもって魔法具の研究をしたり、魔法具に魔力をそそいだりすること――二年。


 十八歳になったある日、今日も今日とて魔法具を分解して楽しんでいた私のもとに、同僚の話し声が届いた。


「明日だっけ? 王子様たちが来るのって」

「そうそう。第二王子の、カイ殿下。十六歳になられたから、魔力測定のために来られるそうよ」

「……ああ、そういえば殿下はずっと離宮住まいで、魔力測定もしたことがなかったんだっけ」

「そう。平民は成人してから魔力測定を行うこともざらにあるでしょう? だから騎士団の同期とまとめて受けに来るそうなの」

「もし魔力があれば、相応の訓練も受けることになるだろうが……どうなんだろうな」


 ……どうやら明日、第二王子とその仲間たちがうちに来るそうだ。


 ここリール王国には現在、二人の王子がいる。第一王子は既に亡くなった先の王妃様の子どもで、今話題になっている第二王子は現王妃様の子だ。


 前の王妃様はものすごいカリスマを持った人だったようで、亡くなって二十年近く経った今も崇拝者が多い。今の王妃様は前の王妃様の没後に愛妾から格上げになって第二王子を産んだけれど、王宮内にはあまり味方がいなくて肩身が狭い思いをしているとか。


 国王も国王で、今の王妃様や第二王子様のことを大切にはしているけれど未だ色濃く残る前の王妃様の権力には弱いようで、自分の後妻と次男を守りきれていないとか。


 そういう背景を持つ第二王子カイ殿下はずっと離宮住まいで、十二歳くらいの頃から騎士団に入れられた。異母兄である第一王子が優雅な生活を送る中、第二王子は騎士団で泥臭い鍛錬を受けているとか。


「……あっ、噂をすれば王子殿下!」

「訓練の帰りみたいだな」


 おや、噂の人が近くを通りがかったようだ。同僚たちが窓の方に集まり、外を見ている。


 ……ちなみに私はこれまでに第一王子だけは遠目に見たことがあるけれど、第二王子は見たことがなかった。純粋に気になるというのもあるし、明日ここに来るのならちらっとでも姿を確認しておいた方がよさそうだし……見てみよう。


「どれ、どこにいるの?」


 私も窓辺に向かうと、同僚の一人がちょいちょいと手招きをしてくれた。お偉いさんの娘である私だけど父が「娘にも公平に接してほしい」と皆に言っているからか、変に遠慮されたりしないのがありがたい。


「アレクシア、こっちよ。……ほら、あそこに若手騎士たちがいるでしょう? あの先頭にいる、赤い髪の人よ」

「どれどれ……」


 ちょうど大柄な同僚が横にずれてくれたのでその隙間に滑り込んで、窓から庭の方を見下ろす。


 この部屋は地上三階にあり、私たちの眼下を五人ほどの少年たちが通っていた。皆おそろいの革の鎧姿で、刃先を潰した銅製の訓練剣を腰に下げている。見た目からして、下級下級騎士だろうか。


 彼らの先頭を歩くのは……おや、これはなかなか個性的な髪型の少年だ。燃えるような真っ赤な髪が、重力に逆らうかのようにツンツンと天に向かって伸びている。あれ、どうやって髪型整えているんだろう? 毎朝ワックスを大量に使っているのか?


 というかあの髪型、既視感があるような……。


「……どこかで見た気が?」

「どうしたの、アレクシア」


 とんとんと私の肩を同僚が叩いたとき、見られている気配に気づいたのかツンツン赤髪のすぐ後ろを歩いていた少年がさっとこちらを見上げた。


 日光を受けて青っぽく見える黒髪に、きりっとしたグレーの目。彼はこちらを見て少し目を丸くすると、自分の前にいたツンツン赤髪の肩を軽く叩いた。


 ツンツン赤髪も、こちらを見上げた。少し珍しい金色の目が私たちの方に向けられ、幼さを残した顔がはっきりと見えると――


 ぐるん、と目の前が回転するかのような感覚に襲われた。


「……あ」

「アレクシア?」


 同僚に名前を呼ばれたけれど、その声も遠くから聞こえてくるかのように思われる。


 あの赤ハリセンボン頭を見て、思い出した。

 ここって、前世読んだ漫画の世界だ!

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