青色をさがしに

リュウ

第1話 青色をさがしに

 絵画に見惚れていた。


 朝だろうか……少し肌寒い空気を感じる。

 岬にある白い灯台。

 灯台に向かってはしる女。

 彼女の先に灯台がある。

 彼女は灯台に向かって走っていく。

 途中で、笑いながら振り返り「はやく、おいで」と誘うのだろうか。

 それとも、振り返ることもなく、真っ直ぐに灯台を目指すのだろうか。

 日の出前の透き通った青の中に、彼女の白いワンピースが映える。

 僕は、時間が止まった様にその場から動けなくなった。

 この絵画の青に何かを感じていた。

 僕が探していたのは、この青なのか。


「気に入った?」

 いつの間にか店員が横に来ていた。

 細見の繊細な感じのする青年だ。

 店名の入ったエプロンをしていて、長めの黒い髪は少しカールしている。


「これは?」

 僕は、目を絵画に向けた。

「それは、売りものじゃないんだ」

「そうなのか……写真、とってもいいかな」僕は、スマホをかざす。

 店員は「いいよ」と手を絵に向けた。

「いいよ、いい色でしょ」

 僕は、店員の声に絵から目を放さずに頷いた。

「実は、青を探しているんだ。この絵の青……いいなと思って」

 何枚か写真を取っていると、店員が我慢しきれないといったように口を挟む。

「写真か……レンズを通すと難しいと思うよ」

 僕は、何と言うように店員を見た。

 僕の気分を害さないようにと、小声で話し始めた。

「絵画ってさ、立体……三次元なんだ。

 この色の下に何層もの絵具があって、重なり合って表面の色を造っている。

 目に感じるのは、表面だけという訳じゃないんだ。

 絵画に当たる光の強さとか、そういったモノによって見え方が変わる。

 上手く言えないけど、見る人によって感じる色が異なると言うか……」

 彼の言いたいことは、何となくわかった。

「……ちょっと待って」と言うと店員は店の奥に行ってしまった。


 無名の画家が描いた絵は、インターネット上には出てこない。

 と言うことは、コンピューター上では再現されていない。

 この色は、生成されることはないってことだ。


 絵画の色は難しい。

 我々は、光の反射で見ている。

 幾層もの絵具が微妙に光の反射を変える。

 それが、感覚に何かを訴える。

 確かに彼の言うとおりかもしれない。


「ありました。これ」

 と言いながら、差し出されたのは絵の具セットだった。

 箱の表面は、残念ながら、月日を超えた証しだと言うように霞んでいた。

「箱は、困難だけど。使えるかもね。

 成分分析して、コピーを造るのも悪くないかな」

 僕は、その絵の具セットの蓋を開けた。

 綺麗な色が並んでいる。

「絵の具セットの名前は、残念ながら分からないんだ。

 確か祖父の話では、この彼女の名前だって言っていた。

 ロマンチックだろ」

 と絵画の女を指差した。

「この絵画は、この絵の具セットで描かれているだ」と、話を続けた。


「この絵具を造ったのは、美術学校の女一人男二人の三人組なんだ。

 彼女が気に入った青を探していたんだ。

 探していたのは、この先の海辺の青だった。

 これから、その青の絵具を試行錯誤しながら、造ったんだ。

 いつの間にか、青だけじゃなくて、

 この絵画に使われる色、全色を造ったんだ。

 何年もかけてね。

 出来た時には、もう彼女は亡くなっていたんだ。

 そして、絵具セットに彼女の名を付けたって聞いている。

 いい話だろ」


 そうだ。

 この画家は、何かを探していた。

 色、

 彼女の心、

 彼女を思う自分の心。

 三人が生きていた時間、

 空気、

 温度、

 彼女の匂い、

 時間。


 それに、この海。


 全てをこのキャンバスに閉じ込める為に。


「この場所は?」

「多分、この先にある。けど……全然違う景色だ」

 残念だねと顔を歪めた。

 僕は、絵の具セットを購入し海辺へと向かった。


 浜辺に車を止め、海を眺める。

 辛うじて、灯台は残っているようだ。

 長年の浸食で浜辺は崖のようになっていた。


 ここに彼らの生きた時間がある。

 僕が生きた時間を存在していたと言う事実を何かに残したかった。

 人に言われたものではなく。

 自分が決めたモノを。

 写真を数枚撮って、家に戻った。

 海の匂いを車内に閉じ込めながら。



 僕は、改めて写真を画面に表示し、机上に絵具セットを置いた。

 その時、会社の上司からの会話ツールが画面に表示された。

 性別は、女だ。


「お休みのところ、すみません。

 新しい仕事が入ったので明日やって欲しいの」

「明日ですね、分かりました」


「データーを送っておいたから……ところで、どんな休暇だったかしら」

 僕は、絵画の写真を探していた。


「人型のロボットなんかレンタルして」


「ああ、ネットにはないモノを探したかったから……」


「それで、人型?」


「そう、人間と同じように行動できるヤツをレンタルしたんだ

 海の近くの人間が住む旧市街に行って来たんだ。

 ネットサーフィンしていたら、偶然みつけてさ。

 この場所で青を造った人が居るらしいって」


「いい色、見つかった?」


「見てくれ、いい絵だろ」写真を表示する。


「私にはわからないけど……その箱は何?」

 僕は絵の具セットを手に取り、蓋を開けた。


「いい色だろ、この絵画はこの絵具セットで描かれているんだ」


「そうなの」と彼女は画面の絵画を見つめる。


「今は、デジタル……絵具なんて使うの」


「僕もそう思っていたんだ。でも、あるものしかないんだよ。

 誰かが造ったものしかないんだ。

 僕が造ったものが欲しいんだ」


「そんなの誰が求めているの?」


「誰も求めちゃいないさ。

 僕が欲しいんだ。

 誰かに応えるモノばかり造るのは、飽きたんだ。

 絵具から作るんだ。新しい僕だけの色をさ」


 彼女は呆れたように目を伏せながら言った。

「わかったわ。

 君が何に興味を持って、

 何をしようといいけど、

 ちゃんと仕事をしてくれれば文句はないわ。

 君は、スーパーAIなんだからさ」

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青色をさがしに リュウ @ryu_labo

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