第16話

それからしばらく経ち、タンは国王の呼び出しを受けた。


話の内容は、タンの父であるコ・ミンジョンのことや、コ家自体についてであろう。


本当は王女も話を聞きたかったのだが、タン一人で来いとの国王からの命があったのだ。


半刻(はんとき:一時間)ほど経ち、タンが持ち場である王女の居室に戻ってきた。


「タン、お話はどうだったの?」


「はい。私の家門を再興するとお約束いただけました」


そう言うタンは、どこか落ち着き払っているように見える。


「そう!それは良かったわ。私もとても気になっていたのよ」


タンが両班の息子だと分かったなら、何よりだ。


しかし……。


「でも……あなたが名家の子息なら、私の護衛などすることもないわよね?」


両班の息子なら、立派な屋敷を構え家門を守ることに力を注ぐものではないか。


「何故です?私はこれからも王女様のお傍にいたいです」


「けれど、ご家族とかはどうするの?」


「母と妹を呼び戻してくれると、王様がお約束くださいました。屋敷は、元の屋敷を手入れして住めるようにしてくださると」


上訴をした後で、国王はタンの家族を探してくれたという。


母親は地方の村にある旅籠で働いていたそうだ。


妹は王女と同じ年齢で、妓生(キーセン:芸妓のこと)になっていたらしい。


妹の行方を聞かされ、タンは大いに動揺した。


血を分けた妹が、妓房(キバン:江戸時代でいう、待合茶屋と置屋が混じったようなもの)の妓生になっていたのだから。


もしタンの妹を妓房から出すとしたら、大金を主に支払わなければならない。


しかし、王命であると国王の使いをしていた部下が告げると、金も払わずすぐに身受けすることができたのだ。


旅籠を辞めた母親と妓生から抜け出した妹は、漢陽(ハニャン:朝鮮王朝の首都で、今のソウル)に呼び戻された。


そして家族たちは、国王の用意した住まいで暮らすようになった。


国王のコ・ミンジョンの家族に対する心使いを知り、王女は国王のことを見直す。


タンは、国王から「他の道を選んだらどうだ」と言われたという。

しかし、王女の護衛を続けさせて欲しいと国王に懇願したらしい。


王女の傍には、今日もタンがいる。


「王女様……かんざしを新調されたのですか?」


ある日の朝、タンが王女の居室にやってくるなり尋ねてきた。


「え、分かる?」


意表を突くタンの質問に、王女は少し驚く。


確かに今日は購入したばかりのかんざしを着けているが、それにそれに早々に気づくとは思わなかった。


「はい。その赤い飾りのかんざし、見たことがありませんので」


「そ、そう……良く見てるのね」


こんな細かいところまで気づくとは、タンには恐れ入る。


「王女様のことしか見ておりませんので、当然です……」


そう言いながら、タンはじりじりと王女を壁際まで追い詰めていく。


王女が壁を背にすると、タンは彼女の頬に触れる。


「この白く柔らかい頬も、小さく可憐な唇も、毎日見てまいりました」


紅潮していく王女の両頬を、タンの手が包む。


「王女様を、私だけのものにしたいです」


「タン……今だって、私の傍にいるじゃない」


王女は顔が赤くなり、心臓の鼓動が速くなる。


「私はもう、それだけでは満足できなくなりました……」


「えっ!?」


「誰かを恋い慕うと、欲張りになるものです」


王女には、タンが何を言いたいのか分からない。


「ど、どういうこと?」


「王女様のお傍にいるだけでは、我慢できなくなったということです」


タンは王女の頬を両手で挟んだまま、優しく鼻先に口づけをした。


「ユ、ユ尚宮には内緒よ。知られたら大騒ぎされるもの」


「分かっております。それはそうと、お顔が熱かったですよ?王女様」


王女はタンを両手で突き放す。


「それは……あなたのせいでしょ?」


「申し訳ございません。王女様が可愛くて、つい……」


そうこうしているうちに、王女の使いに行っていたユ尚宮が戻ってきた。


「どうしたのですか?お二人とも……」


何か、変な空気でも感じたのだろうか。


「い、いえ。何でもないのよ?ね?タン」


不満そうな顔のタンだったが、「部屋の外に立っております」と言い部屋を出ていく。

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